20話 帰路、馬車の中にて
「スプレ第二十六話 癒しの輝き! エスパダの愛! に加え、スプリミ第十六話 超えろ! 心の光、悪を討つ! で、二回も旦那様は敵の攻撃を受けるのですよ?!」
「そこなのか……」
「ええ、いずれも私を庇って……そのフラグは私が折りますので、旦那様はこんな無茶をしないで下さい」
「いや、無理だ」
「旦那様!」
旦那様に汗が滲む。
説明をしている場合じゃなかったわ。
「旦那様、手当を」
「クラシオン」
有無を言わせない声音。
目を合わせれば、真剣な光を宿した瞳に射抜かれた。
「クラシオン、怪我は」
「私はありません」
「……ああ、よかった」
笑う旦那様がまた唸った。
そこにライムンダ侯爵が走り寄り、旦那様の肩に腕を伸ばした。
「クラシオン」
「アンヘリカ」
アンヘリカが私の手をとり、そのまま旦那様から引き離す。
「待ってアンヘリカ、旦那様が」
治癒の魔法をかけないと、と訴えるが、ライムンダ侯爵がしてくれるらしい。
そのまま人のいない所に連れていかれ、変身を解くよう言われた。
確かに戦士のままでは、旦那様に付き添えない。
感謝の言葉を伝えつつ、急いで変身を解いて、アンヘリカに案内されながら旦那様の元へ急いだ。
再会出来た時には、旦那様は傷もなく、いつも通り立ち、ライムンダ侯爵と話をしていた。
「旦那様!」
「クラシオン、無事か」
「旦那様、お怪我は」
「俺がやっといたよ」
明るくライムンダ侯爵が言う隣で、旦那様が少し不機嫌そうに眉根を寄せた。
「別に治す程では、」
「強がるなよ」
痛がる素振りはない。
治癒魔法でどうにかなる程度の怪我だったということね。
気兼ねなくライムンダ侯爵と話す旦那様を見て安心した。
「よかった」
「クラシオン……」
スプレとスプリミを考えれば、これはあるべきルートだ。
けど、この回の怪我は積み重ねている戦いの傷とは別物。
命にかかわるものだからこそ、避けて通りたかった。
せめて。
せめて二回目は。
「次は必ずフラグを折ります!」
「ブフッ」
「さっきから、何度も同じことを言っているが……」
「私が旦那様をお救いするということですわ!」
「はあ……」
* * *
本来なら旦那様が管轄し指示を出さなければいけない場だったが、副団長と残る騎士に任せて一旦帰ることになった。
管理者である大宰相が現れたのも大きい要因だ。
大宰相は私達に気を遣って帰るよう仰ったので、早々に場を後にした。
馬車に揺られる中、旦那様は何も話さない。
特段こちらに視線をよこすわけでもなく、足元に視線をやったり、小窓から見える風景を眺めているだけだった。
「……」
「……旦那様」
「なんだ」
視線はあわなかったけど、そのまま続けた。
「庇って下さって、ありがとうございました」
「……え?」
少しだけ目が開き、驚きを纏わせながら、こちらを向いた。
しっかり目があった所で、もう一度感謝の言葉を伝えた。
いくら規定路線とはいえ、助けてもらった。その事実は受け止めないと。
「オスクロの洗脳に、ずっと理性が戦っているのは存じておりますわ。それが一瞬でも、こんな形で打ち勝つことがあるなんて感動しました」
「あ、ああ、そうなるのか……」
今は届かずとも、日々の積み重ねで、近い内に旦那様はオスクロの洗脳に打ち勝てる。
その希望が見えた。
それだけで充分。
そんな私の様子を見て、旦那様が浅く息をついた。
「そちらに行っても?」
「ええ、かまいませんが?」
旦那様がゆっくりとした動作で、私の隣に座る。
あまりに懐かしくて視界がちかちかした。
旦那様が隣に座るなんて、ここ数年はなかったはず。
「洗脳は解けている、と言ったら……君は信じてくれるか?」
「え?」
旦那様の手が私に触れる。
指の背で頬を撫で、後れ毛を撫でていく。
息が短く吐かれ、眉を少し寄せ、目を細めて囁いた。
「クラシオン、私は……」
「……旦那様?」
「私は、」
何かを決意した顔をした旦那様が一度視線を逸らして、ぐっと奥歯を噛んでから、目を合わせる。
なぜだか胸がざわついた。
何を言われるかもわからないのに。
ああ、旦那様の目元が、赤い。
「クラシオン、」
言いかけた所で馬車の扉が叩かれた。
外から旦那様を呼ぶ声が聞こえる。
屋敷に着いたようだった。
「……行こう」
「旦那様」
口をつぐんで、そのまま馬車から降り立った。
手をとってもらって降りて屋敷に戻るも、旦那様はこちらを見ることなく、それでも部屋まで送られ、仕事があるからと階下へ去っていった。
ソフィアとナタリアに声をかけ、私は二人にされるがまま、湯浴みをして着替えさせられ、ベッドに入った。
馬車での旦那様が忘れられず、ぼんやりしたまま天蓋を見上げる。
「旦那様……」
何を言おうとしたのかしら。
隣に座ったのは、触れてきたのは何故。
旦那様が私を抱きしめた。
その時の腕の感触と、馬車の中で頬を触れた感触が残っているような気がして、頬に熱が灯る。
旦那様にもっと触れてほしいと思う私は、はしたないかしら。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




