62 バースデイ
過激な表現があります。
『あぁ、ようやく訪れたか。』
闇夜に浮かぶ満月のように、漆黒の中に浮かぶのは…縦に裂けた瞳孔を持つ黄金の瞳。以前は門前払いを受けたハズだが…今回も何故か受け入れられた。
しかし、それも当然だ。
勇者の試練は、"勇者の力"たる聖剣によって導かれる。完全に拒絶されたのであれば、再び試練への道を示すハズも無い。…既に崩れ落ちた教会の地下にあったというのは驚いたが、魔王の襲来があったのだから仕方がない…、入り口まで潰れていなかっただけマシというものだろう。
『来ぬつもりかとも思ったが…。存外、諦めの悪いらしい。』
『あの天使にも言われたのでは無いか…?貴様は要らぬ、とな。』
…その、通りだ。
天使は端から、僕を必要とはしてなかった。何せ、これまで長く、長くこの世界をたった一人で守り抜いてきたのはその天使だからだ。対して僕は、殆ど忘れられる程古い古い時代に存在したという『勇者』という眉唾に等しい1人の人間。
もはや伝承やお伽噺にまでなる程の時が経ってもなお、その名前が伝わっている時点でその勇者の威光に未だ陰りが無い…という事の証明ではあるが、その勇者は『勇者』であって勇者では無い。でも…
「僕は─」『─我は試練。貴様に再び、試練の道を与えよう。』
優輝の言葉を遮り、抑揚の無い、定型文のような言葉を試練の黒竜は紡ぐ…。
『そう、試練を与えよう。…貴様以外に、貴様と同じように"勇者"たる者が或るのならば、貴様で無くとも構わない。』
『我は試練。"黄金"も…"姿無き"も無き今、我だけが…我だけが世界の均衡を保てるのだ。』
「…?どういう意味─」
『さぁ、やってみせよ…。ソレが、魔王だ。』
前と同様、強制的に試練の空間を追い出される感覚…。
眠りから無理矢理覚めるような、強烈な頭痛が脳に響き、それと同時に自らが立つ足下の違和感に思わず後ずさる。
肉が腐ったような吐き気を催す臭いと、ぐちゃぐちゃと気持ち悪い音を鳴らす床は、柔らかな物が隙間無く敷き詰められているようで、それらが蠢く音が狭い空間に……
『〜』
酷く優しげな子守歌で、蠢くそれらの動きが止まる……。
皮の無い、ピンク色の肉を露出したソレは、未だ人間らしい身体へと至っていない胎児のような見た目であり、発達していない声帯からよく濡れた声を吐き出している。
─マ……マ、
『…えぇ、聞こえているわ。愛しい…愛しい…私の子供たち。』
優しげな声で、赤いゼリーのような子供たちを腕いっぱいに抱き上げる…。
3対の腕を持つソレは、4本の腕で優しく、優しく子供たちを撫で…最も下にある2本の腕で、自らの大きく膨らんだ腹を撫でる。
子供たちという言葉をそのまま捉えるのであれば…恐らくその腹にはまだ人の形を成していない子供たちを孕んでいるのだろう…。
しかし、3対の腕…そして、足下に群がるような子供たちを撫でる蛸のような触手状の脚を見れば誰でも理解出来るだろう…。
あれは、ヒトでも無ければ…通常の生物でも無い、と。
何よりも…《勇者》の力が…"聖剣"が…これまでに無い反応を示している。
「…母子の魔王。」
それは、竜公国の聖女。【不言の聖女】ルイルカの予言にあった言葉。名前は確か─
「リーア…」
─◯─
黄金の瞳と目が合った。
それも、一つでは無い。その長く伸び、くすんだような青みがかった髪の隙間から…まるでブドウの房のように、大小様々な瞳が全てこちらを向いているのだ。
…先ほどまで愛おしそうに撫でていたハズの子供たちをその場に落とす。水の入ったビニール袋を落としたような弾けたような音と共に、断末魔のような小さな、小さな悲鳴が無数に上がる。
『聞こえたわ……聞こえたわ。聞こえてしまったわ…。』
蛸のような触手状の脚を、まるでドレススカートで歩くように揺らしながら、ゆっくりと、ゆっくりと近付いてくる…。
『でも……あなたも、愛しい私の子供になるのですから。』
「─《錬成》」
誰よりも前に立った少女を中心として、気味の悪い肉の壁がばっくりと左右に割れる。だけでは無い…肉の壁となっていたそれらはバラバラに分かれ、高くから落ちたモノは赤いシミを残し、辛うじて潰れることを免れたモノはナメクジのようにゆったりと動き回りながら、声とも呼べない小さな音をその身から発している。
手足こそ付いてはいるものの、それは生き物…というよりは生き物に至る前段階。胎児、或いは嬰児…子宮の中で育ちつつあるものを、無理矢理に引き摺り出したような見た目の…
『……忌々しい。』
ブドウのような無数の瞳を持つ怪物が、嬰児たちの泣き声に対して心底沈んだ声でそう呟く。
『煩い…喧しい…煩わしい。』
─ぐじゅ
そんな気持ちの悪い音と共に、地面に転がっていたソレを手のひらを捻ってすり潰す。小さく、甲高い断末魔は、その怪物の耳にはまるで聞こえてはいないようであり、血と臓物に塗れた手のひらをまるで気にせず、異形たる顔を覆い隠す…。
『私が…何をしたというの?』
どこが口かも判らない異様な外見ではあるが、少なくともソレはまだ年若い女性の物。表情はまるで判らないが、悲痛な声は真に迫ったように思える…。
