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星救いの英雄と呼ばれてますが、しがない宇宙ワンコの教官ですよ?(※【第二章】休止中)  作者: くろぬこ
【第1章】太陽系脱出編

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【第17話】遭遇

 

『超光速ジャンプを実行します。カウント六十、五十九、五十八……』


 AIノアによるカウントが一分前から始まる。

 アナウンスのカウントがゼロになった瞬間、星々のあった宇宙空間がどこかの穴へ吸い込まれるように景色が歪んだ。

 

 前回の戦闘では三名しかいなかった制御室に十人ほどはいるはずだが、緊張によるものか誰も喋らないせいで異様な静寂の時間だけが流れている。

 沈黙の間に耐えられず、左側のコントロールデスクへ視線をチラリと向けた。

 俺と目の遭ったテザー技師が、『大丈夫ですよ』とインカムの通信機越しに小声で囁いたので、俺も無言で頷き返す。

 

 反対側に視線を向けたら、二つのコントロールデスクに座るスノウ技師と宇宙キノコのシュマール族が目に入る。

 さすがに一人で二十五名のルト族を同時オペレーターはできないから、応援のために入ってもらった二名だが。

 最終チェックに余念がないようで、真剣な表情でコントロールパネルの操作をしている。

 

 制御室の中央にあるミーティング用の会議テーブルでは、ギャミン少尉とシュマール族のリムドウ大使が、外の様子を映す大型モニターを無言でじっと見ていた。

 

『もうすぐ抜けるぞ。各自、敵影を一機たりとも見逃すな』

 

 ギャミン少尉が言い終わって間もなく、複数の色が混じった景色が唐突に変わる。

 どこまでも黒い世界に、無数の星々が散らばる宇宙空間が広がっていた。

 

『味方戦艦のビーコンを確認しました』

 

 本船を中心としたレーダーに目を凝らしていると、味方機が発信するビーコンの友軍信号に反応したのか、ポツポツと青色のシンボルが表示され始める。

 目視で確認可能な距離にも、見覚えのあるルオー族の戦艦が確認できた。

 先行して超光速ジャンプをした護衛艦隊が無事だったからだろう。

 制御室に誰とも言えぬ、安堵のため息が小さく漏れた気がする。

 

『近くにある小惑星帯の影に、身を潜めてる可能性もある。警戒を怠るな』

 

 気が緩みかけたのがバレたのか、背中から少尉の声が掛けられてレーダーにすぐ目を凝らす。

 再び超光速ジャンプをするためには、チャージをする時間が必要だ。

 超光速ジャンプにより一度リセットされた、エネルギーチャージの計器数値が増えていく様子をチラりと見る。

 この中継ポイントさえ抜ければ、リムドウ大使が懇意にするシュマール族の軍人が星系間パトロールをするポイントにジャンプできるはずだ。


 地球がギメラに滅亡させられたとの報せを受けて、上の命令を待たず真っ先にエリファ族の艦隊を救援した彼らと合流できたら、こちらの事情を話して安全な地域まで護衛してもらえる。

 そこまで、何事もなければだけど……。

 

 定期的に探査ビーコンを発信し続けるレーダーに気を配る。

 超光速ジャンプに必要なエネルギーも順調に増え続け、もう半分を超えていたのをチラリと確認した。

 

『ギャミン少尉。エドワート総司令官からの通信ビーコンを受信しました……』

『了解だ、ノア。そのまま通信を繋いでくれ』


 ワシミミズクによく似た頭部を持つ、見覚えのある軍幹部が通信モニターに映る。

 AIノアと少尉がやり取りをし、会議テーブルの空席にエドワート総司令官のホログラム映像が浮き上がった。

 

『お待たせしました、エドワート総司令官。報告をお願いしても宜しいでしょうか?』

『うむ……。近くにある小惑星の裏側も確認してるところだが、小型戦闘機すら見つかっていない。我々のチャージも、間もなく――』

『不明のビーコン反応を検知しました……』

 

 二人の会話を断ち切るように、AIノアの淡々とした音声が室内に響き渡り、一気に緊張が走った。

 俺が見てるレーダーにも、識別不明信号を示す黄色のシンボルが一つ、本船の近くにポツンと現れて点滅している。

 

『総員、第一級戦闘配備!』

 

 最期であるはずの本船よりも、後に出現した不明ビーコン反応を見たからなのか。

 ギャミン少尉の対応は素早く、いつでも戦える準備をしろと声を大にして指示を飛ばす。

 

『ワームホール反応を検知しました』

 

 ……ワームホール?

