【第20話】エピローグ
「え? 向こう十年の給料を、もう貰ってるんですか?」
『はい。社長から頂いてます』
データをダウンロード中の携帯情報端末から視線を外し、隣に立つスノウ技師に目を向ける。
『エリファ族の整備技術をマスターするまでは、帰って来なくて良いと言われました。ついでに、他の星から仕事を貰えるよう伝手を作っておけと』
新天地で会社を再建するのに大変なはずだが、次の仕事を見据えてスノウ技師を寄こすとは、転んでもタダでは起きない社長さんだ……。
『他の者達も、私と似たような経緯でここにいます』
研修生のようにゾロゾロと、テザー技師の後ろについてコントロールパネルの操作方法を熱心に学ぶ、鳥人技師達の背中を見つめる。
毎日のように忙殺されて人手が足りないと嘆いていたからか、モニター室の機器を指差しながら説明をするニッグ技師の指導も、いつも以上に熱が入ってる気がする。
『国が違う者同士ですが。どの国も機械生命体との接触を経て、自国の宇宙文明技術に危機感を覚えています。軍出身の特技兵達ばかりだと伯父上から聞いてますから、すぐに整備技師として使えるでしょう』
「とくぎへい?」
『軍人ではありますが前線での戦いよりも、機械の操作や整備などの後方支援を主にする特殊な部隊です……。少しばかり身の上話を昨日もしてましたが、国への大義心が凄い方達ばかりですね。未来技術への興味だけで、いつ帰れるか分からない船に喜んで乗ろうとする民間人は私くらいですよ』
自分は変わり者だと言いたげなフクロウ顔が苦笑すると、モニター室の扉が開く音が聞こえた。
『おはよう。今日はここで研修をしていたか』
『おはようございます、ギャミン中尉』
ギャミン中尉の入室に気づき、背筋を伸ばして姿勢を正すルオー族の軍人達。
『おはようございます、ギャミン中尉!』
『……もっと楽にしろ。初日からそんなにピリピリしてると、先がもたんぞ』
敬礼すらしそうな勢いの鳥人達を見たギャミン中尉が、苦笑しながら業務に戻れと促す。
『ただし、見習うのはテザー技師にしとけ。ニッグ技師の態度は真似するなよ』
『えー、それってどういう意味? 僕、よく分かんないんですけどー』
『そういうとこだぞ、ニッグ』
ギャミン中尉の視線でたしなめられたニッグ技師が、口笛を吹きながら明後日の方へ顔を向けた。
俺には見慣れたいつものやり取りだが、ルオー族の軍人達が何とも言えない表情を浮かべる。
『後で、私の方で教育しておきます』
『頼むよ、スノウ技師。君がまた乗船してくれて、本当に助かるよ』
元少尉で総司令官の甥っ子という、実はすごい肩書を持つスノウ技師と目を遭わせたギャミン中尉が薄く笑う。
『ギャミン中尉、一つお伺いしたいことが』
『なにかね、スノウ技師』
『昨晩の話で、本日付での昇進は聞いておりましたが。本部の人事局を通さず、遠隔地での昇進が可能な仕組みに少しばかり興味がありまして……。可能な範囲であれば、教えて頂きたいです』
『ああ、なるほど……。そういうことか。これは本艦に限りという話ではあるが、本船のAIノアは軍の人事権も所有してるのだ』
『なんと、AIがですか?』
鳥目を大きく見開き、スノウ技師が驚いた顔をする。
『過去の特殊な昇進に関わる事例を照合し、該当する活躍があれば本船のAIノアが昇進の手続きをしてくれる。私の場合は、前作戦での功績が大きく評価されたのだろう……』
『人事権をAIに任せて、問題が発生したことは無いのですか?』
『これ以上は軍事機密に関わるので詳細は言えないが、現状は問題無い……。それに、元とは言え少尉であるスノウ技師が本艦の乗務員となってくれるのだ。円滑な指揮をするのに、私が少尉のままでは都合が悪いだろ?』
薄い笑みを浮かべるギャミン中尉に、『なるほど』とスノウ技師が返答した。
『別に機械が全て悪と言うわけでも無い。人手が足りないところを補助してくれる役目として、我々にとってAIはなくてはならない存在だ。知的生命体を滅ぼす意志を持ってしまった機械生命体は、いずれは何とかせねばならんがな……』
モニター室の窓から覗く訓練室を、表情を険しくしたギャミン中尉が見つめる。
『トウマ教官、準備ができましてよ』
「ありがとうございます。訓練に行ってきます」
モニター室のコントロールパネルを弄っていたシャルロッテ上等兵に礼を言って、エレベータで下に降りる。
『おや? 訓練の開始には、間に合いましたかね?』
「ええ、これから始めるところです」
リムドウ大使と少しばかりのお喋りをしていると、エアバイクを駐輪したシュマール族達がゾロゾロとエレベータに乗り始める。
エレベータで上階に昇るリムドウ大使達を見送った後、訓練室でサバゲー装備をバッチリ決めたポチ達と合流した。
『今日は観客が多いワン!』
訓練室から見上げるタマの言う通り、モニター室の人口密度が今日は高い。
以前は、モニター室にいるのはメアリーやたまにギャミン中尉が顔を出すくらいだったのに、ルト族達の軍人としての期待度が高まってるのだろうか?
「子供を参加させても、大丈夫か?」
『問題無いワン!』
ちょっと心配な俺の問い掛けに、チャビーが迷わず元気よく返答する。
ビタロー達が着けていた装備を、まだ着慣れない四人の弟達にビリターが甲斐甲斐しく着けてあげていた。
「今日は俺も参加するぞ」
『大丈夫ワン?』
『敗北ワン?』
おい、タマ。
流石にそれは言い過ぎだろ。
心配そうに小首を傾げたポチにも、抗議の視線を投げておく。
『子どもが、もう一人ワン?』
「チャビー、お前もか……」
皆の俺に対する信頼度がよく分かったよ……。
「大丈夫、今日は助っ人を呼んでるから」
『すけっとワン?』
シャルロッテ上等兵が準備してくれた、新機能を操作する。
目元に掛けたVRゴーグルを指で弄っていた四兄弟が、いきなり横に現れたホログラム映像にビックリして飛び跳ねた。
長男のビリターに似た同族のホログラム映像を、四兄弟が不思議そうな顔で眺めている。
『ビタロー達も、参加するワン?』
「……うん。今日は俺も入れて、三十人じゃなく。四十四人で訓練をする」
ホログラム映像になっても仲良く喧嘩する弟達を見て、目元を柔らかくしたビリターが優し気な眼差しでじっと見ている。
戦争シミュレーションの開始を報せる、AIノアのアナウンスが訓練室に流れた。
武装したオルグ族の他に、指揮官である機械の蛇頭を持つホログラム映像が出現する。
訓練用レーザー銃を握り締め、銃口をホログラム映像のギメラに向けた。
蛇頭の後ろに、過去に見た機械生命体の女王の姿を幻視する。
「待ってろよ、ナインズ……。安全な場所でふんぞり返ってるお前に、いつか俺達の牙を届けてやる」
俺の銃声を合図に、皆が一斉に駆け出した。




