55 ちょちょいのちょい道中
ちょっとしか話が進まないので『ちょい道中』
「はぁ…縛ってある奴らも頼むって言われたけどよ…」
「ヒィ!!…化け物!化け物!!」「お赦し下さい先生…俺は…俺は!」「頭が割れるッ痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い………」
「こちらもダメだな。私の魔法では治すことが出来ぬ。」
「薬って感じでも無いな……単純にヤクより上の位階の魔法か…スキルかどっちかだ。」
そんなガヘルの言葉に思わずアーディはため息を吐く。
神官であるヤクは、神聖魔法による治癒や治療を得意とするが今回ばかりはお手上げらしい。『四番目の剣』のパーティー内でも一番クラスの高いクラス4認定の実力ですら無理ともなれば魔法では無い事を疑うが……残念な事に浅学ながらも薬学知識を持つガヘルの見解ですら治らないとなってしまった。
「んで、リーダーの見解は?」
「俺に聞くなよ…なんの知識も無いんだぜ?まぁとりあえずは探索を続けるしか無いよな…その間にギルドへの言い訳を考えるか。」
「虚実を騙るのは気が引けるが…今回ばかりは仕方なし…か。」
「そういう所で丸く納めんのがリーダーの役割だしな。しっかり頼むぜリーダー。」
思わず小さく舌打ちをしてしまうが、正直本当にソレくらいしか出来ることが無い以上、本気で頭を回転させるしか無い。ガヘル曰くだが、この洞窟に隠し部屋のような場所は無いという…つまり虱潰しにやっていけば見逃す物は最小限で済むわけだ。
ちなみにもしもさっきのアレらが戻ってきたら100%死ぬ。命懸けで戦ったのはもう去っていった奴らだが、一応は今も命懸けなのだ。
「まぁ戦闘痕を考えればヤベー化け物が出たっていうのは全然変な話じゃ無いしな……この頭飛んじまった奴らの言い分的にも十分に通る。」
「さっきの女の子が空けたこの大穴も使えるんじゃね?」
「あ?あー、コレか。」
洞窟の壁や天井を抉るように空いた大穴は、ぐねぐねとした不規則な形で曲がり、うねり、どこまで続いているのかも判らないほどに長大だ。
「デケぇ蛇みてえだな。」
「大蛇とかか?あれはこの辺りには出ないぞリーダー。もっと海の近くとか。」
「ただ言ってみただけだろ、真に受けるなよ。」
「地中を征く大蛇……他教の神話で憶えもある気がするが……、」
「宗教混ぜたら面倒だな…『デカい蛇見ました!』はやめとくか。」
などとぶつぶつ言いながら探索を進め…放置されているらしい物資の類や盗まれたあれこれも出てきたが、証言は取れないし、決定的な証拠みたいなのも出てこない。
「ってワケで、さすがに【千本剣】と繋がる証拠なんで出てこないだろ!」
「ま、うじうじと悩んでるよりはそういう感じの方がリーダーらしいはらしいけどもな。」
「うむ、」
さっさと洞窟を出て街道に出てみると、朝日が昇っており、腹も減ってきた。さっさと街に戻ってギルドに報告!その後は飯でも食って寝る!以上!