 テザー技師とスノウ技師が超光速ジャンプの話題をよく口に出すが、ハイパーレーン航法がどうたらと専門用語が飛び交ってる記憶しかない。

 ついていけない会話が多いので聞き流すこともよくあるけど、それでもワームホールは聞き覚えが無いような……いや?

 初めて本船に乗った時、サデラがなんかそれっぽい言葉を口にしてた気も……。

 急に周りが騒がしくなったので、インカムに手を伸ばして通信を繋がせ、声を潜めてテザー技師に尋ねる。

 

『ワームホールって、なんですか?』

『次元の裂け目を見つけて通るのが、私達がよく使うハイパーレーン航法です。でも、ワームホール航法は超空間の隙間を広げて、大型戦艦が通れる道を自力で作る……機械生命体ギメラだけが使える超光速ジャンプなんですよ』


 それって、つまり……。

 マイク越しでも伝わる緊張したテザー技師の声色が消えると同時に、何も無かった空間にそれは現れた。

 誰かがシャボン玉を膨らましたような、複数の色が入り混じった超空間シールドに見える。


 問題は、そのデカさだ……。

 唐突に出現した巨大な球体から離れようと、近くにいたルオー族の護衛艦隊が退避を始める。

 五百メートル超え一キロメートル未満の中型宇宙船に該当する味方戦艦が、巨大球体と本船の間を通過しようとした時に、本船カメラから覗いた超空間シールドの球体サイズは、エドワート総司令官を乗せた最大戦艦の何倍もデカかった……。

 

 シャボン玉が弾けるように超空間シールドが消え、その中にあったダークグリーンの装甲に覆われた戦艦が姿を現す。

 船体を真横に向けた数百メートルはあるはずの味方戦艦よりも、こちらに正面を向けた艦首の横幅の方が大きかった。


『推定全長、三キロメートル……。検知したビーコン受信波形と外観的特徴から、機械生命体ギメラのクジラ級大型戦艦と推定します』

『見れば分かる!』

 

 どこまでも淡々とした口調で音声報告をするAIノアに、少尉がおもわず声を荒げた。

 まるで怪物が目を開いたように、艦首の正面中心部に巨大な赤い光が灯る。

 

『超光速ジャンプはまだかッ!』

『駄目です、間に合いません!』

 

 エネルギーチャージの数値が九割に達してるのを目視したタイミングで、少尉の怒号に答えるテザー技師の声が耳に入る。

 それとレーダーに表示されていた黄色のシンボルが、敵対信号を示す赤色に変化していたのも気づく。

 

 ――オォオオオオ……。

 

 まるでクジラが深海の奥から鳴くような声が聞こえた瞬間、小さな雷を纏う真っ赤な霧が外を映す全てのモニターカメラを覆った。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 ……何が起こった?

 見たことの無い量のエラーログを表示し続けてるせいで、画面が真っ赤になっている。

 どうして良いのか分からず、俺も固まってしまう……。

 

『ノア、超光速ジャンプのチャージを停止して、耳障りな警告音を止めろ……。それと拘束咆哮ワイヤーローアで故障した計器は無いか、ニッグ技師に調べさせろ。すぐにだ!』

 

 棘のある声色で少尉がAIノアに命令を出すと、室内に五月蠅く鳴り響いてた警告音がピタリと止まった。

 

『ギャミン少尉。ギメラの戦艦から、通信ビーコンを受信しました』

『……繋げ』

 

 会議テーブルに両手を置き、通信モニター画面に映った人影を少尉が睨みつける。

 

『何の用だ、ギメラ。またお決まりの降伏勧告か? こちらは降伏する気はないぞ』


 敵戦艦の制御室らしき場所が、俺のコントロールデスクのモニター画面にもリンクして映った。

 以前に静止画像で見た記憶と同じ姿をした蛇の頭を持つ機械生命体が、赤い単眼モノアイを不気味に光らせて、こちらをじっと見ている。

 

『我々は……お前達ヲ、監視してイル……』

『監視? 目となる人工衛星を潰して、コソコソと後ろからついて来てたのか? それはご苦労様だな』

『抵抗は無意味ダ、降伏勧告をスル……』

『もう少し会話パターンを増やしてくれないか? 私がさっき言ったことを覚えてるか? 音声ログを巻き戻して、私の言葉を復唱してみろ』

『大人シク投降した者ハ、奴隷とシテ扱う……』

『機械の奴隷になるのを喜ぶ馬鹿は、オルグ族以外に存在しないことを。いい加減に学習してくれないか?』

 

