26話 生まれて初めて
女はすぐ傍にいるレッドではなく、俺を睨み付けていたが、何かに気付いたのか視線を横に動かし、自分が大きな影の下に居るのが分かると、視線を上に上げる。
「ピエ」
「あ、あぁ……くっ」
どうやら大きすぎてチョコには気付いていなかったようだ。
さらにノソノソと歩いて、俺の胡座を組んだ足の中に飛び込むコロを見てさらに警戒し、またさらに何かに気付いたのか恐る恐るといった感じで後ろを振り返り、ジャっと短く鳴いたヴァンを見付けると震えながら絶句していた。
だが少しすると女は剣を捨て、突然笑い声を上げる。
「くっ……はっはっはっ!良いだろう。この命、貴様らにくれてやる。しかし必ず私の無念を晴らす者が現れ、貴様らを討ち取るだろう…………さぁ、一思いにやれ!」
それを聞き、俺はとてつもなく腹がたった。
レッドとチョコに助けてもらった時、すでに意識がなかったことは容易に想像できるが、それでもだ。
「ちっ…………コイツもか…………お前ら、好きにしていいってさ。だけどこんな奴食うなよ?腹壊すからな」
「なに?」
「あぁ?んだよ……………大層なこと言ってたが、お前を助けたのはコイツとコイツだぞ?」
俺はレッドとチョコを指差しながら、あえて説明してやった。
「助けて貰ったのが魔物なら礼も言わねぇのかお前?」
「えっ、あ、いや………だ、だが」
「もう好きにしてくれ。目が覚めたんなら帰ればいい。勝手にしろ」
どうして魔物だからってだけで、態度を変えるヤツばっかりなんだ。
俺はそのまま洞窟へ戻り、干し肉の具合を見た後、魔物フードを作り始める。
そんな様子を見た魔物達も揃って洞窟に帰ってきた。
「お前らはホントに優しいな。助けたのがあんなのじゃなかったら、もっと気分良くなれただろうに……」
近付いてきたレッドとチョコを撫でながらそう零す。
「嫌なことはさっさと忘れよう。皆も好きなだけ食べていいぞ」
ありったけの魔物フードを皆に渡し、俺は作業に戻る。
「あ、あの………もし」
そんな中、あの女が洞窟の入口から恐る恐る声をかけてきた。
「街ならここから真っ直ぐ行けば着く」
「あ、いや、そうではなく………その……」
「鬱陶しいんだよ!!!さっさと出ていけよ」
「す、すまない!!そ、その、助けてもらった礼を、言いたくて…………」
「ふんっ………………」
俺はもう関わりたくないから無視を決め込んだ。
女はおずおずと洞窟に入ってきて、魔物達に近付いていく。
「あ、ありがとう………」
それだけ?
命を救ってもらって?
無理だ。俺はコイツと分かり合えそうにない。
作業しながらもそう考えていたら、女は俺に近付き話しかけてくる。
「この魔物達は君が使役しているのか?」
「違う……………コイツらは皆、友達」
「と、友達?………………そ、そうか。君はここで何をしているのだ?」
そう問いかけながら女が近くに腰を降ろす。
「何も………ただ暮らしてるだけ」
「…………何故そこまで私を嫌う?」
「嫌いだから」
「…………………そうか」
(うっざ。さっさと帰れよ………)
女は膝を抱えて座ったまま、しばらく黙り込む。
「あんた、喋り方とか格好とか、いい所のお嬢さんだろ?さっさと帰った方が良いんじゃないのか?」
「その心配には及ばない。少々訳ありなのだ」
「いや、心配なんかしてない。早く出てって欲しいだけだ」
「あぅ………す、すまない………………そうだ!何か手伝わせてくれ」
「やめろ!!!……絶対に、何も、触るな!!!」
「あぁ、分かった………すまない」
突然俺が発した大声に、女だけじゃなく魔物達もビクッとなっていたが、コロバーンとか危険な物も多くあるため、触って欲しくなかった。
加えて嫌いなヤツに自分が使っている物に触れて欲しくなかったという心情もある。
不思議と可哀想になってきた。などという感情が全く湧かない。
むしろイライラが積もってくる。
「あ、あの……随分と魔物達は大人しいのだな」
女が泣きそうになりながら、なんとか話題を絞り出し話しかけてくる。
「コイツらは俺に力を貸してくれてる気の良い奴らだ。理由もなく暴れたりしない」
「そ、そうか…………さ、触っても良いだろうか」
「なんで俺に聞くんだよ!直接聞け」
ホントいちいち癇に障る女だ。
女は魔物にそれぞれ視線を向け、興味なさそうに岩を食べていたコロを候補から外し、見た目の怖そうなレッドとヴァンを候補から外し、最後にチョコに視線を向けて、立ち上がり近付いていく。
「触って良いだろうか」
「ピエ」
まぁチョコは社交的だから妥当だろう。
女がチョコと触れ合いを始めるとレッドが洞窟の外へと向かう。
少しすると獲物を咥えて帰ってきた。
「ん、お疲れ様」
俺はその獲物を受け取り捌いていく。
それを見ていた女はチョコとの触れ合いを止め、話しかけてくる。
「それくらいなら私も…………」
「いらん」
今度はそんな様子を見ていたチョコが外に出て獲物を狩ってきた。
しかしその獲物を女に手渡す。
「私か?…………良いのか?」
「チョコが良いって言うんだから、良いんじゃねぇの」
女は腰から短剣を取り出してその獲物を捌いていくが………
とても下手だ。
まぁ騎士っぽい格好はしているがお嬢様だろうから慣れていないのだろう。
「くぅ……上手くいかないな。次こそは…」
女は捌く過程で失敗した肉を、あろうことかその辺にポイッと捨てる。
ブチ___
頭の中の血管が、ホントに切れたかのような音が聞こえた。
そして俺は気がつくとその女の顔を思いっきりぶん殴っていた。
「うぐっ……………な、に」
「はぁ、はぁ、ふざけんな!!!!!……………頼むから、出てってくれ」
俺はそれだけ告げると洞窟を出て、頂上へ向かい大の字で暗くなっていく空を見上げる。
殴った手が痛い。
今になって手は震えるし、人を殴った事なんか前世でも数えるくらいしかない。それも幼少期だ。
ましてや女性に手を挙げたことなんか生まれて1度もない。
なのに思いっきりぶん殴ってしまった。
(はぁ………ま、いっか)
後悔はない。
あの女は命を軽く扱ったのだ。突然殴ったことに対してはやりすぎた感が少々あるが、殴られても当然のことをあの女はしたのだ。
綺麗に無駄なく捌くことは最初から出来るはずもない。
それはいい。
俺も転生した当初は骨に付いた肉を、こそぎ落として食べていた。
だが、さっきまで生きてこの草原を駆け回っていた紛れもない命なのだ。
それを上手く出来ないからと捨てることが出来る、あの女の心情が理解出来ない。するつもりない。
「はは、人がどんどん嫌いになっていくな…」
前世では命を粗末にするやつはほとんどいなかった。
まぁ中にはいたかもしれないが、少なくともオレの周りにはいなかった。
この世界からすれば、ぬるま湯のような世界にいた俺の方がズレて見えるのだろう。
「この世界の人間とはやっぱり馴染めないかも…」
考えの根底が違っているのだ。
分かり合うのは至極困難に思えてくる。
そんな考え事をしていると、下から誰かが登ってくる音が聞こえる。
まぁあの女しか居ないだろうけど。
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