「報告に時間掛かりそうだな…あー、口滑らせねえかドキドキしてきた。」
「お前がソレやった瞬間に俺達は【千本剣】にぶち殺されるから辞めてくれ。」
じゃあ…と仕切り直すようにアーディが声を出すと、ガヘルも、ヤクも目付きを鋭くしてパキポキと指を鳴らす。パーティーメンバーかつド田舎村の幼馴染同士の『四番目の剣』ではあるが、当初はそれぞれ個人で冒険者をしていた。
いつか伝説に謳われることを目指し、他の2人を超える名声を得ることを目指して…
「クラス11…生きる伝説と共闘したんだぜ?今の俺は最高にツイてる!!」
「いや、それは俺達も同じなんだが…」
「うむ、神話の産物たる"巨人"にまで出会ったのだ…今の私には大地の神がツイているとしか思えぬ。」
「ヤクまで変なテンションになっていやがる……」
これはもうダメだ…とガヘルも信じてもいない神に祈りを捧げる…。これから始まるのは完全なる神頼み…たった3種の手札で戦う防御も逃げも無い一撃必殺の戦争だ。
古くは神に祈りを捧げるための儀式だったとか、初代の勇者が広めた物であるなど諸説こそあるものの、この大陸全土で知らぬ者などそう居ない…。
「どっちにしろ見張りは必要…誰か一人は残らなきゃダメってわけで…」
3人は一斉に拳を握りしめ、そして開戦の合図として叫ぶ。
「「「じゃんッけん─」」」
「……ッソが…一応俺がリーダーだぞ?」
「悪いなリーダー。」「かたじけない。なるべく早く戻るとするので2、3日…いや、4日ほどは─」
「いや死ぬ!!携行食クソ固いし不味いの知ってんだろ!」
まぁ実際1日以上は掛かると見て良いだろう。
一応洞窟内にあった食糧庫にもいくつか食べられそうなモノもあったが、ほとんどは干し肉や固いパンである。そもそも罠や毒や腐敗を警戒すると、あれらを食べたいとは思わない。
「ったく…いいから早めに戻ってきてくれよ。」
「おう、なるべくな」「あぁ、任せておけ」という信用など微塵も出来ない言葉を聞きつつ、2人を見送ろうとしていると、何かが近付いてくるような振動を感じ取る…。
しかしほとんど音はせず、動物よような足音が微かに聞こえるかな…?という程度である。とはいえ彼らも冒険者としてそこそこ長く活躍し、ベテランとまでは行かないけど中堅くらいの地位には居るのだ。こういった時の対策など知り尽くしている。
サッと道の隅に避け、なるべく見ないように目線を下の方に向けておく。
すると小さな音を立てて竜車が数台走り抜けて行き、その後ろから続くように六本の脚を持つ六脚霊馬に乗る部隊が靄のような奇妙な動きで視界から消えていった。
恐らくだが森の中にも隠密部隊のような物が横並びで走っているのだろうがさすがにここまでの規模は見たことが無い。
「ッ…貴族かと思ったけど…めちゃくちゃ大物なんじゃね?」
「マジで寿命縮みそうになんだよな…怖過ぎる。」
「うむ…少しでも傷を付けようものなら生涯掛けても返せぬ負債だ。」
「掠りすらしなくても難癖付けてくるのも居るからな…いや、いらっしゃるからな……」
「愚痴ってる時点で礼儀もクソも無えだろ…。」
豪華な馬車や竜車には近付くなというのは冒険者の間では有名な話で、駆け出しならまだしもある程度人脈が出来てくれば間違いなく聞いたことのある噂話…通称"貴族の馬車"は、どの程度作り話なのかは不明だが、間違いなく経験者は実在してるんだろうという妙なリアリティがあり、初出すらも判らないほど広まっている物だ。
「向かう方向的にベスティアか?わざわざドラゴンにぐちゃくちゃにされた都市にお偉いさんが向かうのかよ……」
「あそこはほぼ必須の経由地点だからな……」
その都市を匂わせたガヘルの言葉に、思わず全員が苦い顔になる。冒険者としては間違った判断だったのはそうだろう。自分たちよりも若いやつらが頑張っている中で、のこのこと逃げ出したゴミこそが俺たちだ。