 人工音声なのか違和感を覚える抑揚で話す機械生命体が、少尉の言葉を聞かず一方的に喋ってるのだけは、なんとなく理解できる。

 少尉の視線がチラリと別のモニター画面に移り、俺も少尉が見てるモノと同じ外を映すカメラに目を向けた。

 こちらに正面を向けていた敵の大型戦艦が旋回をしており、推定全長三キロメートルとAIノアが告げた側面が徐々にあらわになる。


 その姿を生物に例えるなら、黒い宇宙の深海を泳ぐマッコウクジラが近いかもしれない。

 ただし、俺が知るクジラは大きな種類でも三十メートルとかだから、前方にいる大型戦艦は単純計算でその百倍になるのか?

 クジラを例えに出すくらいだからデカいんだろうとは思ってたけど、こちらが小魚に感じるくらい想像の何倍も大きかった敵戦艦に、本当に勝てるのか少し不安になるサイズだ……。

 隣りにいるスノウ技師に至っては、共にいた護衛艦を破壊されながら命懸けで逃げ延びた相手だから、俺の何倍も恐怖を感じてるに違いない。

 

 大型戦艦の中央部分から、複数の灯りが漏れる。

 格納庫が開いたのか、オルグ族の宇宙海賊船と同じ形状の小型宇宙船が次々と、奥からゆっくりと顔を出す。

 

『ギャミン少尉。こちらは予定の配置についた……。いつでもいけるぞ』

 

 相手の降伏勧告を無視して、エドワート総司令官の声が割り込む。

 

『了解しました……エドワート総司令官。作戦を始める前に、一つ聞きたいことがありますが宜しいですか?』

『なにかね、ギャミン少尉』

『降伏して奴隷になったら、命の保証はするとギメラが言っておりますが。どうされますか?』

『くたばれ機械共。お前達の奴隷になるくらいなら、宇宙ゴミ(デブリ)になった方がマシだ……。全艦、目標に向け、主砲撃てッ!』


 エドワート総司令官の合図と共に、護衛艦の先端にある嘴のような主砲から、細長いレーザービームが放たれる。

 敵船を中心に半円の扇状に並んだ、ルオー族の護衛艦隊から一斉に放たれた青い光が命中した先は、最も大きな格納庫を守る赤色のシールド。

 他の小型宇宙船よりも明らかに大きな中型戦艦が顔の一部を出しており、ルオー族の戦艦主砲が途切れたタイミングで、ふざけたサイズの腹の中から他の戦艦と同時に解き放つつもりなのだろう。

 シールドが一点集中攻撃をされてるのにも関わらず、ギメラは気にした素振りもなく淡々と降伏勧告を続けていた。

 

『この宇宙二、お前達ノ安全な場所は――』

『ノア。主砲を全弾、目標に撃て』

 

 眩い青の光を目にした俺は、本船へ初めて乗った時に海賊船へ撃ち放った光景を思い出した。

 宇宙船に大穴を空けるビームキャノン砲が赤色のシールドを破壊し、艦首だけを覗かせていた中型戦艦に青い光弾の雨を降らせる。

 ルオー族の戦艦主砲から放れた複数の青いレーザービームが、無防備になった敵戦艦や格納庫の中を走り回り、機体や壁から激しく火花を噴いた。

 不毛な会話でギャミン少尉が時間を稼いでる間に、なるべく敵船と平行になる位置へ調整したおかげか、いくつかのビームキャノン砲が格納庫の奥へ呑み込まれた。

 数秒も経たずに船内で大爆発が起こったのか、大型戦艦クジラの内側から赤い炎を纏う光が次々と発生する。

 

『おっと失礼……。この作業船に、エリファ族の戦艦兵器が搭載されていたのを言い忘れていたな。これなら大型戦艦クジラ相手でも、十分に戦えそうだな……』

『愚カナ知的生命体よ、滅びるガよい……』

 

 ギャミン少尉の挑発が効いたのか、口上を中断させたギメラが一方的に通信を切った。

 先端だけを出して待機してた軍艦が動き出しただけでなく、他の格納庫からも蟻の巣を突ついた時みたいに、大量の小型戦闘機がワラワラと羽アリみたいに飛び出している。

 

『恐れるな! こちらの戦力を舐めて、大型戦艦一つしか寄こさなかったのなら、まだ我らに勝機はある! 狩られる前にヤツらを狩って、ここを脱出するぞ……。クジラ狩りだッ!』

 

 ギャミン少尉の咆哮を合図に、宇宙戦争が始まった。


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