30話 イサリアの街へ
一国の姫の身の上に関係する話だ。
あまり聞かないようにはしていたが、閉ざされた洞窟の中、アイム達が声を落としていない為、どうしても俺の耳にも会話が届いてしまう。
話しぶりから、アイムはかなりの実力者な上に頭も良いようで、身を守り、ほとぼりが冷めるまで身を潜めているはずだと王や騎士達は解釈し、捜索より、帰ってきた後の事を優先した為、迎えに来るのに数日かかったようだった。
そして追手を差し向けた貴族もすでに目処が立っており、後は決定的な証拠があれば捕縛する段取りをしているらしい。
そしてそれも時間の問題とのこと。
「ふむ………ならば1度戻るという選択肢も出てくるな」
「はっ。お父上様方もイサリアに到着しております。アイム様のお早いご帰還をお待ちしているかと」
「………よし、アベル。良い機会だ。一緒に街まで行かないか?」
「んお!?……いや、でも良いのか?俺なんかが並んで歩いて…最悪、俺は1人でも問題ないんだけど……」
「そう言わないでくれ。ちゃんとした礼もしたい。主スキルを授かる段取りもあるだろう。それに物資の購入も必要なのだろう?ならば、私と共に行った方が話は早いだろ」
「まぁアイムが良いなら俺としてはありがたい」
こうして俺たちは街に向かうことになった。
「では明日、レッドと共に来るのなら昼前には街に着くだろうから、教えた場所で待っているぞ」
「あぁ、色々とありがとう」
時刻は昼前。夕方には辿り着ける距離だが、俺は翌日に向かう事にして、アイムと待ち合わせの約束をして、送り出した。
チョコに運んで貰えばもっと早く着くだろうが、なにぶんチョコの純白の巨体は凄まじく目立つ。
街に入らずとも近付けば間違いなく問題になってしまうため、今回はレッドにお願いした。
随分と静かになった洞窟内だが、惚けている暇はない。
アイムにコロバーンを買い取ってもらったお金で何を買うか決めておかなくてはいけない。
実際アイムがどれくらいコロバーンにお金を出すかも聞いていないが、まぁ欲しい物を買うだけの金額は貰えるだろう。
「まずリュック、鍋は必須だな。あとはガラス瓶とかも欲しいし……魔法の盛んな街らしいから、魔法を使った道具なんかも見てみたいな」
あまり考えすぎて余計な物を買いそうで怖いが、絞込みは終わった。
―翌日―
「じゃ皆、留守番頼むな。魔物フードは一度に全部食べたらダメだぞ?………行ってきまーす」
コロ、チョコ、ヴァンに見送られながら、早朝レッドと共に街を目指す。
予めレッドには地図を見てもらっているのでかなり速いペースで進んでいる。
森を抜け、草原を進むと大きな川がある。
この川を渡ると魔法都市イサリアはあと少しだ。
レッドが川を跳躍で飛び越え、少し進むと崖に出る。
その崖から見下ろす形で豊かな自然に囲まれたイサリアの街が見えた。
「………綺麗な街だ」
よくアイムはここまでの道のりを1人で来れたもんだ。
空が飛べると行っても、追手がついてきていたことを考えるとずっと空は飛べないだろうし、途中まで馬とかに乗っていたのだろうか。
「まぁ、それは俺が考えても意味が無いな。レッド、もう少し頼めるか?」
「ワフ!」
崖を降りた辺りでレッドには待っていてもらい、おやつの魔物フードを包んだ葉っぱにツタをネックストラップに加工してレッドの首から下げてやる。
「全部食べて良いからな」
レッドくらいになるとツタを引きちぎって、包みの葉っぱを開き、中の魔物フードを取り出すなんてことは造作もないことだ。
こうして俺は1人街へと向かう。
前日に騎士達から簡易の通行証ももらっている。
いちいちステータスを表示をしなくていいのは楽で助かる。
イサリアの街は本当に綺麗で胸が高鳴る仕組みが色々とあった。
水が至る所に流れており、それもただ流れているだけじゃない。
魔法的な力が作用してるらしく、上に乗って移動することが出来るようだ。
「水のエスカレーターとか凄いな」
予定より随分と早く着いた為、ゆっくり街を歩きながら待ち合わせの中央広場に向かう。
大きな噴水がショーのように絶えず水を吹き上げ、見ているだけで1日過ごせそうな広場に辿り着くと、通行人が何人か、黒い執事服を着た老人、その後ろにメイドさんが2人と、誰かを待っている様子で立っていた。
「ガチ執事にガチメイドだ…………誰か偉い人でも居るのか?」
そう思い、少し遠慮して俺はその3人がいる場所から少し距離をとった所で、一応周囲をキョロキョロ見渡してみるがアイムはまだ来てないようだ。
「まぁかなり早く着いたもんな……噴水でも見ながら待ってようかな」
腰を降ろせる場所を見付け、降ろした瞬間、執事達が俺に向かってくるのが見えた。
(ここ邪魔かな?)
向かってくる執事は俺の前で止まると優雅な一礼をしたあと、話しかけてくる。
「失礼、アベル様でござますか?」
「は、はいっ」
「私、アイム様にお仕えしている者の1人でございます。アベル様が万が一、予定より早くお着きになられた際には待たさぬようにと仰せつかっております」
「あ、あのご丁寧にどうも………」
「遠方からいらしたとのこと……お茶を御用意しております」
もうこんな接待受けた経験なんてないから、執事さんに言われるがまま従ってしまう。
ただの広場に手押しワゴンみたいなのあるし、メイドさんが紅茶を淹れてくれるし、それがまた美味しいし、メイド喫茶とか行ったことないけど、ガチのメイド喫茶を異世界で体験してしまった。
「と、とても美味しいです。ありがとうございます」
「それは良かった。しかし随分とお早いご到着。アイム様を待つより先に教会の方へご案内致しましょう」
「え?………あ、主スキル」
「はい。こちらの件もアイム様より伺っております。暫く待たすようなら先に案内せよと」
「そ、それは、何から何までありがとうございます」
本当にこの執事さんは表情も柔らかいし、声も安心出来る。
人に不快感を全く与えないように徹底されているのか?とすら思える人だ。
人生で初めての馬車に乗り、教会に向かう。
道が整備されているからか、予想より揺れも無く、馬車の中も快適な空間だった。
「あの、教会にお金とか必要ないのですか?」
「それには及びません。アイム様の命の恩人と聞き及んでおります。それくらいは出させて頂きますとも」
「ありがとうございます。じつはお金は全く持っていないので………」
俺の言葉を笑顔で聞いてくれる執事さんがとても印象深かった。
この世界の人間が嫌いになりそうだったのが、一瞬で覆る。
本当に出会いというのは大切だ。
程なくして教会に着いた。
「では私共はこちらで待機しておりますので、どうかごゆるりとお過ごしくださいませ」
「できる限り手早く済ませてきます。では」
こうして俺は教会へと足を踏み入れる。
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