32話 愛を囁く
午後も同じような修行をこなした。
旦那様は相変わらず優秀で、修行程度では理性を取り戻せるか悩ましいところ。
けど、時間はあっという間。
修行を終え、屋敷に戻り、食事を共にすれば、もうすっかり夜の帳が降りていた。
私自身の修行の成果はあっても、旦那様の洗脳を解くという成果には繋がってないわ。
明日はどうしようかしら。
「リン様」
「どうしたの、ソフィア」
「ライムンダ侯爵夫人からの贈り物が」
「アンヘリカが?」
上等なお酒が贈られてきた。
生誕祭の期間、たまにこうして贈り物をくれていたけど、お酒は珍しい。
いつもお菓子とかフルーツとか、あとはお花が多かったかしら。
「お酒は珍しいわね」
「メッセージカードも御座います」
「あら」
エヴィターと飲みなさいと端的なメッセージが書いてあった。
カミラ同様、アンヘリカもエスパダとの最終戦を迎えるべきだと言っている。
そうね。同じ回を繰り返しても、何も起きない。なら先に進むしかないのだわ。
「庭で飲みましょうか」
「では私は旦那様にお声がけを」
「え……」
申し出たナタリアの言葉に、声が詰まってしまった。
だって夜に女性から声をかけるなんて。旦那様の気分が害されなければいいのだけど。
「奥様?」
「いえ、お願いするわ。ありがとう、ナタリア」
中庭に出るとすぐに旦那様がやってきた。
夜分に誘うことを旦那様は咎めなかったので、ほっとしつつもグラスに入るお酒を渡した。
気を遣ってくれたのか、侍女も侍従も下がっていて、旦那様と二人きり。
「アンヘリカにしては趣味がいい」
「とてもいいお酒を頂けました」
お礼の品を考えないと。
こうして旦那様と別荘に来て、お話し出来るなんて思ってなかったもの。
戦士として目覚める前のこの期間この場所は、ただただ退屈なだけ。
昼に旦那様も言っていたけど、一緒に外で食事が出来るだけでも叶えばと思っていた。
「よかったです」
「え?」
「今日、こうして夜分にお誘いするのは良くないかと思っていましたので」
「いや、そんなことは……」
と、そこで旦那様の言葉が途切れる。
どうしたのだろうと見上げると、口元に手を置いて、気まずそうにしていた。
「私のせいか」
「旦那様?」
「私が普段から君に厳しく接していたから」
「旦那様……」
旦那様の意向は確かに気になりはするところだった。
けど、全てが旦那様の責任ではない。
「すまなかった」
「いいえ、旦那様は悪くは」
「いや、クラシオン。君がどう言おうと、私は今までの自分が良くない事をしていたと思っている」
しっかりと見つめられた。
瞳が揺れる。
ああ、今も理性がオスクロの洗脳と戦っているのだわ。
「旦那様、私」
「……」
「私、今日がとても嬉しいんです。旦那様と一緒ですから」
「……クラシオン」
ずっと一人にさせていた、と旦那様が話し始める。
「今更、だとは思っている。都合のいい事をしているとも」
「旦那様」
「きいて、くれるか」
月明かりと、用意された僅かな灯りしかないから、陽が出ている時程はっきり見えるわけではない。
けど、その声音が緊張しているのが分かって、しっかり旦那様に向き合った。
「クラシオン」
「はい」
ぐっと奥歯を噛んで、浅く息を吐いた。
「愛している」
たった一言、掠れる声が静かに降りてきた。
「旦那様」
「い、今更かと思うかもしれないが、本当なんだ。私は、ずっと」
「なんということでしょう」
「え?」
ああ、避ける事が出来なかった。
揺れる旦那様の瞳が証明している。
「スプレ二十一話が回収されてしまうなんて」
「はい?」
「その言葉が悪の統治者オスクロの命により発せられているのです」
「え?! ど、どういうことだ?!」
「テレビの向こうの私は、その言葉を信じるがあまり、合宿編の中途で深手を負うのです」
「え?!」
スプレ二十一話での私は旦那様から愛を囁かれ、それを信じ、仲間を裏切ろうとしてしまう。
結果、自滅という形で深手を負うけど、それよりも旦那様が洗脳故に愛を告白してきたことが、クラシオンの精神的ダメージに繋がった。
旦那様は私を自滅に追いやり、戦士たちの統率が乱れたことを確認して本土へ戻り、オスクロの命じた国の支配を進めようとする。
今の私はそう言われることが分かっていたからいいけど、やはり洗脳があるからこその言葉だと思うと辛いものだわ。
「それは、あにめとやらの話だろう! 私の気持ちは本物だ!」
「ええ、そうです。となれば、私は今すぐ旦那様に正気に戻って頂く為に戦わなければなりません」
「え、どうしてそうなる!?」
変身すると、旦那様が慌てた様子で、そういうことじゃないと叫んでいる。
見れば帯剣していた。
ああ、初めにそこに気付いていれば、もっと違うルートを辿れたかもしれなかったのに。
「旦那様のその想いが本物であることは分かっています」
「なら!」
「だからこそ、完全に洗脳を解くのが今なのです!」
「私は正気だ!」
揺れる瞳。
だめ、完全に洗脳を解かないと、この堂々巡りは終わらないのだわ。
「いきます!」
「そんな!」
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