22 三者三様
1ヶ月ぶりはヤバい…。
誰よりも最初に異変に気づいたのは、勇者である僕だった。誰よりも早く先陣を切って、誰よりも早くその場に居たからこそ…
『お前が……、勇者か?』
背後からの声に振り向いた時には、もう遅かった。何か、別人の思考に脳が支配されるような感覚…自分のものではないハズの考え…それが…
『〈支配〉』
そこから先は、覚えていない。ベッドの上で目が覚めた。でも、それは王城の自室では無いし、比較するとベッドも簡素だ。
誰も居ない静かな部屋、いや、外からは慌ただしい足音が響いている。全身の痛みと寝起きで上手く考えられない頭でも、今…外が大変な状況なんだろうなというのは理解出来た。
「…優輝、起きた…か。」
起きてみて一番最初に顔を合わせたのは、仲の良い幼なじみの結華でも、いつも馬の合わない優真でも無く、幼馴染ではあるが学校ではあまり話すことの無い煉だった。
「…優輝、悪いことは言わない。…今はベッドに引き返せ。」
「?どういう意味だい。」
言われた意味が理解出来ず、思わず聞き返したが、その意味はすぐに理解することになった。
─ッ
何かに突き飛ばされ、床に身体が叩き付けられる。
「何…」
「お前!よくこの状況でその顔を出せたな!!」
声を荒げながら僕の襟を掴み、拳を握っているのは血が滲んだ包帯を全身に巻いている倉野正彦だった。
「正彦、どう、したんだ…その怪我は、」
─ゴッ
その疑問を口にしたのはどうやら間違いだったらしく、顔に鈍い痛みが走った。
「お前が、!お前がみんなを殺したようなモンだろ!この怪我も、お前があの時一緒に居たら無傷で済んだんだ!!眼の前で、何人死んだと思ってる!お前が近くに居れば!身体の弱い母親のために必死に働いてたルルさんも!妹に子供が産まれたから今度会いに行くって言ってたタニアさんも!全部、全部お前が!─」
「ッ落ち着け正彦!!」
煉が正彦を引き剥がした後も、僕はその場を動くことが出来なかった…。僕が…僕が誰を殺したって…?いや、そんなハズ無いだって…そんな記憶どこにも…
「違うぞ優輝、お前は誰も殺しちゃいねえ!」
暴れる正彦を抑えながら、煉が必死に叫ぶ。
「お前がちゃんと戦ってれば、助かったやつも居たかも知れないとかそんな事思ってるやつが居るだけだ!お前自身が殺したやつは誰も─」
「─南はどうなんだよ!」
煉の喉が、ひゅ、と思わず鳴る。しかしすぐにそれを隠すように俯いたため、それ以上の表情は読み取れなかった。
「死体すら見つからねえのは─こいつが全部消し飛ばしちまったからじゃ─「やめろ!!!!」」
これまでに聞いたことが無いほどに低く、怒りを孕んだ声が廊下に響く。
しかし、その声の主はそんな声を発したとは思えない程に悲しそうで、苦しそうで…いまにも泣き出してしまいそうな表情をしていた。
「…やめて、くれよ……。」
床一面に敷き詰められたように広がる遺体は、被せられた白い布を、その身より出た血で染めて赤い絨毯のようになっている。その空間で聞こえるのは、誰かの啜り泣くような声と、防腐の効果がある魔法を掛ける魔法使い達の足音と、小さな詠唱の声だけ…。
確かに、正彦が言っていた事は身勝手な願いを自分にぶつけていただけに過ぎない。でも、楽しそうに家族の事を話すメイドさんも…一緒に訓練した騎士達も…
「僕が……」
動けていれば、救えたのかも…知れない。
傲慢かも知れない。でも、勇者という立場は…いや、力を持っている以上、助けられる命を、救える命を少しでも……。
「…ごめん、…弱くて…ごめんなさい。」
静かな啜り泣く声が、またひとつ増えた。
『貴様に、試練を与えよう。』
僕は、アルカナムから逃げた。あの空間に居ることに…耐えられなかったから。最低だって自分でも思う。でも、自分が、殺した人たちを…見ていることが出来なかった。
『己の力無きを体感せよ。』
そんなの…わかってる。
どれだけ自分が、無力で…馬鹿で、無能で…何も出来ないやつなのか……。
「全部、もう分かってる。」
中まで響くような痛みと共に、自分の身体が宙に浮き、凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされる。
暗闇の中に浮かぶのは、闇と同化するような黒い影。その長い胴体をしならせている所から見るに、尻尾で薙ぎ払われたんだろう。聖剣を出そうとして、無理な事に気付く…これは、そういう試練だ。
『〈泥沼〉』
ズブリと脚が沈む。…それは、一度だけ南が使っている所を見たことがある初級の水魔法だ。…足場も悪く、ろくな武器も使えない。踏み込みが効かないから、勇者としての高い身体能力も使えない。
『魔法妨害』
魔力を掻き乱され、魔法の一切を封じられる。それは結界や治癒、極光の魔砲…攻撃も、防御も、何もかもをその身ひとつで行わなければならない事を意味する。しかし…
「僕は、勇者だ。」
持っていた粗悪な剣を抜き、構える。
『己の力無きを体感せよ。』
─ギャン!!