飛竜や竜近蜥蜴ならば、確かに格上ではあるが向かっていける。だが、竜は別だ。大陸の中心たる竜牙山にはうじゃうじゃ居るとされるソレは、そこに留まってくれているからこそこちらは無事に過ごせているのであって、一度街や村に現れようものならば確実に滅びが訪れる。
「まぁ…逃げた俺達にはどっちにしろ関係無い…って言い方は悪いけども、今更戻るってのは虫が良すぎる話だよな。」
「……はぁ。」
深いため息を吐いた後、何故か一緒に付いてこようとするアーディを押し返し、ガヘルとヤクは街へと戻る。アーディに渡された説明がびっしり書かれた紙を握り締めて……。
「………………」
「啖呵切った割にゃ顔面蒼白じゃ無ぇかよ勇者サマぁ?」
顔を下に向け指を組み、口の前辺りに置いて太ももに肘を置くその姿は、絶望した人間の姿にかなり近い。悠真は頭の中に─そう言えば昔河川敷の土手でこの座り方してるサラリーマンが居たなぁ…昼間から何してんのかと思ってたがよ…─というあまりにもあんまりな記憶を思い出す。
「…いや、うん…あ、いや、違うんだ。」
「何が違えんだよ。カッコつけやがってよぉ…カッコよすぎだろ、はは」
「いや、普通に今体調不良なんだけど……魔力欠乏症状が出てるんだけど……」
普通なら「!!」が最後に付くであろうそのツッコミだが、今の優輝には弱々しい言葉しか出すことが出来ず、なんというか怖い人感が強い。霞んだ眼を無理矢理細めて周りを見るため、睨んでいるようにも見えるのが更に怖い人ポイントを高めている。
「っく…だらしねぇなぁ。丸一日治癒魔法使わされたぐれぇでそんなになっちまうなんざよォ?」
「いや…魔法使いならまだしも…僕はそっち系じゃ無いし…魔力量もそこまでじゃ無いんだよ……」
「勇者サマだろォが…もうちょいシャキっとしろやシャキっとよ!ほれ」
悠真が竜車のカーテンを開けると、そこには竜公国に来る時にも見た巨人の墓場のような場所が見える。結局アレが何なのかは、王竜達に聞いてもよく判らなかった…。ビャクが語った『かの巨人との戦争』というのは確かにあった出来事らしいけど、言い方的にも判る通り、本人が参加したものでも無く、王竜側からの情報も無かった。
生物ならば腐ることもなく丸々残っているのもおかしいのはそうだけれど、アレがその戦争の激しさを伝えるための石像なのだとすれば誰が何のために造り、この場所に放置したのかも結局疑問だ。
そもそも、人間のようで人間では無いその姿─
「テメェも石にされちまうかもなァ?今からの魔王がどンな力持ってッかは知らねぇがよォ?」
「…さすがに不謹慎すぎるよ。」
怒る元気も無いけれど、実際に魔王の被害を受けた人間とは思えない発言だ。確かに、アレが魔王の被害だとすれば巨人すらも石にしてしまう魔王の力というのはどれほど恐ろしいものなのかとは思う。
そして同時に、魔王の力というのはあまりにも幅が広い物なのだと感じる。
「ようよう、仲良さそうじゃんよ。」
と、御者台から円香が顔を覗かせる。
定期的にちょっかいをかけてくるのは暇だからなんだろうけど、それなら野乃葉や麗が乗る方の御者をすれば良いのにとも思う。
まぁ、結局のところ円香1人で御者をやっている訳では無い以上、急ぎで無ければ御者台に乗っている必要も無いわけだけど…
「は、言ってろよ。んで、この感じだと予定通り着きそうか?」
「んー、あの赤蜥蜴がぶっ壊した街道迂回してくから若干遅れるわ。」
円香の言葉に思わず悠真と二人して苦笑いを浮かべてしまう。国を率いる者が複数人…いや複数匹居る以上、我の強い者も出てくるのは理解出来るけど、さすがに自分が治める領土で問題を起こしてしまうのは考えものだろう。
「にしてもあのでっかい一つ眼なんだろうね?」
僕達の反応を見て理解したと感じたのか、話を変えて外に見えるソレについて言及する。"でっかい一つ眼"ソレが何を指すのかは誰でも判る。
