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57 西果ての獅子

お久しぶりでございます。

玉座とは呼べないしかしながら庶民の感覚からすれば充分豪華な…領主邸の一室で、その場には居るはずの無い人物が座していた。


「えーと……改めまして、勇者の北瀬優輝です。」


「よくぞ我が国へ参った。あぁ、歓迎しよう…アルカナムの勇者殿。そしてアルカナムの騎士達よ。」


肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべながらそう挨拶したのは、アルカナムのパーティーでも少し会話を交わした、ベスティア王国の王太子。レオン・ロレン・ベスティアだ。

………さて、ここはベスティア王国の"王都ヴォルフィーン"では無く、商業都市として有名なフォレスティアである。……確かに王族である以上、国内をどう動き回ろうと自由と言えば自由だが…事前に何の情報も無かったし、こうして案内されるまでレオン王子の名前は1ミリも出てこなかった……何故??


「くくく…しかしとんでもない時に来たな勇者殿?建国以来、記録にも無い大都市まるまるひとつ分の水没だ。当分水には困らぬが、湿気て紅茶も出せぬと来た。」


僕の疑問なんて知る由もなく、カップの中身を飲みながら軽口を叩くレオン王子。対する僕は…なんというか居心地が悪くて、レオン王子に倣って薄っすらと果実の味がするような気もする単なるお湯を啜りながら窓の外を見る。…魔王を斃すため、フォレスティアに向かった僕たちを待っていたのは膝下ほどまで浸水した大都市の姿だった。砂漠の大都市フォレスティアは、確かに水の都と呼ばれている非常に美しい景観が自慢の都市だったらしいが……


「……何があったんですか?」


挨拶程度ではあるが…知らない仲じゃ無い。

ハクラさんたちが聞く前に、僕が聞いてもいいだろう。砂漠でここまでの水害なんて…明らかに異常だ。それも領主邸というかなりの防護を誇るハズの場所すらその被害に遭い、1階は水浸し、さっきも王子が言っていた通り、食料品にも被害が出ている。確実に何か事情がある……ハズ


「魔王が現れて─」


「─と言えば勇者殿は喜んでくれるかな?」


一瞬驚きそうになったそれが引っ込んでしまう…。

むしろ臨戦態勢になっているのはハクラさんたちだ。ほんの少しの動きではあるけれど、僕にはその足の置き場を変え、構えを変えたのが判る。…冗談はほどほどにして欲しい。


「くくっ…冗談だ冗談。もしもそんなモノが現れていれば、我らもこの都市も地図から消えているとも。まぁ…少しデカいやつが来たのは事実だが…それは冒険者どもが払ってくれた。」


左手で凹凸のある輪っかのような物を弄りながら愉しげにそんな事を言っているが…外に目をやれば崩壊した都市壁や建物が見える…。かなりの被害に見えるが…確かに地図から消えるよりはマシだろう。

でも…そんな束の間の安寧も………


「ふぅ……殿下、そろそろ私も口を挟んでよろしいでしょうか。」


「あぁ、構わんぞ。もとよりここはお前の邸だ。誰がぐちぐち言うか。」


円卓を囲む椅子に座る初老の男性は、レオン王子を一瞬睨み、再びため息を吐いた。王子との話し方を考えるとそこそこ長い仲なのだろうけど…


「改めて勇者殿…私はゼウェル・フェオ・グリムコール。この都市を領地とする貴族と言えば判るだろう。」


「え、あぁ…そうなんですか?てっきりレオン王子の領地なのかと…」


「……勇者様」


直ぐ側に居たハクラさんが小さく僕の名前を呼んで脇腹を突いてきた…たぶんだけどちょっとマズイことを言ったのかも知れない…。


「まぁ、私の事を知らなければ無理もありませぬ。私としても殿下の滞在は想定外のことでありますからな。それで殿下、いつごろ王都へと帰還なされるのですか?」


「厄介払いのつもりか?いいだろう別に。一応は魔王から襲撃を受けたのだ…"態勢を立て直す"というもっともらしい名目もある。我が父も、あと少しで楽しい楽しい書類仕事からおさらばなのだ。帰還を遅らせるのも親孝行というモノだろう?」


