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最終話

「秋夜、生きてるかー?」



 玄関にへたり込んで電話の子機を握りしめながら呆然としていたら、涼平が玄関のドアから顔をのぞかせた。涙でぐちゃぐちゃの顔で見上げる。

 どうしても混乱した頭が落ち着かなくて、気がついたら涼平の携帯の番号を押していた。涼平の声を聞いたとたん、押さえていたものがこみ上げて来て思いつくこと思いつくことぶちまけてしまっていた。もしかしたら、そんなオレの事が心配になって見に来てくれたのかもしれない。



「涼平……、オレ、何か全部なくなっちゃった気分だぜ……」

 力なく笑ったら、涼平にぎゅっと抱きしめられた。涙がまたあふれてくる。

「バカ……だよな。欲張って、あっちもこっちも助けようなんて思うから、結局何も残らなかった」

 涼平の腕に、さらに力が込められた。



「忘れろよ。たかが数カ月だろ? 何もなかったことにすればいい。全部忘れろよ!」

 出来ないと分かっているのに、涼平はそう言ってくれる。オレはその言葉に少しだけ甘えて、涼平の腕を握り声を殺して泣いた。涼平は、そんなオレをずっと抱きしめてくれていた。



「う、うわあぁぁっ!? こ、こ、これって、阿修羅(あしゅら)ってヤツ!? 俺、巻き込まれてる!?」

 その声を聞いて、あわてて顔をあげる。オレは幻でも見ているのかと自分の目と耳を疑ってしまった。

 だって、その声の主はどう聞いても透だったんだ。



「ご、ごめんっ。なんか……すみません」

 透が意味不明な謝り方をしている。オレは、涼平と顔を見合わせた後、もう一度透の方を見た。


「透……、お前、死んだんじゃ……」

「何で……、だって、狼の剣が……」



 オレから事情を聞いてだいたいの事を知った涼平が、どうなっている?といった表情で再びこちらを見てきた。オレだって良く分からない。

「あー……、あの、さ、お取り込み中のトコ悪いんだけど、俺、帰っていい? なんか、男同士で阿修羅っぽいし。つーか、ここドコ?」



 そう言いながら、透はきょろきょろとあたりを見回している。あまりにも緊張感のない、いつも通りな透に嬉しくなってオレは透の腰に抱きついた。

「うひゃっ!? だ、だから阿修羅はごめんだってば!! 俺はごくごく普通の中学生……」

「阿修羅じゃなくて修羅場(しゅらば)だろ?」

「ほえ?」




 何回も連発されるボケにとうとう我慢できなくなって、透の腰に抱きついたまま突っ込みを入れた。そんなオレの突っ込みに涼平がストップサインを出す。

「待て、秋夜。透……、お前今、自分の事中学生って言わなかったか? 秋夜の家とか俺達の事、覚えてねぇの?」



「え……? まさか、良くテレビとかで見る『昨日の事覚えてないの!? あなたが無理やり……しくしく。責任とって!!』……とか言う話じゃ……ないよな?」

「何の責任取るつもりだよ……」

 ああ……、ダメだ。どうしても突っ込まずにはいられない。だけど、こうして突っ込める事が嬉しくて仕方がないんだ。涼平も調子に乗って話を合わせ始めた。



「そういうことだ。責任取れ」

「!!」

 涼平の言葉に驚いて、透と二人で目を見開いて涼平の方を見た。涼平は、じーっと透の事を見つめている。透が恐る恐る口を開いた。

「えー……っと……、質問……」

「何だ?」




「俺……、どっちとヤッちゃったの?」

 透がオレと涼平を交互に見ながらそう問いかけてきた。



「ぐぶっ……」

「ぐはっ……」



 我慢できなくてオレは透から手を離すと、床に手をついて腹を抱えながら笑った。涼平は口を押さえると、カタカタと肩を震わせている。透が半眼で睨みつけてきた。

 ああ、いつもの日常だ。壊されてなんかいなかった。だけどオレの心にぽっかり穴があいているみたいなんだ。その穴を埋められるのはきっと狼しかいないと、そう気付いてしまった。



「けど、いきなり失礼な二人だよなー。初対面で良くこんな失礼なこと……」

「透、俺達初対面じゃないし、もう高校生だぞ。分かってるか?」

「はぁ!?」

 透とオレ達の話がかみ合わなくて、結果今は何年の何月だという事を説明した。どうやら透の記憶が中三で止まっているみたいだ。オレ達と出会った頃からの記憶が全くないようだった。涼平曰く、劉孤が入ってからの記憶が消えているのかもしれないということらしかった。