巨人の像或いは骸…疾うの昔に朽ちて零れ落ちた眼窩はひとつしか無く、額の直下の中心部に大きな孔が開いている。人のようであっても人では無い存在なのだと感じさせる説得力がそこにはあるわけだ。
「サァな、竜公国でも聞いたが、誰も知らねェし、アルカナムの騎士共も知らねぇとよ。」
「僕も一応は聞いてみたけど…悠真と同じだね……。」
「【歴史から抹消された真実】的な?ロマンあるなー。」
「そのタイトルだとネットによく転がってる"アレ"じゃねェかよ。」
確かに目を引くタイトルではあるが、悠真が言った通りなんというか"怪しさ満点"のタイトルだ。そもそもあれが本当に生きていた生物なのかも判らないのに。
「ま、私はそろそろこっちに集中するわ。寝るなりなんなりそっちはそっちでしといて。」
「円香も……無理はしないでね。」
「はいはい」
生返事のあとに御者台の窓が閉まり、竜車の速度が少しだけ速まる。
円香がスキルによって竜車を引く地竜の能力を高めるバフを与えた結果だ。もう少しすれば更に広範囲に影響を及ぼす方も発動させ、もっと速度を上げるんだろう。便利なスキルではあるけれど、本人も言った通りで"集中"する必要があるらしい。たぶんだけど魔法を使う時と同じような頭脳労働が必要なんだろう。前に鼻血を出して野乃葉たちに必死に止められたこともある以上、やはり無理はさせられない。
「地竜の方にもかなり無理させてるがよォ…テメェの治癒でどんだけかマシにはなったンかよ?」
「え?あぁ…うん。万全じゃ無いだろうけれど、僕が魔力欠乏になるくらいには治癒はしておいたから…。」
「まぁそりゃそうなんだろォが……実際疲労すら治せちまう謎の力を使えちまうってのを考えるとよォ…」
「俺も含めてだが…人間辞めてやがんなァ…とは思っちまうよなァ…」
悠真の言葉になんて反応すれば良いのかを迷う…
確かに、普通の人はそんな事は出来ない。確かに100年も前からすれば医療は発展した。不治の病と言われていた物も手術や薬で治るようにもなったし、疲労回復マッサージとかそういう類いの物はあるけれど、一瞬で疲労を治し、傷を治し、傷痕も後遺症も残らないそんな夢みたいな力…それが"魔法"だ。
「ま、俺もコピーすりゃ使えるからよォ…」
………ん?
「……もしかして悠真あの時見てただけだったけど─」
「─あえて見てたぜ?勿論。おうおうご苦労な事だなァとは思ってたがよ。」
悠真の言葉に一瞬だが怒りが湧くが、気づかなかった僕も悪い…というよりも怒る元気が全くない。結局この身体の怠さは僕が自分で無理をしただけだ。
「そもそもだ、ンなことしなくたってよォ…1週間くらい休んできゃ良かっただろォが。」
「いや、でも……」
「確かに天使サマには置いていかれたが、予言でも言ってたじゃねェか…「行くか行かねえかはテメェの自由」ってよ。」
「でも、魔王を倒せるのは僕だけだ。その魔王がまたどれだけ被害を出すかは判らないけど、判らないからこそ早々に決着を着けないといけないじゃないか。」
僕の考えはソレだ。アルカナムでのたった1夜での被害は凄まじい物だった。1日も経たずに城が半壊し、騎士やメイドも大勢死んだ。
「アルカナムでもそうだ…僕が戦えていればもっと被害は─」
「─本音はソレか。」
低い声で言葉を遮られ、僕は言葉を詰まらせる。
いつもの口角を上げた嘲笑するような表情は無く、どこまでも冷たい視線から目が離せない……
「結局、テメェは"あの時戦えていれば"っつー言葉に説得力を持たせたいんだろ?」
「あの時はたまたま無理でしたけど、本気を出せば戦えます!あの時は何も憶えてませんが、僕が魔王とぶつかれば良い勝負が出来るはずです!……馬鹿か?テメェ1人で何が出来るってんだよ。」
「ッ…」
