第17話 ちょ……待って……くださいよ……
短めです。
どうかご容赦のほどを……!
( ノ;_ _)ノ
── 替わろうかい? ──
ダメ!
まだ大丈夫だから!!
── アンタ、このままじゃあ死んじまうよ? ──
そんなこと無い!
彼が側に居るんだもん。
絶対に生き返ってみせる!!
葛藤がせめぎあい、少女は心から叫ぶ。
それはまるで幼き頃、逃れようとしても逃れられない地獄の日々を思い出させていった。
まだ和凛が幼稚園に通い始めた頃、両親や兄から厳しくも優しい眼差しが向けられていた。
潤沢なる資金力であつらわれた環境の事だった。
《私に出来る事は全て娘に出来ていて当然だ》
それはまだ幼かった和凛からしてみれば最早虐めでしかない。
ただ、言うことを聞くのは容易い。
いつも「はい」と答え要求に答える。
家族だというのに何処か大企業に勤める会社員のように、歯車に噛み合うように心を真っ白にしてゆく。
いつしか彼女は表情を失い、ただ機械的に動く人形へと変わりつつあったのだ。
だが……。
それはいつものように学業を経て次のプロセスへと進行しようといていた矢先、唐突に訪れたのだ。
がっくりと膝から崩れ落ち、吐く息すら儘ならない。
次第に昂る鼓動。
胸が激しく波打ち激痛が全身に響き渡る。
途端に嗚咽は溢れ辺りを朱色に染めていった。
言い表しようのない憤りがごうごうと渦巻いてゆく。
ストレスは人知れず蓄積してゆき、やがて暴発せざるを得ない。
ただ、彼女は必死に堪えたのだ。
掻き毟る跡はいつまでも消えないだろう。
冷たいコンクリートの大地はじっとりと体液で満たされ、夕映えが高層ビルの壁面を真っ赤に導いてゆく中、視界はやがて漆黒へと誘われてゆく。
生暖かさと冷たさが混ざり合い薄れゆく意識に身を委ね、ようやく自由になれるのかと安堵した時。
それまで聴いた事も無い、甘くも蕩けるような感触が精神を侵食し凌駕していった。
── 力が欲しいかい ──
その声は盛大に歓喜に溢れ、狂気すら混沌と一体化したように夥しいモノだった。
朧気な意識のなか、手を伸ばした先に誰かが救いの手を差し出していたような気がする。
誰も来ない路地裏を這いずりすがる和凛。
矛先は、形はどうあれ、生きたかった。
甘んじて、生きて行きたかった。
「どうか……助けて……」
か細く訴える。
動作はおろか呼吸すら命の灯火を消し去ろうとしていた。
その“こと切れようとした瞬間“。
暗黒は然も待っていたかのように呟いたのであった。
── じゃあ、もうひとりの貴方を与えよう ──
今でも変わらぬ容姿は絶世の美女といっても良い。
ボンッキュッボンといった見事なスタイルは永遠にその美貌をして世の男性を魅了してゆくのだろう。
「私は……貴女に成りたい……」
その時、和凛はもうひとりの自分へと映し変わっていった。
もう、誰にも命令なんてされることはないまでの傲慢なbody。
「そうだねぇ……名前を付けてくんない?」
特に長考などはせずに突発的に思い付いた。
自分の名前から文字ったネーミングだ。
── 真凛……。貴女は自由よ!! ──
病室で走馬灯を見るのは決して良いことではないと思う。
況してや、初めて出逢った意中の男性に両手を握り締められていたのである。
「和凛ちゃん……。どうか死なないで!!」
トオルの切なる祈りが果たして神に届いたかどうかは別として、和凛でさえ思いも寄らない事態が起こってしまったのは当然のことだろう。
「貴様ぁぁぁ……。 我が愛娘、和凛に何をしてくれとるんじゃあああ!!」
突如、豪快に吹き飛ばされる扉。
医務室は怒号で満ち溢れている。
そこには鋭く尖った背鰭はまるで凶悪な鮫のようでいて、鯰を彷彿させる如く長く延びた髭。
漆黒のスーツを着こなした巨雄。
この異世界の裏社会を牛耳る漢が威風堂々と聳え立っていたのであった。
傍らではその家族や取り巻きが心待ちにしている。
用心棒が警戒する中。
即座に飛び掛かる和凛の父親。
魚人族筆頭は一気に距離を詰めトオルの首根っこを掴み天井へと掴み上がる。
「ちょ……待って……くださいよ……」
その願いは既に聞き入れないようであり、明日があるかどうかさえ定かではなかった。




