第5話 可愛い名前だね
「あっちゃ~……ちょいとヤり過ぎちまったかねぇ……」
懲りたような素振りでポリポリと頬を掻き、女は過ぎ去った跡を眺めていた。
茹であがった桃色に染まる裸体を晒しながら。
全裸の人魚、真凛。
彼女は腰にしがみつく女刑事・柴犬の瞳を強引に引き剥がしながら軽く呟く。
「ま、しゃあないね。さてっと……」
くるりと体勢を替え、真凛は瞳と向かい合わせになる。
「ぼちぼち、トンズラこかせてもらいますわ」
「……は?」
何を言っているのか全く解らず、瞳はポカンと口を開けるも。
馴れた手つきが顎に添えられ、次の瞬間 ──
しっとりと濡れた唇が彼女の口を塞いだのだ。
「んむっ!?」
重なりあう唇。
人魚が犬にkissをした。
「んんっ!! んんんっ!!」
激しく抵抗しようも何故か身体を捩らせて、思うがままに瞳の咥内を真凛の舌が蹂躙してゆく。
いやよいやよも好きのうちか。
瞳は次第に押し寄せる快楽に身を委ねる。
絡まりあう舌と舌。 迸る唾液。
「んふぅ♡ んふぅ♡ んっんっん……んぅぅぅぅぅっ♡」
── バカになりゅううう ──
やがてぐるりと白眼を剥き、果てたかのようにして瞳は床に身を預けてしまう。
ピクンピクンと痙攣し続ける彼女を見下ろしながら、真凛は満足そうにして一人言ちるのであった。
「ごっそさんでした♡」
口許の涎を荒々しく拭きとり、鏡台へと足を運ぶ真凛。
彼女は少し俯き加減にして呼吸を整える。
「おい、入れ替わるぞ。 起きろ、和燐」
── はい ──
鏡に写っていたのは、真凛ではなかった。
蒼髪は澄み渡る海の如く煌めきを帯び、細やかに整えられている。
どことなく獰猛な獣を彷彿させるのは狼のたてがみのようなふわふわスタイル。
可愛いウルフカットの、美少年と見間違うほどの美少女が映し出されていたのだ。
勿論、鏡の中とはいえ彼女 ── 和燐も全裸である。
身の丈はいわゆる女性の平均身長からしては低いほうだろうか。
微かに表情に翳りが見えるも、和燐はこくりと頷いた。
「BODY……CHANGE!!」
色とりどりの仏桑花が舞い踊る ──
更に、掛け声と共に突如放たれた透過光は虹色を帯び、放射状に拡がってゆく。
ぐるぐると光輝く曲線は真凛を取り囲むようにして、やがてすっぽりと覆い尽くしていった。
それは鏡の中でも同じようにして、和燐も光の波に包まれていたようであった。
その間、一刻と経たずして ── 中身は完全に入れ替わる。
今、脱衣場に立つのは小柄の美少女・和燐。
そして鏡の中にはダイナマイトなbodyが際立つ真凛が偉そうにして腕を組み、ふんぞり返ってあとを託す。
── あとは頼んだよ ──
「はい。 どうぞ、ごゆっくりおやすみください」
欠伸をしている真凛を敬うようにして恭しく頭を下げる和燐。
直ぐ様、鏡の中から寝息が聴こえてくる。
覗き込み、爆睡している真凛を確認した和燐はとりあえず洋服を調達しようとした。
しかし自分に合ったサイズが中々見当たらず、ようやく手にしたモノを見てがっくりと項垂れてしまうのだ。
可愛らしいイラストが刺繍された子供服……。
察するに、迷子などの対応策なのだろう。
だが和燐はこう見えてとうに成人している。
「はぁ……仕方ないか……」
深く溜め息を吐きながらも和燐は渋々、その服を着るしかなかった。
それにしても可愛らしいキャラクターが目立つ。
正面にはイルカに乗った少年が、背面には人魚の少女が描かれていたのだ。
最近流行りのアニメの人気商品だと気付くのは後々の事である。
「んしょ、んしょ……っと」
着替え終わった和燐は、今も尚痙攣しながら失神している瞳を空いたロッカーへと仕舞い込む。
あわれカチャリとロックされ、女性刑事は閉じ込められてしまったのであった。
「さて、出るとしますか……」
床に散らばった資料を一枚漏らさずかき集め着衣の中に偲ばせる和燐。
彼女は特に目立った様子でもないのを確認してから浴室をあとにしようとドアノブに手を掛けた。
だがそれは然も自動ドアのようにして開かれる。
「瞳ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど……」
僅かに開いて顔だけを覗かせ、小声で室内を窺うトオルがいたのだ。
やがて和燐に気付いたトオルが目線を下げる。
「……ん? 何でこんなとこに男の子が?」
「違います! 私は女です!」
ぷんぷんとして頬を膨らます仕草が実に可愛らしく、トオルは一先ず謝罪代わりに和燐の頭を優しく撫でた。
「そっか、ごめんねぇ」
普通、見知らぬ男に髪の毛を触られようものなら嫌悪感を抱くのだが。
何故か嬉しさを感じてしまい、和燐は怒った素振りをしつつも内心はち切れんばかりに鼓動が昂っていた。
ドキドキが止まらない ──
胸が苦しくなる ──
紅潮した頬を伝い耳まで真っ赤になりそうだったので、俯くを貫こうとする和燐。
「と……そうだ。俺はトオル。君の名は?」
「わ……和燐です……」
「そっか、わりんちゃん。うん、可愛い名前だね」
「……ありがとうございます……」
決して顔をあげようとしないのは最早、熟れた赤い林檎のようになりその表情は歪みまくっていたからである。
和燐は名前を褒められたことなど1度もなかった。
彼女は感極まり涙を溢しそうになるも、胸に手を宛て冷静を取り戻そうと必死に励む。
「でさ、わりんちゃん。ここに婦警さん居なかった?」
それは一瞬で現実へと引き戻される。
トオルの質問に対して一拍を置いてから和燐は答えた。
「いえ、見ていません」
「そっか……多分連れてったのかな? 仕方ないか……と」
突如しゃがみこみ和燐の目線に合わせるトオルは優しく微笑み、彼女の両肩に手を乗せ告げる。
「じゃあ、他の婦警さんのところまで行こっか♪」
「はい……お、お願いします……」
するりと自然に差し出された掌。
今の彼女は豪快にして大胆不敵な真凛ではなく、たった一人の恋する乙女。
手を繋ぐ様はまるで親子のようにして、トオルと和燐は浴室をあとにしたのであった。
先輩刑事、ユージとの作戦は何処へやら ──
次回は1月30日辺りの予定です。
まりん、さむ、わりん……
そろそろヤバいかな。
≡3 シュッ