「はぁ…それは随分な親孝行ですな。私の愚息にも見習わせたいものですよ。王都での業務が忙しいようでしてな…私に顔も見せには来ない。」


「ふん、ならば我直属に転属させてやろう。ソレならばお前も…我に文句は言うまい。」


「無論ですとも。では王位へ就いた暁には、私の愚息へ転属令を出していただけますと幸いですな。殿下とは言えども、まだ私の愚息はベスティア王国…陛下に仕えております故。」


今の話でもうレオン王子の性格は理解出来た。……こんな人が次の王様でこの国はホントに大丈夫なのだろうか?

………ん?今かなり重要な話が出てきたような─


「ッ…横から失礼しますレオン・ロレン・ベスティア殿下。今の"魔王からの襲撃"というのはどの様なものだったのでしょうか!?」


気付くのが遅かった僕に代わって、ハクラさんが焦ったように問い質す。対するレオン王子の態度はなんの変わりも無いものである…


「馬車の襲撃という…なんとも盗賊が考えそうなずさんな手口だよ。【罪の魔王】を名乗ったが…死者も出ていない以上…くくっ、我からすれば鉱山に山と居る犯罪者の方が余程魔王らしいと思えるがな。」


「ッ!!!」


聞き憶えのある名前に思わず出そうになった声を無理やりに堪える…。でも、僕は周りの人ほどポーカーフェイスが上手くない…。だから、トランプゲームはだいたい負けるんだよね。


「その顔が見れて十分だよ、勇者殿。やはりアルカナムにも【罪の魔王】による襲撃はあったらしい。被害の差はずいぶんあるようだがな。」


…アルカナムの王都ステリア王城への襲撃。そしてベスティア王国第1王子レオン・ロレン・ベスティアへの直接襲撃。どちらも王家王族という社会的上位者への襲撃であり、明らかに何か意図がある。


「安心せよ。その情報でどうこうなるわけでもあるまい。我としても、確信を得たかっただけだ。さてゼウェル、あとは任せた。本当ならば天使の姿を拝みたかったが…さすがに戻らねば父に殺される。」


椅子から立ち上が……る前にカップを呷り、中に残っていたお湯を空にする。


「うむ、やはりアルカナム産の茶はうまいな。果実香茶(フレーバーティー)と言ったか?僅かに残っていたモノを無理に出したが……あぁ、貴殿らは都市内を自由に動き回っても構わんぞ。ゼウェルも構わんな?」


「……初めからそのような話だったでしょう。小芝居までしてわざわざ話を回りくどくしたのは殿下の案です。」


パタンと扉が閉まり、長身の青年の姿が消える。

散々に場を引っ掻き回し、好きなように振る舞ってさっさと消えてしまった青年は、やはり王の器があるのだろうか?確かに流れを無理に作り出し、それにこちらを無理矢理乗せた。


「……えーと、僕は。」


「もちろん勇者殿、好きにしていただいて構いませんよ。」


「…質問を続けてもいいですか?」


王子の居なくなった部屋で、優しげな初老の領主ゼウェルは「もちろんです。」と、なんというか疲れが取れたような顔で応えた。















砂漠地帯のほぼ全域を領土とするベスティア王国ではあるが、生物が死に絶える渇いた砂漠には無く、にもかかわらず人が生きる上で欠かせない物は無論『水』である。

故に発展していったのが"水魔法"の技術。全く水の無かった場所に巨大な貯水池を造り出し、魔法によって生み出された水を保存しておく。そんな技術はどんどん発展してゆき、王都やフォレスティアなど主要都市には都市の水路そのものを魔法陣として組み込む事で防御魔法を展開するという前代未聞の防衛設備を搭載してみせた。


…とはいえそれも少し昔の話。突然の()()襲撃によって城壁は崩れ去り、家屋もろともボロボロになってしまった。当然だが枯れ上がった水路では魔法陣は魔法陣としての機能を喪い、外からモンスターは入って来放題…。そんな問題は早急に解決する必要があった。必要なのは水である。完全に仕上がってしまった都市中心にある貯水ダムを復活させる必要があったのだ。



………大都市であっても、馬車や竜車が通る道が凹凸の無い完璧な水平を取ることはまず不可能だ。そもそも車輪そのものが完全な円形では無い以上、ソレが道を通れば歪んだ形で削れていってしまう。速度を出そうものなら馬車の揺れはとんでもないことになり、中に乗る人が出した物によりとんでもないことになる。


しかし、どうだろうか?

