38話 卵の正体
「これは何の卵だろうな…」
だいたい50センチくらい、かなり大きな蒼白い卵を抱えたままアイムが首を傾げている。
その隣では困ったような表情のヴァンが、卵と俺を交互に見ながら戸惑っていた。
俺も言葉に出来ず黙っていると、ヴァンが意を決し、アイムが持つ卵を無理やり飲み込もうと大口を開け、ゆっくりと卵に顔を近付ける。
「コラっ!ダメだヴァン!これは食べ物じゃないのだぞ!」
アイムがサッと腕を引き、ヴァンから卵を遠ざける。
「いや、アイム……それはおかしいよ」
「えっ!?」
アイムも俺がそんな事を言うとは思ってもいなかったらしく、驚きの表情のまま固まっている。
「そもそも、その卵どうする気だ?親が戻った時、卵が無かったら相当怒るぞ?そうなったら魔物達を危険に晒す事になる。戻らないこともあるかも知れないけど、それならヴァンが食べる事に反対する事もおかしいだろ?獲物を狩ることは良くて卵を食べることは駄目なんて道理は無いはずだ」
「え、あ、その……でも……」
「元の位置に戻すなら、それは卵を食べる動物や魔物にとっては獲物と一緒だろ?今、アイムが卵を持っているのも泥棒と同じだ。違うか?」
俺はアイムが卵を持って戻ってくる間に、卵をマニュアルで調べておいた。
何の卵なのかはマニュアルを通して見ればすぐ分かったし、その卵から生まれる生物がどんな奴かもマニュアルで調べてある。
正直、卵のうちにヴァンに食べてもらった方が良いかもしれない。
さすがに何の卵か、どんな奴が生まれてくるかアイムに教えると、俺に凄まじい知識があると怪しまれるので理詰めする。
勿論俺だって危険だから処分したい訳じゃない。
だが何もせず元の位置に戻したとしても、間違いなく喰われてしまう。
卵をマニュアルで見たことにより、昨夜の魔物達の行動に納得した。
この卵はそれほどに危険な生物が生まれてくる。
夜通し警戒した生物が生まれてくると理解している魔物達がそのまま放置するはずもない。
「最後まで責任が持てないなら手を出すべきじゃない。誰も手出し出来ない所に卵を移したとしても、環境が合わないと、生まれる事もなく死ぬことだってある」
「……………………なら…なら、私が育てるっ!!!」
「お前なぁ……………生まれた奴が大人しく言う事きくとは限らないんだぞ?」
「だが言う事を聞かないとも限らない!私が育てる!!!」
力強く卵を抱き、真っ直ぐ俺を見つめるアイムの目が、とても強い意思が籠ったもののように感じる。
「はぁ…………分かった。ヴァンも卵は諦めてくれ」
「ジャ………」
とんでもないことになってしまった。
とにかく卵のことは一旦忘れて周囲の見回りを再開する。
特に被害も無さそうで一安心なのだが、その間アイムはずっと卵を抱え温めていたようだ。
拠点に戻ると魔物達が卵を見て一斉にギョッとした表情を見せたのがとても印象に残る。
そんな魔物達を気に留めずアイムは卵を離さず、ずっと抱いている。
夜、アイムが卵に布団を掛けその隣で寝ているのを確認し、改めて卵を見てみる。
―シュトゥルムキュロスの卵―
「はぁ……………」
このシュトゥルムキュロスというのはワイバーンと呼ばれる魔物の1種だ。
ドラゴンとは違い、腕が翼と一体になっている翼腕が特徴的で、一般的にはドラゴンの劣化種などと言われている。
しかしこのシュトゥルムキュロスに限ってはそうでは無い。
体はドラゴンに比べ一回り小さいが、キュロスの特徴である側頭部から生える大きく強靭な2本の角、硬い鱗に、戦斧のような尾を持ち、名前になっている嵐を彷彿とさせる能力を駆使し、並のドラゴンすら打ち倒すワイバーンなのだ。
それもそのはず。
この世界には上位ドラゴンと呼ばれる存在を除き、群を抜いて強い魔物が5種存在する。
その一角を担うのがこのシュトゥルムキュロスなのだ。
ちなみにルプレックスもその一角を担っている。
キュロスは僅か4体しか現存しておらず、性別すら持たない。
単体で子を生む事が出来るが、数百年に1度生むか、生まないかといった頻度らしい。
それにはキュロスの強さと卵を生む環境が関係している。
まずキュロスは強い種族である為、親子であっても殺し合いが発生する。
子ですら自分のライバルになってしまう為、無闇に数を増やさないのだ。
そしていざ卵を生むとなっても、条件がかなり厳しい。
魔力が濃い場所で、そこに強烈な嵐が発生しないと卵を生めないのだ。
キュロスは落雷と共に卵を生み落す。
その落雷のエネルギーが卵の養分となり、周囲の濃い魔力を吸い上げ羽化の速度が速まるといった具合だ。
成長したキュロスはまさに嵐を纏ったかのような能力を持つ。
魔力を使って作り出した水を弾丸のように撃ち出したり、風を刃として切り裂いたり、強烈な雷を撃ち出したり、電熱を纏ったりと戦闘に特化した能力を持ち、マニュアルに書いてある文章だけ見ても危険極まりない。
確実に昨夜の嵐の中、キュロスがこの地にやってきて、特大の落雷と共に卵を生み落としている。
だからレッド達が総出で警戒をしていたのだ。
こんな危険な魔物を人が育てることが出来るのだろうか……
アイムが本気なのは理解しているが、不安で仕方ない。
今がだいたい秋として、羽化するのは恐らく冬。
無事冬を越せるか悩みの種が1つ増えてしまった。
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