【第16話】戦場へ
『定期アナウンスをします。一時間後に超光速ジャンプが実行されます……。激しい揺れが発生する可能性があります。乗組員の皆さまは怪我をしないよう部屋に戻り、安全な場所で待機をお願いします……。定期アナウンスを、繰り返させて頂きます』
ルト族の居住区にポーンと音が鳴り響き、続けてAIノアの音声アナウンスが耳に入る。
……いよいよか。
チャビー達の半分ほども無い、子供達のお腹を撫でていた手を止めた。
気持ち良さげな顔でお腹を出して仰向けになり、俺にされるがままになっていた子が寝返りをうち、立ち上がろうとする俺を不思議そうな顔で見上げている。
「チャビー」
ルト族のリーダーであるチャビーが、名を呼んだ俺と目を遭わせてコクリと頷く。
『ビリター、こっち来るワン』
旦那であるチャビーを抱きしめていたパピヨが、近くにいたビーグル頭の息子を呼び寄せる。
これがもしかしたら最期になると思っているのか背中に回した手に力を込め、その温もりを絶対に忘れないようにと長男であるビリターを強く長く抱きしめた。
いつもと様子が違う母親のパピヨを、子供達が不思議そうな顔で見上げている。
誰一人欠けることなく映像記録として残したつもりだが、機械の無い文明で育った彼らはハグをすることで、思い出の記憶を強く刻む習慣があるのだろう……。
別れを惜しむように互いを抱きしめ合ってハグしてるのは、パピヨ達だけではない。
今日の戦いがいつもと違うことを理解してるルト族のメス達が、家族や仲の良かった同族達と抱擁をしている。
この群れを率いる資格を持つリーダー序列二位に当たる、ドーベルマン体型の黒い体毛で覆われたドーベルと抱き合っていたのは、ポメラニアン体型の嫁であるポメコだ。
今回の戦いにポメコの息子達も加わっているらしく、父親に似たドーベルマン体型の息子五人と一人一人に長いハグをし、息子達の犬頭や背中を撫でたり頬ずりをしている。
つい数日前に戦死したビタロー達の件を思い出してか、母親のポメコがこらえきれずに目元からポロリと涙を零す。
『行って来るでありますワン!』
『お土産を持って帰るでありますワン!』
シリアスな空気を全く読まないポチとタマのコンビは相変わらずのゆるーい空気で、白い柴犬のハナコとメアリーに向かって敬礼をしていた。
シミュレーションゲームではなく本物の戦争にようやく参加できるのを、ワクワクと楽しみにしてるサバゲー大好きコンビを見て、ハナコがちょっと呆れたような顔をする。
マイペースな幼馴染二人をハナコが抱きしめ、メアリーもまた見送りのハグをしていた。
『トウマ、こっち来るワン』
「え? ……俺も?」
家族との一時の別れを告げたパピヨン頭のパピヨが、俺の方に向かって両腕を広げている。
確認するように自分の顔を己の指で差すと、チャビーが頷いて肉球のある犬手で俺を手招いた。
床に片膝を落として彼女と目線が合うようにすると、パピヨが俺の首元に手を回して抱きしめる。
『みんなを、お願いするワン……』
「うん……。できるだけサポートするよ」
俺にやれることはやった。
ただ、もっと時間が欲しかったのは事実だ。
合流したルオー族の護衛艦隊と連携を図るための合同演習も一日しか取れなかったし、あちら側に急かされるかたちで宇宙ステーションを出発したからな……。
護衛艦隊を率いる軍人トップの総司令官が『最期の地球人と顔合わせを願いたい』と、スノウ技師と共に本船のスタッフルームにお忍びでわざわざ顔を出して非公式の会談を開いた際に、同席したギャミン少尉やメアリーの前で申し訳なさそうに内部事情を語ってくれた記憶を思い出す。
『不要な混乱を避けるために、ここだけの話にしてもらいたいのだが……。二基ある宇宙ステーションの一つが、ギメラに破壊された』
エドワート総司令官が、開口一番に告げた言葉でスタッフルームの空気が一瞬で凍りつき、俺とメアリーは硬直してしまった。
