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俺達は学校のグラウンドで、暗雲に覆われた空を見上げていた。
『ふんっ、中々やるようだな。ある程度は減ったようだが、まだまだ残っている。せっかくかけた洗脳も、溶けてしまったようだ』
俺達のアイコンの色が、紫から青へと変わった。
イベント開始前と同じPKをしていないβNPCを表す色だ。
『だが、これで終わりじゃない。近い内にまた会おう。降りしきる、絶望の中で! ハーハッハッハッハ!』
高笑いと共に、空に映し出されていたフィアガストの姿が消えていく。
雲も一緒にどこかへ行ったようで、綺麗に晴れ渡っている。
長かったイベントが、ようやく終わった。
第一次モジャモジャ大学校防衛戦を終えた後、更に二回の大きな戦いがあった。
第二次は、一次の三日後。
ゼノの話だと、一回目の50%増しの人数で、主要メンバー以外は大きく入れ替わっていたらしい。
多分、トラウマになったり無理ゲーを悟って離脱したんだろう。
だけどかなり話題にはなっていたようで、初参加が大勢いたようだ。
第三次は、丁度さっき終わったところだ。
ほんの二時間程前に開戦したんだけど、今までで一番人数が多かった気がする。
ゼノ情報だと、事前の参加希望の時点で四千を越えていたらしい。
当日飛び入りを合わせたらもっと増えてそうだな。
なんでも、第一次で力不足を実感した奴らは、二次をスルーして、最後の戦いに備えて鍛えていたらしい。
それ+二次の参加者+新規、であの人数だったわけか。
ものすごい数だった……。
フルーツ達と入り乱れるあの光景は、本当に戦争みたいだった。
どっちかというと、戦国時代とかの合戦だろうか。
どちらも映画やアニメ、ゲームでしか見たことないけど。
「これで、イベントも終わったんですね」
「うん、間違いなく終わったよ」
「やったー!」
「うおー!」
「俺達は生き残ったんだ……!」
ミルキーがホッとしたように呟いた。
データ的に強いとは言っても、俺達は普通の一般人だ。
イベント中の殺伐とした雰囲気は精神的によろしくなかったんだろう。
笑顔で相槌を打つと、隣にいたタマが叫びだした。
それに釣られたように周りのβNPC達も思い思いに声をあげた。
彼らは、最後の決戦の際に呼んでいたβNPC達だ。
色々溜まっていたんだろう。
無事に全員がノルマを達成出来たようで、良かった良かった。
「それじゃあタマ、皆のことよろしくな」
「あいあい!」
イベントの開始と同時に各地へ散った生徒の皆は、同じ方法でここへ戻ってくる。
つまり、タマに運んでもらう。
イベント期間中に関わったβNPC達にも、迎えを出す。
とにかく知り合い全員ここへ集合だ。
目的は一つ。
イベントの後は打ち上げ。
そう。
「パーティーの準備だ!」
「おー!」
すっかり辺りも暗くなり、空には星が輝いている。
グラウンドには大きなたき火が置かれて、ごうごうと燃えている。
イベントが終了したのが昼の12時。
宴会の準備が完了して、開始したのが14時。
それから五時間程経ったが、まだ皆陽気に騒いでいる。
この世界だと肉体の状態は考慮しなくていいから、脳が持てばいくらでも活動できる。
お酒に弱い人は最初の一時間くらいでダウンしてるけど。
これだけの人数がいて、長くて辛いイベントの後なんだから、盛大に騒ぎたくなるのは当たり前のことだ。
お酒も食材もこの時の為に、貯めに貯め込んでおいたし、力尽きるまで騒ぎ続けて欲しい。
校舎の屋上で、盛り上がるグラウンドを眺める。
手に持ったコップにはただの氷と水が入っている。
冷たくて美味しい。
イベントは無事に終わった。
やっぱり死んでしまった人も何人かはいるそうだけど、この学校に来た人達は全員また会えた。
