23 竜
遅。
毎日魔力をすっからかんにして金を貰い続ける生活も、なんだかんだ2週間くらい経った。実際、水の魔法を使えるというだけでこの都市では生活出来てしまう。
「うぅ…気持ち悪い……。」
「典型的な魔力欠乏の症状ですね。まぁ、1日安静にしていれば治ると思うので、今日は寝ていて下さい。依頼に関しては、私から断りを入れておきますので。」
「いや…ここで、休むわけには行かん…懐にそんなに余裕が無い……。」
「ですから相部屋にしようと何度も言ったじゃ無いですか、部屋を2つ取るから高くついてるんですよ!」
「ダメだ…、男女が相部屋なんて…はした、ない…、」
バタりとそのままベッドに倒れ込んだ南を見て、ウルナは思わずため息を吐く。
「お酒さえ辞めて下さればもう少し懐も温まるんですけどね。」
そんな呟きは、南に聞こえていたのか聞こえていなかったのかは定かでは無いが、呟いた瞬間にビクンと動いた身体が全てを物語っている。
齢17にして酒浸りなどとんでもない話だが、異世界では年齢的には許されているし、飲んで暴れるタイプでも無い。むしろ飲んでも「一切酔った感じがしないな…」などと言っているくらいだ。なのに酔うまで飲んでやるなどと言って無限に飲んでるからすぐに金欠になってしまう。
─余談にはなるが、この世界の酒類は軒並み度数が高く、殆どの人が水で割って飲む物を割ること無く飲む。明らかに南が異常ということである。
「じゃあ、私は行きますけど。南様はそこで大人しくしていて下さいね。」
「うぃ、…」
最後に信用ならないという視線を向けて、ウルナは部屋を去った。後に残った男の様子から、肩書を言うとすれば『ダメ男』だろうか?
「はぁ…」
部屋を出てからはため息は出ない。あくまでも私はメイドである。主人である小鳥遊南の従者であり、自身の行動ひとつひとつが主人の評価に繋がりかねない。
「いや…でももうかなり下がって……」
いや、コレ以上は言うまい。いかに酒場に入り浸っていようとも、いかに酒癖の悪さで噂が立っていようとも。
「でも教会…孤児院などの慈善事業的依頼を積極的に受けていますし…実際の評価的にはどうなんでしょう?」
主人の周囲からの評価というのは、逆に言えばその従者にも直結する。ふと、ウルナは自身の服装や髪の具合を見る。王城勤務だった頃ほど容姿のために時間もお金も割けないため、多少は見劣りするだろうが…まぁさすがに大丈夫だろう。
特に普段と変わらない1日が始まった。
「というわけで、申し訳ありませんが南様は少しお休みします。」
「マジか…あの坊主なかなか良い仕事してたんだが、了解だ。今日は別のやつに頼むとするよ。坊主にお大事にって言っといてくれ。」
「はい。伝えておきます。」
良く依頼をしてくれ、固定客となっている薬屋の男の元を後にし、次の依頼人の元に向かう。多い時で1日に20件の依頼をこなす南の顔は、この都市ではかなり知れ渡っているし大抵の人物から好意的な意見を得ている。
酒の席などを知る人にとって、南の酒類へのだらしなさというのは理解されているハズなのだが、何故か一切評判が落ちない。
「何故でしょうか……?」
と、考え事をしながら歩くウルナの直感が謎の視線を察知した。商業都市であり、活気があるとは言えど絶対安全とは言えない。だから、急いで走り出そうとして─
「っと〜。」
「え?」
脇に手を差し込まれ、ひょいと軽々と持ち上げられた。
突然過ぎるし、わけの判らない出来事に困惑していると…
「やっほ〜ウルナちゃん。久しぶり。」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「そのお声は………キアラ様…ですよね?」
「お、僕のこと覚えててくれたの〜!?大正解!!」
声だけということもあり、ウルナ自身確信があったわけでは無いのだが、ここまで喜ばれると何も言えなくなってしまう。いや、待って欲しいそもそもの問題がある。
「それよりも…あの、なんで私は持ち上げられているのでしょうか?」
「え?なんとなくだけど。」
なんとなく…なんとなくとなると何も言葉が浮かばない。命の恩人であるし、言葉は選びたいのだが、ここまで来るとやはりこの人は…変人では無いだろうか…?
「いや〜、たまたま見かけたぴょこぴょこ動く小さい影を、抱っこして愛でたくなるのは当然じゃ無いかな〜。」
と、キアラはウルナを地面に降ろした。
「訳がわかりません。」
「わかんなくていいよ〜、僕もよくわかんないから。」
「それで、ウルナちゃんはなんでここに?ご主人様の南くんはどうしたんだい?」
「私はメイドですので、南様に関する情報は秘匿します。私自身は、今から孤児院が併設された教会に─」
「え、そんな所あったの!?」
ウルナは心の中で「しまった」と溢した。
まさかこの話で興味を惹くとは思わなかった…このまま付いて来られでもしたら南について隠した意味が無くな─
「おー、竜祖教の教会じゃん!」
意味が無くなってしまった…。
結局、キアラが付いてくる事を断り切れなかったのだ…。メイドとしては失敗しているし、絶対にダメなやつなのだが、残念なことにウルナはキッパリ断れるような性格をしていない。故に、今回の事は仕方が無いだろう。
「あ、ウルナちゃんだ!」
「遊ぼ、?」
ウルナの姿を見て奥からゾロゾロと子供たちが出てくる、南と共に何度も訪れている上、南から押し付けられているためもはや仲良しになっている。
「あれ、みなみは?」
「ほんとだ、今日いないね?」
ここでも南の好感度は高い。そこまで顔は合わせていないし、いつも遊んでいるのはウルナなのに…何故なのか?