「良く考えろよ勇者サマ、テメェより戦闘経験も長く、戦闘技術も上だったセシル団長はどうなった?クソ長え歴史を持ってるハズの防衛設備積んであるデカい城はどうなった?チートを持ってるとか言われてたテメェの眼の前に居る"勇者"は何か出来たのかよ?何も憶えてねえテメェはまだしも、夜襲とはいえ万全に動けてた俺たちですら、友達1人救えてねぇんだよ。」
最後のその言葉は、あまりに重い意味が込められていた。
"救えてない"その言葉に当てはまる人物は、1人しか思い浮かばない。悠真のその言葉は野乃葉や麗たち、その1人を捜す為に動いている人間を全て否定する事になる。
恐らく彼女たちの前では一度も口にはしてないソレを、僕に向けて言い放った。
「それを何も"してない"し"出来てない"ヤツが、上から語るんじゃねぇよ。」
それは恐らく、悠真が心の底で思っていた本気の怒りの感情の吐露だ。あの時の事を何も憶えていない僕への怒り…いや、憶えていないクセに知ったような口を効く僕への怒り。
この前の悠真も、同じ怒りだったんだろう。
何も知らないクセに、南が生きている事を信じている…なんていう事を軽く言った僕への怒り。そして、僕の本心を見透かした悠真は……「嘘吐きが。だから俺はテメエが嫌いなんだよ。」
優真の言葉に反論も出来ず、自分の無力さを噛み締める。その時、これまで魔法的効果によって殆ど揺れることもなく順調に進んでいた竜車が大きく揺れた。
数日の間竜車に揺られ、寒さもとうに過ぎた頃…。アルカナムの関所を過ぎ、幾つかの街や村を通過する。更に10日程が過ぎた頃…2つ重なった輪に翼をあしらった国旗が見えた。
聖王国…大陸南部最大の国家であり、天使シセラフを信仰する宗教国家…。
魔王すら封じる最強の存在を味方に付けているというのは、実質的に誰にも手出し不可能な国ということになる。そもそも剣聖と同格とも云われる聖騎士である【千変万化】ビスマス・クルルラーグ卿に、一人一人がクラス8冒険者相当の実力者という部隊『七彩』まで持つ時点で国家として完成しているだろう。
「まぁ、今回はわざわざ挨拶をする必要もありませんが…。」
聖王国で止まること無く、一度休む程度に留めてそのままに深い森へと進んでいく…。天使信仰というのは、同時に勇者信仰でもあるわけだ。勇者が向かう先があるのなら、それを止めるというのはまずあり得ない。しかしそれでもかなりの日数が掛かるのは、この旅がどれだけ無茶な物なのかを表している。アルカナムから大陸中央を突っ切ることが出来れば一番速いが、竜が犇めく竜牙山がある以上、そんな事は不可能だ。大陸東部のアルカナムから、大陸西部のベスティアまで向かう為には、北端を抜けるか、南端を抜けるかのどちらかしか残されていない。
距離だけを見れば竜公国からは北端を抜けるルートが最も近くはなるものの、竜公国より更に北上してゆくと永遠に止まない深雪が降り頻るフランメ帝国を経由地点とする必要がある。誰が聞いても悪路だと理解出来る上、フランメ帝国周辺地域は聖王国の影響が及ばない紛争地域。大陸でも珍しい侵略国家である大帝国フランメと、それを囲む周辺諸国は今でも激しい睨み合いが続いている。まぁ、結局のところどの国も永久に止むことの無い深雪で足踏みしている状態…「これが本当の冷戦」とはどこぞの馬鹿が言った言葉か…。
故にアルカナムの勇者一行が取れる選択肢は南端にある聖王国を経由地点とするルートしか無い。
「……はぁ」
竜車の屋根上に座りながら携行食を齧り、【影潜】ハクラはため息を吐く。
「魔王…、魔王……ですか…」
何度か言葉を繰り返し、鳥肌の立つ腕を抑える。
人の身で敵うハズの無い相手…そんな物がまた産まれるという…そんな予言がありながらも、その場に向かうというのは愚かとしか言いようが無い。