あまり速度こそ無いものの、悠真たちはほぼ平行移動を行っている。上下の動きは殆ど無く、見事にすいーっと動いているのだ。その姿、まさに『等速直線運動』!!いや、悠真たちだけでは無い。周りを見れば他にも"すいーっ民"が居るでは無いか。さすがは魔法大国、完璧な道の舗装の方法すら開発してみせたとは!


「こりゃ観光には楽でいいな?」


「そうね、でもすごく馬鹿みたいじゃない?」


かなり粗雑な船の上でキョロキョロと周りを見ながら観光を楽しんでおく。さて、周りの様子を説明しよう。

膝下くらいの水位での浸水被害ではあるが、規模があまりにも違い過ぎる。もちろん膝下っていうのはこの辺りというかこの都市の平均的な水位のお話。都市の高低差によってはもっと深い。

……そう。()()の水位である。そんな浅瀬を、悠真たちはわざわざ船で進んでいるのだ。だからこそ麗は「馬鹿みたい」と言ったのだ。


「やぁやぁお嬢さんたち。どうかなこんな小物は。」


土壁の舞台のような物の上に風呂敷を広げて商売をする者が多く居る。しかし売っているのはどれも………パッとしない物ばかりだ。

たぶんだが、本来の商品はこの水没で売り物にならなくなったか、或いは既に売れてしまったのだろう。


「よくやるもんだな。こんな状況でもわざわざ商売してやがるとは。」


「殆どの商人は既にこの都市を出て行ってしまったらしいわね。だって砂漠を越えるための水は幾らでもあるもの。残っているのは…"商業都市"っていう名前に未だ希望を持ってる人たちね。」


「向いてねェな。今回ので気付くだろォよ。」


「えー、あー、…………うん、そうね。」


何かしらオブラートに包もうとも思ったが、さすがに売り物を見れば"売る気が無い"というのが判る。つまりアレだ。観光地マジックというやつだ、修学旅行で何故か欲しくなる剣とドラゴンのストラップ。絶対かさばる木刀も、アレが近所のスーパーマーケットに売ってても誰も買わないだろう。彼らが売っているのはそれに近いモノ。


「ここに観光に来る人は居ないでしょ、ヴェネツィア(水の都)行くぞって言われて連れてこられたら私ならキレる。」


「えー、まど姉が怒ってる姿とか想像出来ないなー。」


「それで、次はどっちに漕げばいいんだ?買い物するなら止まるぞ。」


ちなみに煉は既に1時間以上船を漕いでいるが、一切疲れている様子は無い。体力お化けな上に文句のひとつも言わない心優しき大男の彼ではあるが、根本的には"あの"南の親友だ。……詳しくは言うまいが、ヤベーやつであるのは確かだろう。


「現状何も情報無しだからなァ……、こんだけデカい事があったハズだが、殆ど得るもの無しってのァ……」


「情報はあったでしょ?巨大な竜と大魔法。どこの怪獣大決戦よ。」


「そりゃあ魔王なんだから、それくらいのとんでも大乱闘になってもおかしくは無いんじゃないか?」


煉の言葉にこの場のそれぞれが頭の中で各々の魔王を想像する。目がつり上がってて、ギザギザの牙が生え揃っていて、曲がった角が頭から生えてる異形の化け物。或いは、なんか厨二臭いロングコートをはためかせていて、高らかな笑い声を上げている頭のイカれた男。或いは、真っ黒な球体の頭に可愛らしくも怒っているように見える顔が描かれた愛らしいヤツ。


