ラーメンアベンジャー
「こ……此処で、お昼ご飯ですって……!」
暗い路地裏の小さなラーメン屋の店先に立ち尽くして、エナは唖然とした表情でコータの顔を見た。
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高校二年の夏休みも残り一週間を切った土曜日のことだ。
クラスメートのコータから突然「会いたい」という電話を受けて、ドギマギしながら近所の公園にやって来たエナ。
今年の夏休みも、心がときめくような事は何も無かった、でも、最後の最後に、もしかしたら……そんなテンションだったのに、
公園で待っていたコータの開口一番は「エナ様! 宿題写させてください!」だった。
「……!」
エナは心に咲いた小さな花が、しおしおと萎れていく音を聞いた。
それでもまあ幼馴染みのよしみ。
いけない事とはわかっていても、他ならぬこいつの為ならばと、家に帰ってノート一式を貸してやると……
「すまない! 助かった! メシでも食おうぜ! 連れて行きたいとこがあるんだ!」
頭を下げてそう言うコータに、淡い期待を抱きながらノコノコついて行った果が、このざまだ。
「この店は麺大盛り、野菜特盛りまで無料で、脂の量、味の濃さも自由に選べる……だがな、ひとたび大盛りを頼んだら絶対に残すことは許されない厳しい店なんだぞ!」
殺気双眸に満ちたラーメンジャンキーでごった返す店内で、コータがエナに得意げにウンチクをたれる。
ギリリ! エナの歯ぎしり。
お礼と言うからついて来てみれば、こんなデリカシーの欠片も無い殺伐としたラーメン屋だとは。
それに……エナは心中でポツリ呟く。あたしを一体誰だと思っているのだ?
「ま、初心者のお前は麺半分野菜少なめがお勧めだがな!」
コータがナメきった様子でエナの肩をポフポフ叩いた。
だがコータとて、ラーメンマニアの間では知らぬ者のない爆食系ラーメンブロガー『マンモスちゃん』の正体がエナだと知っていたならば、そんな暴言は慎んでいただろう。
しかし、全ては手遅れだった。ぎらん! 彼女の眼に怒りの稲妻が閃いた。
「マスター! 大豚ダブルメンマシマシマシアブラマシマシニンニクカラメマッターホルンでダブル!」
エナが、嗜虐に口の端を歪めながら厨房の店主にそう唱えた。
「ちょまっ!」
コータの顔が恐怖に竦んだ。
「へいおまち!」
程なくしてカウンターに到着した二杯のラーメン。
洗面器の様な丼にモッコリ盛られた重さ三kgの麺塊と高さ数十センチに及ぶモヤシの霊峰を前にして、コータの顔から見る見る血の気が引いていった。
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翌日、エナのブログに晒されていたのは、一万キロカロリーに達する殺人ラーメンを瞬く間に完食して笑顔のエナと、マッターホルンの二合目で力尽きてカウンターに突っ伏したコータの惨めな姿だった。




