第14話 う~ん、不味い! もういっぱいッ!!
「こ……これはいったいどういう現象なのでしょうか!? 先ほどまでの傲慢なる嵐は鳴りを潜め……黄金色に仮面が光輝いておりますッ!!」
かなり興奮ぎみに古舘は実況中継をする。
最早、誰にも彼は止められないであろう。
実況席の机の上に片足を乗せ、その様はまるで歴史に名を残した英雄のようにも見える。
彼の大帝。
ナポレオンのようにしていたが、容姿は見るに明らかに犬。
『我輩の辞書に不可能は、無い』
などとは決して思えない。
マルチーズのように愛くるしい古舘伊一郎。
忙しなく尻尾を振っているから古舘なのだろうか。
「巨漢は今や唯の木偶の坊のようにしてひっそりと佇んでいます!! 果たしてこれからいったいどうなるのでしょうか!? ……と……先に動いたのは……ッ!!」
それは瞬きすら許さない閃光。
瞬時にして巨体が宙に舞い、勢いよくリングサイドに叩き付けられる。
「ぐは……ッ!?」
技を受けた当の本人ですら何が起こったのか理解できていなかった。
ただ、痛みだけが全身を伝い、やがて脳みそを激しく揺さぶる。
頭上に星を幾つもぐるぐると浮かべながら、大鬼の勇治郎は持っていかれる意識を必死に手繰り寄せる。
「 ……What……??」
直感に長けた娑夢ですらピクリとも反応できないまでの速度。
果たして自分に降り掛かった際、躱すことなど出来るだろうか。
ギラリと瞳に輝きを灯した虎は禍々しい牙を魅せつける。
それは犬歯だったのだが、そんなことはどうでもよかった。
いままで散々逃げの一手だったユージは漸く訪れた好機を活かすべく、また、復讐を果たすかのように娑夢へと鋭い眼光を突き付けたのであった。
「おい、ユー……じゃない。オオノシタイガー。ヤツは俺の獲物だ」
胸元に鮮烈な傷痕が目立つ漆黒の虎は相棒にそう告げ前に出る。
とはいえ、今や漆黒ではなく黄金に光輝いているのだが。
呼ばれて、渋々引き下がるオオノシタイガー。
そのネーミングセンスに憤りを覚えたワケではなかった。
「しゃあねぇなあ……。じゃあ、タカイガーにコッチは任せるわ」
「ああ、そうしてくれ」
対して、彼へのネーミングセンスも酷い。
観客には聞こえない程度の呟きだったが、ほぼ全員は気付いているだろう。
虎の仮面を被った乱入者ふたりが鷹野山と大野下であるという事に。
況してや、今でさえ黄金に光輝いているものの身体は自分達と同じくふさふさの毛並み。
それは犬属独特の風貌であったのだから。
パンツに仕舞いきれていない尻尾を見て誰もが「アイツらじゃね?」と簡単に看破していたのである。
なのに ── 分かりきっている筈なのに観客席は盛り上がる。
「やったれーーー!!」「いけーーー!!」
「あ、生いっちょう!!」「喜んでーーー!!」
空いたカップに並々と注がれる炭酸。
それが口に含まれる都度に皆は高揚し、下手をすれば暴動が起こるのではないかと思える程にテンションが高かった。
「お前達の真の実力を見せてやれいっ!!」
いつの間にやら会場に戻り、純度の高いアルコールを片手にしていた署長。
チベタンマスティフはけんさきイカを口に頬張りながら酒のあてを嗜んでいたようであった。
と ── そんな周りの反応など露知らず当の本人達は意気込む。
ごうごうと昂りを魅せるふたりは相対したふたつの塊に甚だしいまでの覇気を吐き出していた。
「……アッチはアッチであっついなぁ……」
小さなモニターを観ながらトオルは誰にも聞こえない程度に呟いた。
片目にした光景に呆れようとするも、今は目前が痛々しい。
鋭く尖った注射針の先端がガッツリと利き腕の血管を捉えていたのだ。
つい先程、簡単な問診を済ませたトオル。
彼は、自分は典型的なO型だと主張していたのだが、どうやらこちら異世界に於いてはそのような単純な血液型は無いようであった。
致し方なく診断してもらった結果、まさか……R2-D2、チューバッカwar系+-O型などという奇特な血液型だったとは。
しかしそれこそ正に救いだった。
目の前で薄いベッドに横たわり、繋いだ手を決して離そうとしない少女。
和凛とトオルは今、か細いチューブ1本で繋がっている。
血と血が混ざり合うものの、同質であったのが幸いしたか。
輸血しながら矢継ぎ早にトオルは看護師から切らすことの無いようにリコピンを差し出されていたのであった。
ストロー越しに吸われ体内に治まり循環してゆくトマトジュース。
数個も飲めば腹は直ぐ様タプタプになるだろう。
しかし、それを凌駕するほどに和凛はその全てを吸収していったのだ。
「う~ん、不味い! もういっぱいッ!!」
空いた容器をクシャッと潰しつつ、トオルは更に求める。
寧ろ、そうするしかなかった。
華麗な放物線を描き、見事にゴールインした空っぽの容器を余所に孤軍奮闘。
小さなモニター越しの壮絶な戦いも宛らにして、トオルはトオルで懸命に戦っていたのである。
プスリと刺されたストローを優しく食みながら、置かれている現状に果たして自分は何をしているのだろうか。
決まっている。
たったひとりの大切な温もりを失わせてたまるモノか。
……決して、ただ純粋にトマトジュースを欲しているワケではない。
「ぶほッッッ」
何を思ったのか噴き出してしまったが、再度口にしながらトオルは再び取り掛かる。
これが最善なのだ、と ──……
次回は4月5日辺りの予定です。