今も、校庭で楽しくはしゃいでいるだろう。
「ちょまっ、むりむりむりむああー!!?」
「「「タマ屋ー!」」」
ゴロウが空中に打ち上げられた。
そして爆ぜた。色とりどりの火花が広がって、散って行く。
多分、タマがやってた人間花火を真似させられたんだろう。
後を追うようにタマ達も飛び上がって爆発している。
とても楽しそうだ。
俺は出来る限りのことをやった。
そしてそれは上手くいった。だから、今は関わった人達の無事を喜ぼう。
「こんなところにいたんですか。皆さん捜していましたよ」
振り返ると、ミルキーがいた。
楽しい雰囲気でリラックスしているのか、柔らかい笑みを浮かべている。
「あはは、ごめんごめん。飲まされすぎてちょっと避難して来ちゃった」
「ナガマサさんは皆の恩人ですからね。感謝の代わりだと思います」
「それは嬉しいんだけどね」
ミルキーのコメントは至って真面目だ。
恩人、なんて言われるとちょっと気恥ずかしい。
理屈としては分かるんだけど、そこまでのつもりは俺には無かった。
ただ単に、俺が放ってはおきたくなかっただけで、ただの我儘でしかない。
だから感謝しない人や、俺のことを恨む人がいたとしても仕方ないと思っていたし、気にしないつもりだった。
だけど皆は感謝してくれて、最初の二時間くらいは代わる代わるお礼を言われ続けていた。
その間ずっとお酒も注がれていたから飲まないわけにもいかない。
だからしばらく時間が経って参加者同士の交流が盛り上がってきたところで、こうして避難してきた。
モグラやタケダもこっそり協力してくれたお陰で、誰にも見つからなかったようだ。
「ナガマサさんは本当に、すごいです」
「……どうしたの、急に」
「ふふ、前からずっと思っていますよ」
「ありがとう」
ミルキーはご機嫌だ。
普段は呆れたように笑ってることも多いが、今は純粋な笑顔だ。
ちょっとドキッとした。
いつにも増して、綺麗に見える。
「……こんな私ですけど、これからもよろしくお願いします」
「勿論。俺の方こそよろしくね」
笑顔を交し合うと、視線が合っていることに気付いた。
どんどん大きく、いや、近づいていく。
やがてミルキーが瞼を閉じて、更に近く――。
――バーン!!
「ナガマサァァァァァアア!! ミゼルが、ミゼルが我に向かってため息を――おっと、これは失礼した」
轟音と共に、屋上のドアが開いた。
慌てて振り返ると、そこにいたのはパシオンだった。
絶叫をあげていたのに、俺達の様子を見て冷静になったようだ。
背中を向けて出入り口の方へ歩き出そうとする。
瞬間移動で背後に移動して、パシオンの肩をガシッと掴む。
「まぁまぁパシオン様、そんなに慌てなくてもいいじゃないですか」
「いやいや我が親友よ。我はちょっと用事を思い出したのでな。これで失礼するとしよう」
「タマが新しい遊びを思いついたんで付き合ってあげてくださいよ」
「いやいやいや、我は忙しい身でな、もう行かねばならんのだ。だからこの手を離すがいい」
「タマ! 一名様ご案内!」
「いやっはー! ごあんなーい!」
「今どこから現れよった!? この、離せナガマサ! タマちゃんの遊びは洒落にならんのだ!」
「いえいえ、是非体験していってくださいよ。タマも喜びますから。へいパス」
「タマキャッチ!」
「うおおおおおおおお!!離せぇぇぇぇえぇぇぇぇええええぇぇぇぇえぇぇぇ!!!」
パシオンを抱えたタマは、そのまま屋上から飛び降りて行った。
数秒後。
「ミゼルゥゥゥゥゥゥウゥウゥゥウッゥゥウゥゥゥゥ!!」
シスコン花火が夜空に大輪の花を咲かせた。
綺麗に咲いて良かったな。
そんな俺達の様子をミルキーは、やっぱり呆れたような苦笑いを浮かべて、優しい瞳で眺めていた。




