34 《唯一の収納》
短め
「わー、ほんとにごめーん!!」
体力が尽きたのか完全に動かないキアラの全力謝罪ボイス(非売品)と共に、鋭い爪が俺の首へと食い込み…皮を裂き、肉を千切り、骨を断つ。
何も考えられない程の絶望的な痛みが走る…どれだけ死んでも、これに慣れることは無いだろう。一瞬の意識の消失…とはいえその一瞬は、本来であれば永劫の物だ。最期の記憶を、忘れることは無いだろう。何せ2度とは思い出せないのだから…、
「うぅ…南くん、君のことは忘れないよ…」
「忘れんな…!意気揚々と来たから普通に戦えると思ったじゃんか!!休んどけ!」
「うわー、また復活した!!」
引いてんじゃねえ!!確かに逆の状況だったら俺も引くけど!!
テンプレの崩壊。
助けに来たヒロインの覚醒!からの敵さんボコボコ展開!せめて俺と協力してボコボコ展開!これがテンプレ!さて…今起きたのはテンプレ崩壊。この状況で俺死んだんだけど…?
「くぅ、まだ首の辺りが冷たい気がする……」
『いや…何故まだ生きている?』
刃のように冷たい感触で斬られた部分に触りながら言ってたら、すんごい頭に疑問符浮かべてそうな言い方…もうギャグだろこれ。……俺だけが苦しいギャグとかやめろ!!
「ふっふっふ…わかったよ南くん!『ふ…残像だ』ってやつでしょ!」
いや、ふざけてる場合じゃ無いだろ…、軽口を言ってるキアラを睨みつけた狼だが…視線が俺を向いた途端に、その表情はすぐに暗く沈む…それは、深い絶望だ。今まで強そうに見えていた狼だが、……酷く痩せ、肋が見えるほど皮しか残っていない身体……、落ち窪んだ眼窩……。よく見れば超弱そう…?
『…残像…、そんなハズも無い…、確実に感触があった…、何故だ、何故生きている…、ッ!』
絶望を否定するように狼は自らの頭を抱え、ぶつぶつと呟く……そんな事言われたってなぁ?死なないだけで、痛いし苦しいし…
『殺せ、ない……?』
そんな事実に気づいた途端、これまでありとあらゆる理不尽を見せてきた黒い天使の輪が砕け散る…まるでガラスのように簡単に砕けたその破片は、渦を巻くように動き……
『そんな、……ッ!!?』
なにやら言っていた狼が、突如として頭を抑えて苦しみ出す…いや、突如では無い。砕けた天使の輪の欠片が、まるで意思を持っているかのように一瞬にして狼へと降り注ぎ、狼の腕に、口に、身体に…全身に纏わりつく…
「お、おい!?…キアラ助けて!」
「いやーだから僕はもう力残ってないってば!!」
『ッぐ……!っ……!』
もがき苦しむ狼の姿は…鱗の生えた物に変わっていく……。しかし、それはあまりにも歪な物だ。先程の化け物の姿よりもより異質かも知れない。
『『我らの願いは想いは…ひとつ、我らは…そのために……そのためだけに……』』『あぁ…、そうだ、その通り…だ。』『ユウシャを…殺せ…我らを殺したユウシャを…』『『ユウシャより…全てを奪え…』』
『『…我らの願いを─』』
狼の身体に纏わりつくソレは、強くなったとか…そういうよりも、むしろ動きを阻害しているようにも見える。黒く蠢くそれが、鱗となり、骨となり…眼となる……、聞こえ続けるその声は、老人のようにも、幼い子供のようにも感じる……それが、無数に重なっている……誰に語りかけている物なのか……、はたまた自分に言い聞かせている物なのか…、
『はッ……あ、ァ……我らハ……我々ッは……ユウシャ…貴様ッヲ!殺し…この…都市を!!』
魔王の攻撃はさっきと変わらない。…魔法でも、特別な力でも無く、純然たる物理攻撃。その凶爪で切り裂く、或いは首をへし折る。圧倒的物理により蹂躙する。