俺達が滞在していた星系外縁に最も近い宇宙ステーションの他に、冥王星方面で星外調査をするためにもう一つの宇宙ステーションがあることは、スノウ技師から教えてもらっている。
そこに滞在していた数万人が亡くなった話もショックだったが、ルオー族側から全国民の星系脱出計画への参加を打診されたギャミン少尉が、異常に皆を急かしていた理由もすぐに理解できた。
『我々の艦隊が星を出た時点で、外敵を監視する役目を担う人工衛星の九割がギメラに破壊されている。奴らの足音が、我が星のすぐ傍まで近付いてる証拠だろう……。ここに集まった艦隊が、我々が用意できる本当に最期の戦力だ』
仲違いしていた大国達も今回ばかりは戦力の出し惜しみをせず、この作戦に星の命運を懸けて自分達の国で最高の宇宙軍艦を出してくれている。
事前にギャミン少尉から聞かされていた話より、何倍も護衛艦隊が多い理由もそういうことだった。
『リムドウ大使を必ず、あちら側に届けてもらいたい。君達の宇宙船を護衛する我々に、どんなことが遭ってもだ……』
本作戦で一番の重要人物となる、シュマール族の大使は俺達の宇宙船に乗っている。
ワシミミズクによく似た頭部を持つエドワート総司令官が、険しい表情で告げた記憶が脳裏によぎった。
家族と同じくらいに長い抱擁を終え、パピヨの背中を撫でた後に立ち上がる。
すると近くにいたメアリーが、なぜか両腕を広げていた。
「え? ……俺?」
周りをキョロキョロと見渡した後、おもわずパピヨの繰り返しみたいに、自分の顔を己の指で差してしまった。
『他に誰がいるのよ……』
「いや、でも。さすがに、それは……」
いつもワチャワチャして、性格がいろいろアレなせいで忘れそうになるが、メアリーは黙ってれば美人の部類に入る。
長い茶色の三つ編みに黒ぶちメガネを掛けて地味な恰好をしても、隠しきれないくらいのモデル体型な美女だ。
ルト族が相手ならまだしもと戸惑う俺に、頬を膨らましたメアリーが痺れを切らしたのか、躊躇なく俺に抱き着いた。
見ずともハッキリ判る巨峰が俺の胸元で押しつぶされ、女性特有の柔らかい身体に抱きしめられた俺の身体が硬直する。
香水なのか、とても良い匂いがした。
お嬢さん、恋人いない歴イコール年齢の俺にコレはキツイですぜ……。
『わたし、トウマを助けたこと。後悔してないから……』
「え?」
『だってトウマと会えたから。こんな素敵な友人を、たくさん作れたんですもの』
耳元で囁く彼女の言う友人は、間違いなくルト族のことだろう。
周りにいるルト族を見渡していると、暖かい眼差しで見上げるパピヨと目が遭う。
長男のビリターを見てた時の眼差しと似てる気がするから、もしかしたら俺のことを息子のように想ってくれてるのかな?
『私は待つことしかできないわ……。でも、少尉の次くらいに、あなたを信じてるから……』
他の軍人達を飛ばして、艦長であるギャミン少尉の次くらいに信用してもらえるのは、俺の評価が高過ぎる気もするが……。
『死ぬ時は、私も一緒よ……。でも、最期まで諦めないでね……』
「うん。俺も家族を残して、死ぬ気は無いからな」
『……へ? 家族?』
妻であるパピヨの腰に手を回して、力強い瞳で俺を見つめるチャビーから感じた意志に、同感する言葉が自然と口から零れた。
……そうだよな。
ここでビタロー達の死を、無駄にするわけにはいかないよな……。
「皆で、生きて帰るぞ」
「オオーン!」
チャビーの勇ましい遠吠えを合図に、他のオス達も一斉に気合の入った遠吠えをした。
「行って来るよ……」
『う、うん。行ってらっしゃい……』
頬を赤らめたメアリーと別れ、スライドする扉を開く……。
ここにいる彼らは、もうペットなんかじゃない。
俺達の船を、家族達を守ってくれる勇敢な軍人だ。
「ポチ、タマ。皆を格納庫に案内してくれ。俺は制御室に行く」
『了解だワン!』
元気よく胸に手を当てて敬礼するポチとタマに、俺も地球人流の敬礼を返す。
自分達が乗る小型戦闘機がある格納庫に向けて、通路を駆け抜けるルト族達の背中を見送った後、俺の戦場である制御室へ足を向けた。




