第15話 君には薔薇も敵わない。
まったりしてます(ホンマか?
(´゜з゜)~♪
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非常に気まずい雰囲気が立ち込める。
トオルは冷たい壁に寄りかかり、腕を組みながら、ベニーが更衣室で着替えてくるのを待っていた。
だが、痛い視線が頬に突き刺さり、まるで躾を嫌がる犬のようにそっぽを向く。
それは黒装束の輩によって捕縛されていた署員達による冷ややかな眼差しだった。
彼等はトオルを囃し立てたい衝動に駆られるも、一切身動きができず。
しかも、ガッチリと猿轡をされていたので、息を吸うのも儘ならず。
自分ばかりイイコトしやがって、と皆はトオルを僻むのだ。
更には、悶々として性欲の波をぐっと我慢し続ける『シャドー』と呼ばれる黒装束の男。
彼は特に忌々しげにトオルを睨み付けていた。
……とはいえ。
トオルに落ち度があった訳ではない。
何せ、突然全裸の美女に唇を奪われてしまったのだから。
トオルは唇にそうっと指を触れながら、あの瞬間を思い出す。
堪らず零れた笑みと共に。
『 ─── 春……。来たかも!!』
決して1文字足りとも口に出さず、感動に打ち拉がれ態度も控えめに抑えてのガッツポーズ。
トオルは此れからの約束された未来を夢見つつ、余韻に浸るのであった。
かちゃり。
事務室に面した女子更衣室のドアノブが緩やかに廻される。
程なくして、ピシリと着こなす絶世の美女、ベニーがおずおずと姿を表す。
標準装備の婦警のスーツは凡そサイズが少し合わなかったのか。
眩しく光る太股が映ってしまい、感嘆の声がそこかしこから漏れていた。
それも、男性署員だけでなく、婦警さん方々でさえ目を輝かせ羨望の眼差しを向けていた。
トオルは口許に手を添えながら、うっとりと見つめてしまう。
「 ─── どう……でしょうか? トオル様……」
モジモジと躰をくねらせながら、まるで初夜を迎えた幼妻のように恥じらい、彼女は意中の殿方に伏し目がちに問うのだ。
わざとらしさは皆無であり、純粋な想いが溢れては、トオルにだけ一心不乱に注がれていた。
トオルはそんな彼女の仕草を見て心の臓を矢で射ぬかれる。
「…………。おっふ……」
逆ズギュゥーンを喰らってしまい、思わず卒倒しそうになるも、奥歯を噛み締め、ぎりぎりのラインで踏み留まる。
「 ─── すごく似合っているよ。君には薔薇も敵わない。」
質の悪い、ふたりの先輩刑事の影響か。
臭い台詞を遣い回し、トオルは自分の格好いい所をアピールしようとする。
「そっ……そんなぁ……」
その言葉に思わずベニーは茹であがる頬を掌で覆い隠し、恥じらいがより一層激しさを増してゆく。
「おい、ゴルァ!! いい加減にしやがれ!! サッサと行けや!!」
皆の意見を代表して、黒装束の輩がショットガンの銃口を向けて、いちゃつく二人に激しく突っ込みを入れた。
「ちょっとシャドー!! トオル様にそんなものを突き付けないでよ!!」
再三、気になっていたらしく苛立ちを吐き出すベニーは、一瞬にしてシャドーの目前に現れたと思いきや銃を奪い、あたかも手品のスプーン曲げのように捻り落としてしまった。
「……ッな!? なんてコトしやがる!!」
驚愕の表情を浮かべては顔面蒼白となり、改めてベニーの恐ろしさを目の当たりにするシャドー。
彼はこれ以上は近付くなとばかりに片掌を前に差し向けた。
「て……ててて、手前ッ!! いい気になってんじゃあねーぞ!! 喰らえ!! 蛇縄!!」
叫んだ途端、シャドーの掌から闇が膨れ上がり、其の中から吐き出された無数の縄が大蛇の如く襲い掛かる。
躱す余裕もなかったのか、ベニーは太い縄できつく締め付けられてしまった。
無数の縄は彼女の四肢を絡めとり、艶かしく這いずり回る。
「馬鹿が!! あんな野郎に絆されやがって……。どうやら、キツーイお仕置きが必要みたいだなァ……」
目深に被ったフードを勢いよく振り払うと、黒い肌艶が露になりピンと伸びた耳が目立つ。
彼はファンタジー世界では悪の手先として定番の『ダークエルフ』であった。
美形とはいかないまでも整った顔付きは精悍さに恵まれ、寧ろトオルよりモテると推測される。
シャドーはわきわきといやらしい手付きで亀甲縛りをされているベニーへとじわりじわりと滲み寄る。
「ベニー!!」
叫びつつ彼女の元へと駆けつけようとしたトオルであったが、其れは杞憂に終わりを告げる。
「こんなモノで私を封じられるとでも?」
可愛らしく微笑んでいるようではあったが、瞳の奥底から漂う気配に圧され、シャドーは思わず後退る。
「……ッくゥおおおおおーーー……」
其れはまるで空手の息吹きのように吐き出され、ベニーが双眸を閉じた瞬間。
「喝ッ!!」
大気を揺るがす程の衝撃と共に、全ての縄はぶち切られ、最早其れはただの塵芥でしかなかった。
傷ひとつなく、さも当然とばかりに威風堂々と仁王立ちするベニーはシャドーを見下ろす。
「…………あわ。あわッ。あわッ……。あわびゃびゃびゃびゃびゃ……」
腰を抜かしてしまった二枚目のダークエルフは、盛大に下半身を湿らせて完全に戦意を失っていた。
と、同時に。
署員達を縛り付けていた縄が霧散する。
一同は漸く訪れた解放感に酔いしれて、皆それぞれに心地好さそうに寝そべっている。
「ありがとう。ベニー」
「いいえ。当然の報いですわ。まったく……」
まるで幼児退行したかのようにちゅぱちゅぱと親指を吮るシャドーをまだ足りぬわとばかりに睨み続けるベニー。
流石にトオルはそこまで鬼ではないので、机の上で一塊にされていた手錠のひとつを手にして、シャドーを確保したのであった。
「あ。でも、トオル様……。実はまだ問題が……」
ふと何かを思いだし、バツの悪そうな表情でベニーはトオルに告げようとしたのだが。
それは彼女が説明するまでもなく、やがて、ご本人様から告げられることになる。
ずしん。
パラパラパラ……。
揺れる湾岸署。
皆は一様にして息を潜め、成り行きを見守る。
ずしん、ずしん。
パラパラパラ……。パラパラパラパラパラ…………。
近付く地響きと共に、天井から剥がれ落ちる瓦礫の破片が辺りを埋め尽くそうとしてゆく。
やがて、静かになったかと思いきや、千年杉を思わせるほど逞し過ぎる極太の脚が盛大に扉を毛散らかした。
どごーーーーーんッッッ!!!!
「遅いいいッ!! おいッ、若僧ッ!! ボスの首は、まだかあああああッッッ!!!!」
忘れられていた化け物。
大鬼が大地を揺さぶる程けたたましく吼え、その巨躯を皆に突きつけた。
次回バトル回かな?
4日後は12月12日あたりの予定でござんす。
生暖かくご覧になってくださいませ。
( ノ;_ _)ノ