 だからオレと涼平は改めて透と友達になった。今さら三人でテレながら『よろしく……』とか言っている姿は他から見たらかなり滑稽(こっけい)だっただろうけれど。それでもいいんだ。やっぱり三人そろってなきゃもうオレ達じゃない。透だって一緒にいた期間はそんなに長くはないけれど、オレの大事な友達なんだ。そうだよ、狼だって……。




 考え事をしていたら、透がいきなり叫び声をあげた。何事かと思って見てみれば透は青ざめた顔でつぶやいた。

「俺、二カ月近くも記憶なくて、勉強とかヤベェんじゃね?」

 その質問には涼平と二人でハモりながら答えた。

「「絶対大丈夫だ」」

 『え? 俺、そんなに頭良かった?』なんて言う透に、オレは透の背中をぽんぽんと叩きながら言ってやった。

「あの成績なら多分記憶がなくなってる事すら気づかれないと思うぞ」




 透がやっぱりね……とつぶやくと、ショボンと肩を落とした。そんな透に涼平は家庭教師を買って出たようだ。一日五千円でどうだ?なんて、ささやいている。

 涼平……。友達相手に金取るなよ……。しかもぼったくりすぎだろ。透が透なだけにマジで騙されそうで怖い。悪いお兄さんには引っかかるなと、透には忠告を出しておいた。



 とりあえず、高校での事をちょこちょこ話しながら、帰り道が分からないという透を家まで送っていくことにした。透の家に着いてからもしばらく話しこんでいたら、いつの間にか夕日が沈んでいた。



「今度またあっくん家行くな?」

「おう」

「涼ちゃん家にも行きたいしさ」

「汚すなよ?」

「汚さねーよ!! ……あ、いや、ちょっとだけ汚すかも……? ん……、やっぱ汚す!!」

「来んな」



 涼平と透は帰り際にまでオレを笑わせてくれる。空を見上げたらすでに丸い月が浮かんでいた。

「あー……。そっか。今日は満月……」

 しんみりしていたら、透の家の向かいにいる犬の姿が目に入ってきた。そうだよ、良く考えたら狼は消えてしまったわけでも死んでしまったわけでもないんだ。耳にはあの青い石のピアスだってはめられている。探せば見つけられるかもしれないんだ。そう思ったら居ても経ってもいられなくて、オレはその場を駆け出した。




「秋夜!?」

「ごめん!! オレ、やっぱ狼を探しながら帰る!!」

 振り返らずにそう言って、学校の方へ向かった。狼のお気に入り散歩コースのあの場所へ行ってみようと思ったんだ。



「狼? 狼ーッ?」

 狼の名前を呼びながら、辺りを回ってみる。それでもやっぱり返事はなくて、肩を落とした。帰り道もずっと探してみた。最初は狼の名前を呼びながら探すことに抵抗があったけれど、だんだん必死になってきた。狼には言いたい事がいっぱいあるんだ。ちゃんと謝って、透が無事だったってことも話して、それからオレの気持ちも……。例えオオカミの姿のままだったとしてもいい。狼と、一緒に居たいんだ。



 それに、狼じゃなきゃダメだ。オレの心の穴を埋められるのは狼しかいないんだよッ……。いつの間にか、狼の名前を呼ぶ声が大声になっていた。時折通りすがる人に変な目で見られたけれど、お構いなしだ。恥ずかしいなんて思っている場合じゃない。

「狼ッ! どこに居るんだよ!? 狼ーッ!!」



 どこを探しても見つからなくて、オレは狼と初めて出会ったあの路地に来ていた。もしかしたらまたここで会えるかもしれない、そんな淡い期待があった。

「狼!! 隠れてないで出て来いよっ……! 出て行けなんて言って悪かったよ。顔を見たくないって言ったの、本心じゃないんだ!! パーティーだって、楽しみにしてるって、言ってただろ!?」