単調な動き故に軌道は読みやすく、肉薄する故に…どんな攻撃だろうとも 当てられる そう例えば、魔王を狙っていなくとも……。
「ここしかねえだろ……、」
勇者と魔王の物語…結局、終わらせるためにはどっちかが死ぬしか無いわけだ…。積年の怨みがあるだろう魔王に対して、俺はこっちに来て1年も経っていない、世界についても知らない勇者…。だが、この場で殺せる力を持ってるのは…俺だけだ。
仲間が力を使い果たし、バトンを繋いで勇者が留めを刺す。なんとも燃える展開だろ?狼の腕が届くまで残数はほんの2秒ほど……、
『油断だナ…、ユウシャよ』
その言葉の意味を、理解するよりも早く…あの技が放たれた…風の刃、嵐の刃…まだその爪は届かずとも、その偽刃が、俺の腹へと食い込んだ…。腹を切り裂き、肉を引き裂き、臓器を粉砕する…
意識が途絶える……、また『死ぬ』……、
いや、ここが、最期の勝負だろ。
途切れそうな意識を、今だけは取り戻す─ここが、最後だ─
凶爪が俺の全身を引き裂くまで、ほんのコンマ数秒……、そして、放たれる。
「《唯一の収納》─『開放』」
終わらない終わりに、終止符を打つ光が─
あの時…優輝の攻撃を避けることは出来たのか…。
あの化け物の群れを眩い光が焼いた時、ようやく助かるのだと、ウルナと2人で助かると…そんな安堵に包まれた俺に、もともと平和ボケしていた俺に…喪った腕の痛みに苦しんでいた俺に……自分へと向けられた光に絶望した俺に……あれを避ける事など出来るはずも無いのだ。
指先ひとつも動かなかった…、血の気が引いた。もう"死んだ"と思った。絶対に助からない…戦う力どころか防御の手段も持たない俺には……、ここで、ウルナと2人で死ぬしか無いのだと……。
だから、あれは奇跡だ。
咄嗟の思考は『もしかして』へと向かった─
「《唯一の収納》!」
眩いほどの光の線が消え、ただボロボロの暗い廊下だけがそこには残った。咄嗟の賭けに、俺は勝った。何故防がれたのかすら理解出来ていない優輝に対して、ぶつけ返してやるという選択肢ももちろんあった。
いくらか実験はした。入れた物質は視界の中であればどこにでも出せる。しかし、射撃物を入れた事は無かった…ここで投げ返すなどと言って、ほんの少しでも間違えれば、結局死ぬことになる。
だから…ただでさえ使えない能力しか無いのに…そのうちひとつが封印されていても、ずっと使わずに取っておいた…。最悪2度とは使えなくとも…どうせアレ以上の死線は無いと思っていた。そんな楽観視は無駄だった…ま、結局俺は運が悪かったわけだ。
どのように開放されようと、確実に当てる
そのための肉薄…、俺を巻き込むかも知れない絶死の一撃。勇者による、勇者らしからぬ圧倒的殺傷力を秘めた破滅の光……あの日俺の身を焼いた光。
その日、絶対の不死たる魔王が、1人死んだ。
『我々の願い……それは……、ただ、幸せに…暮らすことだったハズだ』『貴様が全て奪ったのだ…、』『ユウシャ、貴様を赦さぬ、』『滅びろ…、』
『貴様らが来て、全てが変わった……、』
『■の血…、』『貴様らが望んだ…その、姿で…貴様らの平和を壊してやる…、』『貴様ら…ニンゲンが築いたソレを…、全て壊して…』『殺してやる』『赦さない』
『貴様らが感受する平穏を壊してやる』
■の力を伴った無数の憎悪は、願いは…、ひとつの厄災へと帰結した。
『安心せよ……我が、我らが……、その願いを…。』
他者の殺意を…憎悪を、体現する。
その目的に囚われた存在が、その目的を達せないことを知った時、その存在が取る行動は何なのだろうか?その目的のために存在してきたとも言える存在が、その目的を失った時、その存在に何が残るのだろうか?
結構長い戦いが終わりましたわー。