咄嗟に剣で防ぎ、火花が散る。その僅かな明かりで、それは鱗を持つナニカである事が分かった。長い胴体と鱗を持つ怪物、咄嗟に思い浮かぶのは蛇であり、その肉体を頭で補完し、今受けた尾の場所から目算で大体の形状を測る。
そしてそれは、全て無意識下で行われた事だ。
圧倒的な戦闘センス、一瞬で戦場を把握する能動、そして初見の攻撃すら見抜く動体視力。勇者は世界で最も強くなければならない。故に、力を与えられる者の素質も重要なのだ。
硬質な鱗に包まれた尻尾の薙ぎ払いを粗末な剣で弾く─それは剣自体へのダメージを最小限に抑えるような使い方をしている故か、衝撃の幾分かが自身にも向く。
そして、火花が幾度か飛び散った時…己の身体か、はたまた粗悪な剣か?一度─ミシ、と音が鳴った。少なくともこの拮抗はそう続く物では無い。剣が折れるか、自身が折られるかのどちらかだ。─そして言葉が掛けられる。
『もう、限界だろう?』
その言葉は、的を射ていた。それも的確に。
『崩れかけた剣も、貴様自身の身体もそうだ。』
『ここで諦めてしまえば良い。…剣が崩れれば、我の力によって貴様の身体を打ち付け、切り裂き、破裂させる。』
それは、容易に想像出来る光景だ。この足場では、避けることすらままならない。モロにそれを受ければ、いかに強靭な身体すら、まともでは済まないだろう。
故に─
『逃げれば良い。いつでも扉は開いている。貴様の知らぬ所で、何者が不幸になろうとも、知らぬ存ぜぬを通せば良い。』
─ッ!!!
ついに剣は砕け散り、勇者の握力に耐えられず、握りつぶされた柄が周囲に飛び散る。
『さぁ、選べ。』
聖人なら、本当の勇者なら…こんなもの、選ぶ時間なんて無くても良い。無謀でも、無茶でも、馬鹿でも、「戦う」ことを即答する。
「はぁ…」
でも、そんなの物語の中だけだ。或いは後先を一切考えない相当な馬鹿。だから、僕は即答出来ない。痛いのも、苦しいのも、嫌だから。簡単な理由。
「でも…」
それは、たぶん勇者の行動じゃ無い。
勇者なら…勇者なら…もっと良い選択を…最良の選択を…。
『─愚かな。』
「ぁ」
力無きは、淘汰される。これは当たり前の事象。土壇場で力を覚醒させる主人公なんで、単なる幻想。人が好き勝手書いた夢物語でしか無い。
だから、何も決められない。勇者にすらなりきれない存在の末路なんて…
─
水切りみたいに、なんの力もない肢体が、泥上を跳ねる。
己の力無きを体感…今、血の塊で詰まった気管で、息すらまともに吸えない鼻腔で、粉々に砕けた腕で、ゆっくりと沈んでいく身体で…明確に体感している。
『力無きを体感したか、弱者よ。』
「お仕事中にすみません…少し、よろしいですか?」
リーアさんに呼び止められ、俺は発動していた魔法の手を止める。
「お忙しい、一介の冒険者様にお願いするのも心苦しいのですが…少し、相談と言いますか……お話と言いますか…。」
「相談…ですが?」
さて、修道女に呼び出しを食らうというイベントが発生した俺の運命やいかに…?
