16話 名乗りと口上は必要不可欠
「普通、なんだな」
「旦那様?」
「いや、なんでもない」
今日は王城主催の社交界の日。
ここで音楽会について正式な発表がある。
いつも通り服装を整え、予め用意済みのアクセサリーもつけて、旦那様のエスコートで現地入り。
「……ふふ」
「どうした」
「いえ、社交界で私と旦那様が戦うと、後々の旦那様の名誉に関わります」
聞こえていたのかと小さく返される。
私、耳はいいのです。
「それに、社交界の場でエスパダと戦う事はスプレにはありません」
「そう、か」
「旦那様は操られているだけ。本当の敵は他にいます。そして敵は王を操り世界を牛耳ろうとしているのです」
「ああ、分かった。戦士と言うのは大変だな」
「ええ、それはもう」
そう、このような社交の場では、旦那様から仕掛けて来ない限り、私は戦う気がない。
旦那様の行動が他人の目に触れる事は、悪の統治者オスクロもあまりいい顔をしていなかったから。
あくまで秘密裏に支配を進めたい、これがオスクロの狙いだ。
それに洗脳されているとはいえ、旦那様の間違った行動によって、王城での立場や爵位持ちの立場として危うくなっても、洗脳が解けた時に苦労する事になる。
なので今日、私は通常通り、公爵の妻として社交界に出ているわけで。
ちなみに社交界はスプレ十二話、アルコ回だ。
「ふふ、それに」
「どうした」
「いいえ」
先だって、贈り物や食事をすることについて話をしてから、少しずつ旦那様の話し方が柔らかくなってきている。
声音も違う。
これは真実を話す事によって、理性が洗脳に打ち勝とうとしている兆候ではないかしら。
そう思うと、嬉しい。
やはり旦那様を救えるのは私だけなのだわ。
「ではクラシオン、王女殿下に御挨拶を」
「はい」
* * *
カミラの周囲には、いつも決まった人間しか立てない。
カミラと婚約中のメディドニア侯爵、ゴデルバ大宰相、王女殿下専属護衛騎士複数、アンヘリカ達もどちらかというとカミラ側なのだけど、本人達は許しを得た上で、あの場にはそういない。
今日は王陛下と王妃殿下がいないから少ない方。騎士団長である旦那様や魔術師長あたりも公的な場であれば、あちら側に立つこともある。
「あら?」
「どうした、気分が優れないか」
「いいえ……」
奇妙な音が聞こえたのだけど、気のせいだったかしら。
二人の足音が、こう低く響く様な。
「……地下?」
「地下がどうした」
この社交場の地下には、ワイン貯蔵庫やら楽器保管庫やら、多くの物品格納庫がある。
そこを使う者はいるだろう。
今日は人が多い、食糧や飲料の補充で出入りは多くあるとは思うけれど。
「いいえ、妙な足音がしただけで」
「地下から?」
「ええ。妙に重みがあって、片方はどこか聞いたことがある気がしたので」
「……とどめておこう。しかし、挨拶が先だ」
「はい、旦那様」
警備を任されている部分もあるから、旦那様はこういう日、割と神経質になる。
社交もこなし、仕事もこなすとなると、なかなか大変な事だと思うのだけど、旦那様はそれを一切出さない。
「喉は乾いていないか」
「大丈夫です」
通常通り挨拶回りをこなし、一段落した時。
会場内は活気があり、楽器隊が音楽を奏でていて、次はダンスが始まるかというところだった。
「え?」
突然、場内が暗転した。
どよめく闇の中、旦那様が私の腰を抱き引き寄せる。
急に旦那様を近くに感じて、心臓が跳ねた。
「だ、だんなさま!」
「黙って」
帯剣していた剣を手に沿えたのか、独特の音が耳を掠める。
同時、混乱の中で起きる悲鳴やざわめきの中から、目的があって走る靴音が聞こえた。
「バルコニー……」
「どうした」
私の様子に気付いた旦那様が声をかける。
明かりはまだつかない。
靴音は貴族が使うようなものではなかった。
あれは以前、屋根の上で聞いた足音と同じ。
「アルコがいます!」
「なんだと? どこに?」
「バルコニー、上です!」
私の声とほぼ同じくして、灯りを持った警備隊が入ってくる。
何も見えない暗闇から、ほんの僅かに照らされ、且つ警備隊が到着したことにより、場内は安堵の溜息に包まれた。
「団長」
「ああ、分かっている。彼女を頼む」
「待って、旦那様」
「君は動くな」
「いいえ!」
アルコが現れたのなら、私は戦士として行かなければならない。
旦那様と駆けつけた専属騎士の拘束を破って、中庭に飛び出した。
「クラシオン!」
そのまま強化した足で大地を蹴り上げ、直接バルコニーに到達。
「変身!」
さあ出番だわ。
やはりアルコはバルコニーにいた。
前と同じように私を見て驚いている。
「また、あんた?!」
「クラシオン!」
すぐに旦那様が同じようにバルコニーに飛びあがってきた。
少し遠くから階段を駆け上る複数の足音が聞こえる。警備隊ね。
私と旦那様がアルコの進行方向を塞ぎ、アルコの背後からは警備隊が押し寄せている。
つまり逃げ場はない。
もっとも、逃がすために旦那様がいるのだろうけど、今日がアルコ回ならば、目の前のアルコとはきちんと戦わないと。
「スプレ第十二話 社交界! 奮闘のフスティーシア! そのままだわ」
「は?」
「フスティーシアはいないけれど、私はやってみせる!」
「クラシオン?」
音を流す。
前に出来なかった大事なシーンだ。
「闇は光を呼び、痛みは癒しを呼ぶのです」
「え?」
「醜い欲望に目が眩み、闇を広めようとする邪悪なる者よ。
自らの行いを恥と知りなさい!
私達は、人々を欺き、闇に引きずり込む悪から、人々を救い、ここに愛の輝きを取り戻すのです!
そう、どんなに闇が強くとも、私達の輝きは悪を討つべくして存在する!」
「は?」
「何を言っている?」
「お静かに!」
「は?」
大事な所なので、さすがに注意をしないといけない。
そう、私達戦士には口上がある。
「口上の途中で、口を挟むものではありません!」
「ええ……」
「最後までお聞きなさい!」
「悠長すぎる」
二人がやっと言葉を慎んでくれたところを確認してから続けた。
これはシリーズで、かならず必要なもの。
名乗りと口上は必要不可欠だわ。
「この地に愛の輝きある限り、どんな悪事も見逃さないのです!
貴方方には決して勝利は来させません!
そう、私達は! 闇の支配から、この世を守り、悪の暴力に屈せず、恐怖と戦う者!
ラブリィブレッシング・スプレンダー!」
「……」
「善良な民の集まる場で、非道を尽くすなど許しません! 癒しの戦士、クラシオンがお相手します!」
「な、長っ」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