「いや、なんで全員ドラゴン想像してねぇンだよ。」


「……いや、なんで私たちの思考読み取ってるのよ。」


この都市で起きた出来事を見た者は少ない。いや、少なくは無いのだが…簡単に情報を引き出せそうな人物…つまり出来事の中心人物では無い人物はマジで何も見てないのだ。

とりあえずこの都市の主は優秀だ、殆どの都市住民が殆ど情報を持ってないというのは、迅速な避難と完璧な安全が確保されていたことの裏付けなのだ。


「さて、巨大ドラゴンは南方からどーん!と都市壁をぶっ壊してご登場しやがったってェわけだろ。ンで、次に都市の中心に向かいながら大暴走……」


そこで終わりだ。

そこから先が、どれほど話を聞いても繋がらなかった。その辺の商人からどれだけ話を聞いても追加の情報が何も無い。そのせいで手元には…というより船の足元には大量の骨董品が積まれている。情報を貰うために必要な手段だったとはいえ、相当にこの都市の経済に貢献しているのは間違いない。故に先ほどの「向いてねえな」という悠真の言葉は自嘲が混ざった侮蔑の言葉。他に買ったものと比較して、確かにどんぐりの背比べではあるものの、買いたいとは思わないゴミだ。

もちろん、今、船底の床になってるそれらだってゴミだ。さぁ教えてくれ、馬鹿は誰なんだ?


「やっぱり、アレだな…直接戦った人間に話聞かねェとだな。」


「いや、最初からそうすれば良かったじゃない?」


話を聞いた限りでは、巨大ドラゴンは冒険者によって討伐されたらしい。ならば話を聞くべきは冒険者だ。当然ながら単独では無く複数名或いは複数パーティーによる波状攻撃。要するにMMOに於けるレイド戦。友達の居ないソロ専プレイヤーは地獄を見るイベント戦だ。


「戦闘に参加した冒険者の内…みんな口を揃えて言ってンのが蛍光ピンクの鎧のおっさんと、長い白ロングコートをはためかせたおっさん。」


他にも戦ってた冒険者はもちろん居たらしいが…さすがにそこまで目立つ存在が居るとなると話が違うだろう。なんだよ…蛍光ピンクの鎧って。


「服装も冒険者過ぎる人…でも、結構動き回ってるけど見つかってないってことはさ、もうこの都市には居ないんじゃないの?」


「まぁ…な。」


円香の言葉ももっともではあるが…、現状だと手がかりがそれしか無いのだ。…いや、もちろん領主である伯爵の下へ挨拶に行っている優輝の帰りを待つ手もある。というより、ソレが一番間違いない手だ。悠真たちがやっているのは、確実に存在する2本の手が仕事をするのを待たずに、生えるはずの無い3本目の手を無理やりに生やす方法だ。

というわけでじゃぶじゃぶと水浸しの大通りを歩く包帯まみれの青年に声を掛けてみるとしよう。


「なァあンた、デカいドラゴンを倒した冒険者を知ってるかー?」


「あー、……そうだね。僕も参加してたからね。知ってるは、知ってるよ。」


全身包帯ぐるぐる巻きのエルフの青年。2本の大杖を背負っているから冒険者っぽいと思って声を掛けてみれば…まさかの一発ビンゴである。

例の戦いでは確かに多くの冒険者が参加したが…とはいえ逃げた者も多く居たらしい。つまり、目の前のエルフは当事者であり希少な情報源!


「…ちっと話を聞かせちゃくれねェか?」


「構わないけれど、場所を移しても良いかな?さすがに…ね。」


浸水した大通りと、悠真たちが乗る船を見て苦笑いを浮かべながら近くにある2階建ての食堂へと視線を送るその姿は…正直に言ってしまえばだが、あまり強い冒険者には見えなかった。

3ヶ月ほど失踪していた理由は書いて満足して出してなかったから。


……悠真の名前が優真になっていた。理由は明白。1文字違いのあいつのせいだ。

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