抱きつく花連さん
「って……なんですかこの状態は? って言いたいところでしたけど、そこまで汚くもないですね」
「そう? よかった」
「ただ一年半ぶりだからか……油断したゴキブリだらけですね……」
「そうなの」
幸い僕は虫は得意な方だ。ゴキブリは怖くない。
海外産のゴキブリはペットとして売られてるんだし、むしろ可愛い。
ただ普通に散らばったものの下にいたり、花連さんの下着の下にいたり、はたまた家具の裏で群れをなしていたりするから、捕まえるのが大変だ。
花連さんはずっと目をつぶってソファに埋もれている。そのソファにだってゴキブリがついてるんだけど。
地道にやること五時間。夜九時。
やっとゴキブリが見当たらなくなった。まだいるだろうけど。
「花連さん……起きてください〜」
「ぴー、くぅー」
「花連さん、ゴキブリが頭に乗りそうですよ」
「……はほへ? やめてやめてやめて!」
「わわわわわ。急に抱きつかないでください!」
花連さんにかなり強く抱きつかれた。ゴキブリが頭に乗りそうなのは嘘なんだけど、この胸の感触は嘘ではなく現実だ。
「ゴキブリは?」
「花連さんを起こすための嘘です」
「あー、やったな! 許すまじ! でもぱっと見ゴキブリいなくなってて感動してるから許してあげる」
「それはよかったです」
「今日は遅いから……明日から英語教えるってのでいい? なんか目標とかある?」
「そうですね……今度大手予備校主催の模試があって、僕たちはみんな学校受験するんですけど、それでとりあえず英語偏差値60くらいはとりたいです」
「おお、なかなか具体的な目標でいい感じじゃない? じゃあ、明日放課後やりましょう!」
「はい、お願いします」
僕は花連さんにそう言って、そして向かいの自分の家に帰ろうとした時、インターホンがなった。
玄関から帰ろうとしていた僕と見送ってくれていた花連さんがドアを開けると……妹と母親が立っていた。
「あ、花連ちゃん久しぶりー! 家でご飯食べてかない?」
「今日は私が作ったビーフシチューです!」
僕に対する態度の二百三十倍ほど優しい母親と、えっへんと胸を張る妹。
「あ、じゃあお邪魔させていただきます!」
花連さんは二人に対して元気に返事をした。
そしてその後は、花連さんのアメリカでの思い出話を聞きながら楽しい夕飯の時間を過ごして、満足したのだった。