 どんなに叫んでも返ってこない返事に、膝の力がカクンと抜けた。その場にへたり込む。




「オレ……、お前がいないと寂しいよっ……」

 そう言った時、オレの背後でガタンと大きな音がした。

「狼!?」

 オレは、期待を込めて振り返った。




 ……カランカランと、ゴミ箱のふたがそこに転がっていた。

「な……んだ、風……かよ……」

 オレの頬を、温かい滴が伝った。それを指先で拭うとそっと自分の左耳に触れた。

「バカ……ヤロ……。モテない男に手を出すなら、一生責任取るぐらいの覚悟してからにしろっての……」









 あれから……、狼がいなくなってから一週間が過ぎた。オレに以前と変わらない毎日が戻ってきた。涼平は相変わらず嫌味な男だし、透はアホだし、オレはモテねーし……。変わったことと言えば、ベッドの下に隠してあるものがあいちゃんが載っている雑誌から狼のシャンプーハットに変わったぐらいか。今日日(きょうび)シャンプーハット相手に興奮する男なんて世界中探してもオレぐらいしかいないかもしれない。




 それもこれも全部狼が悪い。誰か、狼を忘れさせてくれる可愛い女の子でも現れてくれないだろうか?

 ここ最近通っているいつもの帰宅コースを歩きながらそんな事を考えていた。いつもの帰宅コース……、狼のお気に入り散歩コースから肉屋に行き、あの路地裏を通って家に帰るコースだ。もしかしたら狼に会えるかもしれない……、そんな期待をしながら毎日帰っている。

 結局今日も会えなかったけどさ。狼……どこ行っちゃったんだよ……。




「ただいま」

 家の玄関を開けて、キッチンに居るお袋に声をかけた。今日はパートが休みの日だから、ちょっとだけ手の込んだ晩ご飯が食べられるはずだ。



「おかえり」

「おかえりー」



 声だけかけて通り過ぎようとしたオレを、ずっと聞きたかった声が引きとめた。キッチンの中にありえない姿を見つけてついつい二度見してしまう。

「なっ……、何でここに居る!? 狼ーーーー!! つーか何食って……!」



 少しクセのある、さらさらした黒髪に黒Tシャツと黒いパンツ……。1週間前に別れた人間の姿のままキッチンの椅子に座っていた。しかも、あろうことか生肉をもごもごとほおばっている。

「ちょっと来い!!」

 狼の腕を掴むと、勢いのまま引っ張り上げた。



「むぐっ……待て、アキヤ。あと一口……、いや、二口食べさせてくれ」

 狼の言葉を無視して腕を引っ張っていく。狼はあわててトレーの上の肉をひっつかむと、オレに連れられるままについてきた。狼を自分の部屋へ連れ込む。部屋のドアを閉めた瞬間狼を怒鳴りつけた。



「今までどこ行ってたんだよ!?」

「むぐむぐ……。故郷に帰っていた」



 肉を食べながらそう言う狼を見ていたら、だんだん気が抜けてきた。必死で探していたこの一週間のオレは何だったんだ……。

「ったく……。心配……したんだからな……」

「むぐっ。それはすまなかった」

 いい加減肉を食べながら聞くのはやめてほしい。どんどん緊張感がなくなっていく気がする……。



「オレ、狼に謝りたかった。何もかも狼のせいにして、酷い事言っちゃったからさ。ごめんな? あ、じゃなくて、ごめんなさい」

「気にするな。あれが本心じゃないことぐらい分かっていた。アキヤは本気であんな事は言わないと知っている。だが俺が居たら落ち着くものも落ち着かなくなるだろう? だからアキヤが落ち着くまで故郷に帰っていたんだ」



 オレの顔が久しぶりに赤く染まった。狼がオレを抱きしめてくる。

「もう、こうする事も出来なくなると、あの時は思っていた」

「あ、そうだよ!! 何でその姿に戻ってるんだ!?」

 狼の口ぶりからすると、自分でも戻れるとは思ってなかったって事だよな。



「聞いて驚くなよ? アキヤ!!」

 狼がオレから手を離すと、胸を逸らしながら答えた。

「実は俺は……、人狼(じんろう)という世にも珍しい種族だったんだ!! 人狼とはな、満月の日にだけオオカミの姿になるそうだ。故郷に行ってこの姿を見せたら、羨望の眼差しで見つめられたぞ!!」

 オレ的にはただのアホにしか見えてこないけど……。そう思いながらも、ついつい嬉しくなってきてしまった。




「そう言えば、狼……。透、生きてたよ。高校に入ってからの記憶がなくなっちゃったけど、生きてるんだ!!」

 そう言ったら、狼が微笑み返してくれた。

「そうか……、少しの記憶だけですんだか。良かった」



 聞いたところ、あの剣で斬られた人間は、直接死ぬことはないけれど記憶が消えたり精神に異常が起こったり、体の一部の機能が衰退したり、いろいろあるらしいんだ。そう聞くと記憶だけでよかったと改めて思ってしまう。