良い香りのお茶と、木の実で作られた自然の甘みが残る茶菓子は、育ち盛りの子どもたちの前では決して見せられない光景だ。
まぁ、今はウルナに丸投げしてるから大丈夫だろう。ウルナはなんだかんだ子供の世話が得意みたいだし。…子供みたいな見た目に反して、ね。
「このような贅沢、子供たちの前ではできませんね。」
「シスターずるい、なんて言われてしまうかも知れません。」
いつもの優しげな笑みは変わらない…でも、いつもとは違う、暗い影みたいな物が射しているような気がして…
「私は、子供が出来ない身体なんです。」
「だから、最初に修道女になろうとしたきっかけは、神様なら…私の身体を、治せるんじゃ無いかなって思ったからなんです。」
自身のお腹を擦りながらそう言うリーアさんの表情は、今まで見たことの無い物だった。
「でも、もう…私にはあの子達が居るんです。」
奥の部屋から微かに聞こえてくるのは、子供たちの笑い声だ。
「大切で、かわいい子供たち。」
愛しい物を考える時の表情を浮かべたリーアさんは、教壇の上に置かれた竜が象られた小さな神像を見る…。
「私に、もう神様は必要無いんです。」
「……それは、修道女を辞める…って事ですか?」
「南様に来ていただいたのは、最後に、ここを綺麗にして頂こうって、思ったからなんです。」
「……あの子達は、どう思うんですかね。」
すでに覚悟を決めた相手に、これは酷な質問だったかも知れない。でも、これは…俺の好奇心だ。識りたい。最後に、何を思って、この人はそう決断したのか。
「きっと、悲しむと思います。でも、ひとつの別れもあの子達を成長させてくれると思います。それに、二度と会えないってわけでも無いんですし。あの子達が大きくなった時、ひと目でも顔が見れたら嬉しいなって、思いますけど。」
「ふぅ…そうですか。なら、俺も、一層完璧な仕事をしないとですね。」
「はい、よろしくお願いします。」
そこには、普段の優しげな笑顔をしたリーアさんが居た。
「はぁ…、」
吸血鬼のモデルとされ、大昔に実在した人物であるかの串刺し公よりも凄惨な現場で、一人ため息を吐く者が居た。乾いた血が染み込んだ床は、腐った臓物が散乱し、凄まじい臭いを発している。
「あー、鼻つまんでも意味ねぇか。」
呼吸だけでも喉の奥に血の味を感じるその場所を、意を決したという様子で罪の魔王は木製の椅子から立ち上がり、部屋の奥へと進んでいく。
「ったく…もうちょい上手い殺し方もあっただろ…。氷漬けか、灰にするか…まぁ、今更言っても意味ねぇけど。」
自嘲気味にそう呟いた後、明かりすら無い部屋を何の躊躇も躊躇いも無く進み、その奥に居た存在の髪を掴んで顔を見る。
「よぉ。元気か?」
「…ぁ…て…、」
それは怯えた瞳をした獣人の女性だ。しかし、その手足は壁に杭で打ち付けられており、身動きは一切出来ない。憔悴し切っているためか、その声は掠れており、ほとんど聞き取れる物では無い。しかし、恨みの籠もった言葉の羅列だろうなと、雰囲気で感じ取れる…
「『観測者』…だったか?魔王の封印を見守る一族。」
まぁ、そんな事はどうだって良い。考えることはいつも同じで、成すことは分かり切っている。正義を成してるわけでも無いのだ、今更この程度に迷っている暇は無い。
こちらの雰囲気が変わったことを感じ取ってか、無理矢理声を発して助けを乞う…。しかし、情報を殆ど得てしまった今更生かしておく意味が無い。無論、このまま放置してもいずれ餓死するだろうが、リスクは最小限に留めるべきだ。
「やめ、て……助ぇ、て……すぇ…て………おぇがい……しま……」
「うるせえよ。」
─
瞬きの後、そこには他と何も変わり無い骸があった。ひしゃげた頭からはどろりと脳漿が垂れ、虫が集っていない新鮮な死体がそこにあった。
「さて、大仕事は…こっからだ。」
罪の魔王は笑顔でそう呟き、パンッと手を叩く。
そしてその直後に一度、大きく大地が揺れる…。
「目標はァ…全ての魔王の開、放ッ!─あァ、クソ天使に目にもの見せてやるよ!!!」
「頑張れよ、くそ雑魚の勇者様ァ!!!」
どこまでも怨みの籠もったようなどろどろとした声と共に、その言葉通りに事は起こる。
─まぁ、それをどこかの誰かが知るのは、死が、破滅が、終わりが、眼の前に迫った時だろう。
勇者の試練はひとつだけじゃ無いので、あと何個かありますね。1個クリア事に何らかの強化があります。




