35 恨み言
何処かでもうちょい深堀りするかも
森に住まい、大地の恩恵を得ながらも、静かな日々を過ごす…それこそが、大地の牙たる我ら獣人の人生だ。
我は『狼』の一族の中でも最も位の高い『白毛』であり、霊と風を操る術と、その武勇を持って獲物を狩り、我が『狼』の一族を守る勇敢なる戦士の1人だった。
しかし、ある日の暮れ頃…、顔を隠した余所者が現れた。
我々は殺された。
貴様らによって…命を…、尊厳を…、誇りを…、牙を折られた。
平穏な暮らしを壊した貴様らを赦さない…。
突如として平穏を壊した存在たちは、我らを力で抑えつけ、語った。
「光栄に思え、お前達は矮小にして愚鈍なる獣から、■へと変わる。最も強く、尊き存在へと…な。」
誰もが…その言葉の意味を理解していなかった。
突如として占領され、逃げることが出来たのはほんの1握り…。少なくとも我らは、囚われ、やつらの語る『■へと変わる』という物から逃れることは出来なかった…。
なんのためなのか、どういう意味なのかすらも判らず、誰もがそれを口にした…。たった数滴の盃を飲み干し、誰もが変わった。無理矢理に口を開かれ、喉の奥へと焼けるような痛みを飲み干す…。
「…■への道は、長く苦しい道程なのですね、我らが■よ、既に半分…継世へと導きを得ました…しかし、我らは逃げません…最後まで、■の器を探し続けましょう。」
永遠と…、永遠と…、永遠と…。
ついに、むせび、啜り泣く声も…嗚咽も…何もかも聞こえなくなった頃……、それでも我には…我だけには聞こえていた。消えたはずの声も、とうに息絶え、死んだはずの赤子の声も…、皆の声が、聞こえていた。雑音のようでも、何を言っているか判らなくても…、それは確かに、我が知っている皆の声だった。脳に響き、囁いた…。
皆の声が…。
ずっと欲しかった声が…声が…声が…。
あぁ…居るんだ。我の中に……、我らが。ずっと…そこに居てくれた…、囁くのだ。永遠と…。未だ潰れていない右の耳から……。我らの願いを…。
「……最後になりましたが、彼もじきに継世へと■の導きを得るでしょう…、我らも継を探します…彼らの意志を無為にせぬためにも……。」
『大丈夫だ■■■…、我はしっかりとやる。』『■■■■■…、あぁ、ユウシャと呼ばれるあの化け物も…、我が…』『■■それは良いな…、やつらが願った姿で滅そう…、』『楽しくなりそうだな…■■■よ…、』『もうすぐだ……、もうすぐ……、』
繭を割り、その羽を伸ばす─
「あぁ……ついに……!偉大なる■よ!我らの…願いに……想いに!やはり■に滅びなど、無いのですね!!」
『貴様では無い…』
潰した。一撃で、完膚なきまで何度も!何度も!!我らの願い。我は1人では無い!絶えず聞こえるのだ!彼らの願いが…!想いが!!始めよう!死を、絶望を!我らの願いの数だけ!!
穢れたニンゲンどもを殺し尽くし、血の雨で大地を赤く染め上げた…、まだ足りぬ…、まだ足りぬ…、あぁ…そうだ、かの化け物…、我らを辱め、誇りを、牙を折ったあのユウシャを殺しに向かおう……
「あなたは…、来てはいけない領域まで来てしまったのです…。」
白い翼を背負った理不尽は、我にそのような事を宣った……。最初に理不尽を押し付けてきたニンゲンの味方であり守り人…。強者の列には、やはりさらなる強者が並ぶのだ。
あのニンゲンの街を滅ぼそう…。街の灯りが無くなるまで…、悲鳴が聞こえなくなるその日まで…。
あの繁栄したニンゲンの都市に、我らにもたらされたような滅びを与えよう…。
そんな願いは叶わない…、我らがどれだけの理不尽に、絶望に…滅びに曝されたかなど、白い翼を持つソレにとってはどうでも良い事だったのだ…。幼き頃に何処かで聞いた…、美しき2対の翼を持ち、魂すらも救済するという『天使』……、現実とは、弱者に優しくは無い…。
背を刺し、翼を縫い付ける無数の矢…たったそれだけで…、我は……、我らは……、恨み言のひとつすら述べる事すら赦されず…、
「………、眠っていて下さい。」
眩い8つの光…『眠っていろ』と言葉の意味がすぐに理解出来た…。指先ひとつ、新たに得た翼ひとつも動かせない…否、動かせているか判らない永久の闇…、眼も、鼻も、耳も、触覚も、何も無い闇の中……、
我が頼れたのは…やはり……同胞の声だ。耳に響き、脳を震わせる恨みの声…、『赦さない』『殺してやる』何度も何度も……、しかしその声は我にとっては癒しだ。たった1人…孤独に汚く生き残り…そんな我へと声を届けてくれる……。
感謝する……。
闇の中でも、光を失わないその声だけが……。
『……知っていた。我も…そこまで愚かでは無い。』
『この声も……、願いも……、総て…、我が作り出した幻想だ……、』
『手を伸ばせば…触れられそうな程に…耳元で聞こえるこの声も……、総て。』
「……、1人でぶつぶつ喋ってるところを見ると…まだ色々聞こえてるのか?」
『あぁ……そうかも知れぬな、……ユウシャ。』
自嘲気味に、しかし微妙に嬉しそうにそう呟いたのは、一匹の狼だった。しかし、その身体は枯れておらず、豪華な服から覗く太い腕と、鋭い眼光は、猛々しい戦士としての表情を表していた。恐らく、これがこの狼の魔王となる前の姿なのだろう…。
真っ白な空間は、境界や終わりなど無く、当然風など吹いてない。時間の流れなど完全に止まってしまったかのような場所。いわば、幻想、理想…そういったものの終着点。
或いは俺が、この魔王との対話を求めていたのだろうか?