「すみません。南様は今日はいないんです。…リーア様はどちらにいらっしゃいますか?」
「ママなら…お部屋に居るよ?」
「ありがとうございます。それで、…キアラ様はどうなされますか?」
「ん?僕は少し寄付したいかな〜、子供たちには未来があるからね。」
太い尻尾をゆらゆらさせながらそう言ったキアラだが、子供たちはその爬虫類のような尻尾に興味津々らしい。事実、ウルナ自身もキアラのようなタイプの亜人を見たことが無い。遠い地域には蜥蜴人などといった種族も居るらしいが、アルカナムにはそもそも亜人がほとんど居ない。
「ん〜?なになに、僕の尻尾に興味があるのかい?」
子供たちの興味はウルナからキアラに変わり、その間にウルナは静かに、なるべくこっそりとリーアの部屋へと向かう。
やや薄暗く、何度か修繕された跡のある廊下は、ウルナも、もちろん南も何度も通った事がある場所だが、ウルナは何故か、一瞬躊躇する…。
全身を襲うような嫌な感覚…悪寒というか、勘というか…とにかく進むことを躊躇した。
「ふぅ……」
しかし、ウルナは気のせいだと自分に言い聞かせ、扉をノックする。そして─
─ガシャン
ガラスが割れるような音、それが薄暗い部屋に響く。
「あ…。」
割れたのは小さなガラスビンであり、中に入っていた赤黒い液体が床に飛び散った。
手が震え、凄まじい罪悪感と共に…何故か全てから開放されたような感覚に笑みを溢す…。
そして─
「どちらさ…あ、ウルナさん…こんにちわ。えーと、どうかなされましたか?」
扉を開き、外に居たのは見覚えのある少女。幼い容姿ではあるが、既に成人しており、メイドとして働いているウルナという娘。
「はい、リーア様……あの…何か、音がしましたが…大丈夫ですか?」
「あぁ、お恥ずかしい。古い水薬を片付けていたんですけど…手を滑らせて割ってしまって…」
咄嗟に汚れた手を隠し、いつもと変わらない笑顔で言った。
「それで、どうかされましたか?」
「いえ、実は今日は南様が来ることが出来なくて…明日には来れると思うのですけど…。」
「あら…そうですか。では、ウルナさんも今日はこのまま…?」
「はい。そうなります。」
「それは残念─「あ、おねーさんがこの教会のシスターですか?」
唐突に、黄金の瞳と目が合った。
それは黒い髪とは対象的に、輝くような黄金の瞳を持った少女だ。その両手には子供たちを抱いており、子供たちも既にその少女に心を許している事が判─
「ッ!誰ですかあなたは、今すぐ子どもたちを離して下さい!!!」
「おや?…いや、確かに正論かな〜?」
自分でもわからない程に声を荒げてしまった…、がもしかすると眼の前のその少女は……
「始めまして〜僕はキアラだよ。孤児院って聞いたからちょっと寄付でもと思ってさ。」
「う…………そ、うでしたか…すみません…声を荒げたりしてしまって。」
「いやいや〜僕も悪いんだよ。この見た目だしね。」
右のこめかみから前に飛び出した角と、身体の所々に生えている鱗…何よりも目を引くのはその蜥蜴のような太い尻尾だろう。リーア自身も心を落ち着かせる。恐らく声を荒げてしまったのは、見た目に驚いたからというだけだろう、と。
「じゃ、驚かせたお詫びも込めてちょっとした寄付を。これくらいで良いかな?」
「ありがとうございま─」
そう言ってキアラがリーアに渡したのは、白銀貨2枚。平民…一般人はまず見ることなど無く、貴族ですら伯爵階級より下の者は使う機会など訪れない。
「え!?」
と、思わず声を上げたのはウルナだ。リーアは呆然としてしまっている。ウルナ自身、貴族ではあるが一般人…それも冒険者という職業の人物がこれほどの大金をポンと出せるとは思っていなかったのだ。
「ん〜…使うこと無いから貯まる一方なんだよね。これでも上級の冒険者だけど、お金のためにやってるわけじゃ無いし。」
「…ありがとうございます…キアラ様、あなたに竜の路が開かれる事を願います。」
「ん〜?」
竜祖への祈りの言葉に、何故かキアラは難色を示す…。
「どうか、なされましたか?」
「いや…なんか…昔聞いた竜祖教の祈りの言葉と違う気がしてさ……。『継世に竜の導きを…』…みたいな感じだった気がするんだけどな〜。」
「継世…ですか?すみません…私は覚えが……。」
「じゃあ…僕の勘違いかな〜。ごめんね、話の腰を折っちゃって。」
ヘラヘラと笑うキアラは、それ以上の言葉を掛ける事こそ無いが、やはりなんとなく感じた違和感は消えないらしく、うーん?などと唸っている。
「そう言えば…シスターさん─」
「─あ」
全員、静かになる。
それは本能的に感じる威圧感…それにより押し潰されるような重圧…。とてつもなく強大な化け物を前にした時のような、息すら出来なくなり…そして……
「ッ!」
小さな子供たちすら居るその場に
─鮮血が飛び散った…。
魔力欠乏とは?
魔力が全く無い状態が続いたり、数日に渡り魔力を過剰に使用することによって起きる、怠さ、吐き気、目眩などを引き起こすやつ。簡単に言うと魔法版筋肉痛。
とんでも魔力を持ってる南だが、毎日20件くらい依頼を受け、毎日魔力すっからかんにしているのでさすがになってしまった。
南くらいのハードワークは、常人だと3日くらいでぶっ倒れる。
編集─あの場に異世界人しか居ないのに円表記するのはおかしいので貨幣価値の日本円表記を変えました。