怪物は、顔を覆っていたそれを外し、その血と臓物に塗れた手のひらを見る。…血と臓物によって張り付いた長い髪が糸を引くように伸び…ゆっくりと重力に従って落ち…
『私は…こんなモノ、望んで無かった……。私はただ……』
そんな懺悔のような、何かへ怒りをぶつける他責のような言葉を述べた……。その瞼の無い飛び出した瞳からは涙が溢れることは無いものの、鎖骨間の直下…胸の真ん中に空いた、向こう側を望める空虚な孔から、だらだらと涙のように、黒い粘体が溢れ出る…。彼女の言葉は深い後悔に彩られているが、それでも尚も自らの望みのために止まるつもりは─いや、その言葉の続きを留めるように、白い少女がその白く、美しい左の腕を前に出す。
瞳の怪物を含め、悠真や麗ですらその行動の意図が理解出来ず、呆けたようにその続きを─
「《創造》」
白い少女の口から紡がれた言葉と共に、少女からそれほど離れていない空中に、無数の武器が出現する。叩き斬るというよりは押し潰す事を重視していそうな巨大な斧。剣の脇からL字の突起物が飛び出た七支刀のような剣。突くよりは薙ぎ斬ることを考えていそうな幅広の穂先を持つ槍。明らかに人間が持つ事を想定してなさそうなゴツゴツとした大槌。先端に竜が巻き付いたような異様な外観をした斧槍。只人の筋力で突くことを想定されていない長さと重量を持つ馬上槍。…それだけでは足りない無数の武装が、白い少女を囲むように展開される。
「なん…」
「─〈物怪〉」
『やめ─!』
悠真の驚愕も、怪物の恐怖も無視し、白い少女は聞いたことのない魔法を紡ぐ。しかし、その効果は激的だ。
蟲のような細い腕で防ごうとも、銃弾のように射出された剣や槍や斧や槌…その数は優に百を越える。巨大な斧が瞳の怪物の細い腕を潰し斬り、幅広の槍により肉塊で作られた粗末な翼が斬り落とされ、長大な槍が触手のような脚を縫い付ける。剣が胴を貫き、大槌が頭を叩き潰し、頭部から飛び出した眼球を更に剣が貫く…
そして、最後に投じられた人の身の丈程ある巨大な剣が正面から潰れた頭を打ち据えた。
頭を貫き、地面に突き刺さったその巨剣は、人体を考えれば決して曲がってはならない方向へと、瞳の怪物の肉体をくの字に曲げ…巨剣を伝う細い血の滝が、水を赤く染めていく……。
生唾を飲む音が酷く煩く、耳に届く。
体温が冷めていく感覚と、肌を流れる汗の一筋。しかし、これだけは聞かなければならない。自分のためにも…、
「…なぁ、」
「ッ南!南なんでしょ!?」
言葉を言い淀んだ悠真の代わりに、麗が聞いたことのない程の声量で、悠真の考えていたソレと全く同じ問いを叫ぶ。
「えー!?みなみんなの!?」「え?」
対してまるで的外れな反応の野乃葉に、南が生きていることを信じていなかったハズの円香が思わず困惑の「え?」を発する。
今目の前で起きている凄惨な状況と、死者(推定)との突然の再会に、本来なら怯えたり…叫んだりしてもおかしくは無いが、そこに野乃葉のアレである。
「……どういう状況?」
いや、野乃葉のことでは無く…。当然南(推定)のことである。確かに南の死体は見つかってはいなかった…しかし、だとしてもアルカナム王国に居たハズの南が大陸の真反対…西の大国ベスティアの…しかも魔王出現によって半壊したようなこんな場所に……何故?
「…」
白い少女は麗の問いにも、野乃葉のポンにも一切反応を見せず…ただ一点。ぐちゃぐちゃとなった異形の怪物…血の海に浮かぶソレを見つめる。
麗や悠真…特に南との再会を望んでいた面々にとっては完全に意識の外となっていた物ではあるが…野乃葉のポンによって逆に冷静になった円香は若干野乃葉に気を取られながらも…未だそれに意識を割いていた。
だからこそ一番早くに変化に気付いた…。
どこか、遠く…遠くから響く赤ん坊の泣き声。
遥か空にある天使の輪が、ゆっくりと回り…異形の骸…剣や槍が突き刺さった大きな腹が、縦に裂ける…。
空にある何かを掴むように、羊水と血に塗れてよく湿った腕が、腹から生える。それはさながら…ホラー映画のワンシーンのようで……
─バシャン
「あ?」
突然聞こえた水音の方へと悠真は思わず目を向ける。何かしらの攻撃を受けたのかとも思ったのだが…実際はまるで違う。いや、危険な状況といえば危険かも知れない。
…この場には割と、恐怖への耐性を持ってる人物が集まっている。麗は野乃葉に見せられる事が多く、耐性が出来ている。悠真はそもそも"作り物じゃん"で済ませてしまう派である。
ならば円香はどうなのか?パッと見では感情をあまり表に出さないクール系のような雰囲気こそあるが…実際の彼女は某夢の国大好きなメルヘン少女。
ぶっちゃければあの無数の瞳を持つ気持ちの悪い怪物の登場時点で、彼女の正気度はかなり削られているのだ。その後の肉塊の嬰児たちや、脳漿と臓物をぶち撒けた屍…
…既に卒倒していない方が不思議だったのだ。
「まど姉ー!?」
産まれてきたやつの描写すらしてないのカオス過ぎる。