『ユウシャよ……、ユウシャとは、世界を救済する存在のハズだ…。少なくとも…我はそう信じていた。…、何故あの時…あのユウシャは、我らの世界を奪ったのだろうか……、』
その発言に、俺は詰まる…。
眼の前の魔王の記憶を部分的にではあるが追体験した俺からしても…、魔王が語る勇者はかなり酷い事をしていた。平穏に暮らしていた獣人の国へと侵攻し、殺すこと無く都市住民を囚えた。
その後起きたのは、まぁ酷く狂った実験だ。良く判らない薬を飲まされ続け、魔王になったコイツ以外は全員姿を変えてしまった。肉の塊、目玉が飛び出、血の塊を吐き出した…、手足の切断、魔法による再生…。拷問などという生温い言葉では足りない程の酷く残忍な行為が繰り返され、無限に続くとも思われたソレの末…、最期に生き残ったのがこの魔王だ。
「……もしも、都合の良い物語だったりしたら…、俺はお前に対して何か良い言葉を掛けてやれたんだろうな。…ほんの少しでも、お前にとって都合が良くなるように…。」
『それは…下らん物語だな…、』
俺は勇者でも無いし、英雄でも無い…。
だから、コイツを救う言葉も、行動も、何も持っていない。ぶっちゃけ…、俺にどうしろって話だ。結局、赤の他人だしな。コイツの身に何が起きたとか…、コイツがどういう存在だとか……、そういうのは全部知らん。
とりあえず、今のところ聞いてみたいことを聞くとしよう。
「それで、復讐は楽しかったか?」
『……、』
狼はその黄金の瞳を見開き、そして……口を開く。
『あぁ……、生きる理由が、我が同胞のために生きているのだと…そう実感出来るような……、……本当に……、幸せな時間だった。』
低く、太く…苦いような渋い声。しかし、怒りでも無く、むしろ優しげに…そう答えた。これが、普通の物語ならば…『復讐は虚しいものだ』と、『復讐は何も生まないのだ』と、魔王を諭して改心させる事もあったかも知れない。
だが、現実なんてこんなもんだ。復讐してる方は、復讐する理由があってやってるんだからな。楽しいとか、幸せとか…そういうのは知らないけど、『やってやった』みたいな感覚は残るだろう。
『ユウシャよ…、貴様に感謝する。』
「?…俺は何もしてないだろ。」
『あの時は、我らはユウシャによって殲滅されるばかりで手も足も出なかった…天使も同じだ。我らは何も出来なかった…しかし、此度はどうだ?…はは、2度も貴様を殺してやった!正面よりぶつかり…貴様に討ち破られた!』
「なんつー開き直り方だよおい、俺を殺して満足か?」
俺の言葉をガン無視し……、狼は1度静かに、空を…真っ白な空を仰ぎ見る。
『あぁ……もはや、悔いばかりでも無い。貴様を殺した……、それで、満足してやろう。』
復讐の終わりが、幸せであるはずも無い…。それは、復讐が虚しい物だと、無意味な物だと…、そう思わせるための、物語の中だけの話だ。実際、復讐している内は救われるのだとしたら…、
いや、世界が総て『目には目を』が赦されるならば、もっと殺伐とした物になっていただろう。日々小さな復讐に怯え、肩身を震わせる人々ばかりになっていただろう。
だから……これは、ここだけの……、俺の夢の中だけの話だ。なんとも、幸せそうで、爽やかな笑顔をした復讐者。名前は─
「【擬竜の魔王】アルフェド……その消滅を、確認しました。」
聖王国、只人ではその姿すら拝む事も叶わない高位の聖職者達であっても、簡単には会うことが出来ない…、神殿、聖殿、その更に奥深く…最も神聖で、人の気配すら無い、穢れ無き空間に座す…、何一つとして識り得ないハズの何一つとして与えられなかった『無識』が、その口から言葉を紡いだ。
前回のあの終わり方だとまだなんか復活したりしそうだったな……申し訳ないという後悔。
『無職』ではありません。