「アキヤ……」



 いきなり耳元でささやかれ、そのまま再び抱きしめられた。左耳に舌を這わされる。グルーミングでも始めるのかと思ったけれど、狼はまたオレの耳の中に囁いてきた。



「俺はアキヤの事を、雌に対する想いで見ている」

「それって……、オレの事が好きって、言ってるのか?」

 狼から好きって言葉が聞きたくて、わざと聞いてみた。狼は少し困惑した後、珍しく顔を赤くして目を伏せた。



「いや。愛している……が正しい」



 どうしよう……。狼がめちゃくちゃ可愛く見える。オレは狼の背中にそっと手を這わせると、自分から背伸びをして唇を重ねた。









「秋夜……。頼む、もう少し離れてくれ」

「わっ……、ワリッ……」



 毎朝恒例の登校風景、でも今日はいつもよりぎくしゃくしていた。それもそのはずだ。ちょっと突っ込みを入れてやろうと涼平の背中に触れたとたん、皮膚でも突き破りそうなほど氷点下の視線が突き刺さる。もちろんその視線の持ち主は聞くまでもなく狼だ。オレ達の数メートル後ろからついてきている。おかげで軽く突っ込みすらも入れられない。平和そうにしているのは一人、狼の視線に気が付いていない透だけだ。



「そう言えば、オオカミの牡が雌に対する行動を調べてくれって言ってただろ?」

 涼平がオレに向かって聞いてきた。距離は離れたままで……だ。

「ああ。分かったのか?」

 狼の行動があまりにも気になって、昨日の夜涼平に電話で頼んだ事なのにもう調べてくれたのか。さすが涼平、仕事が早い。




 だって昨日の狼は本当に今までにないぐらいひどかったと思う。匂いはしつこく嗅ぐし、オレの後をついて回るし、警戒しすぎている感じがあった。だからそれが人間としての行動なのか、オオカミとしての行動なのか知りたかったんだ。涼平が調べてきた事を教えてくれる。

「えーっと……、まずは後をついて回って、近づく他のオスを追い払ったり、匂いを嗅ぎまくったり……ってところだな」



 そのまんまじゃねーかぁぁぁっ!やっぱり狼の行動はオオカミそのものだったんだ。オレはガックリとした。昨日だっておかしいと思ったんだよな。

 昨日、肉を掴んでいた手で抱きしめられてた事に気づいて、狼と二人で風呂に入ったまではいいんだけど……。最初は泡とたわむれていただけなのに、いつの間にか狼がオレの匂いを嗅ぎだして……ぐっ、ゴホッ……、ゴホッ……。と、とにかく、狼の思考がどちらのもので動いているのか知っておきたかったんだ。オレの期待は見事に打ち砕かれたけれど。




「あ、ローローが肉屋の前で立ち止まってもの欲しそう。おなか減ってんのかな~?」

 透の声で我に返って狼の方を見た。確かに透の言う通り、今にもよだれが垂れそうだ。

「涼平、透、ちょっと待っててくれ」

 そう言って、狼の方へ近づくと、げんこつを軽く落として二人の元へ戻った。

「お待たせ。ダメだアイツ、やっぱり獣だぜ。オレ達で狼人間化計画を実行しよう」



 二人に向かってニコーっと笑いかけてやった。「おお! ソレ、何するんだ!?」と、目を輝かせる透とは反対に、涼平はげっそりとした顔になった。

「やめろ。俺を巻きこむな」

「何だよ? 愛する秋夜君の頼みだろ?」

 言葉と同時に涼平と透の肩に手を回した。凍りつく視線が注がれたけれど、あえて無視する。オレ、今最強の気分だ。



「協力よろしくな! 透くんに涼ちゃーん? 頼りにしてるぜっ!」

「俺の平和を壊すなーーーーっ!!」

 辺りに涼平の叫びがこだました。







 いつもの日常にいつものメンバー。だけど、ここにこうしている事が奇跡の連続だったんだ。

 涼平がいて透がいて、そして狼がいる。

 これ以上の幸せってないと思う。

 三人がいればオレはもう何も怖くない。



 何が起こっても動じないと思う。



 そうだな、例えば…………










 例えば、オオカミに愛を囁かれたとしても……。








❤END❤

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