かの王城での戦いを生き残った最精鋭たるこの寄せ集め部隊の者達も、その殆どが死を覚悟しているだろう。育成に手間と時間の掛かる地竜が23体、繁殖が不可能であり、城一つ分に並ぶ金額で取引される事もある六脚霊馬が14体…国の防衛力も下がるハズなのに、これだけ手厚い守りを勇者様に施したというのが、アルカナムという国がどれだけ魔王討伐を重要視しているかを証明している。
「リアム殿下も、未だ王位を継いではいない以上…功を焦る気持ちも判らないでも無いのですが……」
それだけでは無いようにも思えてしまう…。
「いや、不敬だな。下らない事は忘れるとしよう。」
食事を終え、頭上より生える古い獣の証たる耳を立てる。
只人より遥かに優秀な集音能力は、小さな音からでも、詳細に状況を教えてくれる。森を獣が奔る音、風により木々が擦れる音、そして、一つ異様な音を捉える…。
「…2足だが…随分と大きいな。亜人…にしてもここまでは無いだろうが…」
少なくとも自分の知識には無い存在…新型の魔導兵器とでも言われた方がまだ信じられる…。ひとまずこちらに向かってきている訳では無いため、安全とは言えないかも知れないが警戒程度に留めておいて良いだろう。
「3人組…歩き方からすると冒険者か?」
このまま街道を進んでゆくとぶつかる事にはなるが、賊だとしても3人程度で潰されるほどこの部隊は柔くは無い。
ひとまず連絡用の魔法道具を起動させ、展開している小隊の各リーダーに巨大なナニカへの警戒と、街道沿いに居る3名の情報を伝える。
幸いな事にその3人はこちらには目を一切合わせようとせず、下を向いてその場で留まっていた。逆に怪しくはあるが、実際何も無く通り過ぎたのだ、ひとまず彼らへの警戒は解くべき─
「─!」
ハクラの耳がピクリと動き、それとほぼ同時に視線を上に向ける。只人よりも良い視力は、その相手には不要だと言える。
吹き付ける風と共に、馬車全体に影が差す。蝙蝠のような膜翼は、そのような矮小な生物などとは比べようも無い程に巨大であり、無数の鋭い歯が並ぶ口腔は、あの王竜らとの邂逅を思い起こさせる─
「飛竜……ッ!!総員警戒!!戦闘態勢を取れ!!」
竜擬きとも語られるソレではあるが、決して侮って良い存在などでは無い。地を征く最速が地竜であるとするのならば、─ただ真なる竜を除き─天を駆る最速が飛竜である。
その肉体はただ天に或るその時のために最適化された構造…そして天に或るためだけに最適の魔法を扱うのだ。
─ガァァ!!!
飛竜の咆哮─それは魔力の収束と同時であり、風の、或いは嵐の力を内包するソレが戦闘態勢を取った直後であり、未だ魔法の詠唱すら出来ていない彼らを襲う
「まずいッ」
嵐の一閃─〈嵐の槍
!!!!!!!
飛竜の頭が弾け飛ぶ…収束された魔力が飛散し、魔力波動にも似た小さな衝撃波が放たれる。
何処からか飛翔した、天を駆る飛竜すら反応不可能であり、半ば不可視とも呼べる意味の判らない攻撃が、飛竜の頭を吹き飛ばし、空を覆う雲に大穴を穿った─
「なんですか…今の、は………」
「…うむ、まだ腕は落ちてはいないようだな。」
構えていた姿勢を崩し、弓へ掛けた魔法を解除する。
「誰やも知らぬが、余計な手出しでは無いだろう。」
ヨモロは自らの矢筒にある最期の矢を眺める…
「いや、我は………いや…我が使命、それは変わる事は無い…。自らに課した使命…我らは鍛冶の火の神の子…」
「兄よ…偉大なる兄達よ…我はもう恐れは棄てた…。いずれまた会えるとも。」
ヤクが信仰しているのは田舎の土着信仰である大地の神。天使教が主流の今、大きな教会や組織としては存在していないものの、古びた小さな社が幾つか残されていて、見掛ける度にヤクは泥団子の御供えをして祈っている。
ヨモロは東側から北に抜けていこうとしてるので、ここでハクラさんに観測されました。南達はそもそも魔法で隠匿してるからよほど近付かないとバレない。




