281 NPCとゼノ
せっかくなので村の中をミゼルと二人で散歩した。
例の装備のせいなのか、一般プレイヤーが沢山いる。
しかし、歩いていても特に声を掛けられることは無い。
どうやら≪モジャ≫というワードは広まっているが、俺の名前は浸透していないようだ。
武器の銘をモジャにしておいて良かった。
時折感じる視線は、俺が手を繋いでいるミゼルに向けられているものだろう。
ミゼルはパシオンが溺愛するのも納得するしかないくらい、美人だ。
王女のNPCなんだから当然とも言える。
目立つのも仕方がない。
それが俺みたいな冴えないのと手を繋いで歩いていたら、余計目に付くだろう。
見られはするものの、絡んで来るということは無いようだ。
村の中ではPKも出来ないし、今はそれどころじゃないんだろう。
一般プレイヤー達は大体、何かを探してうろつくか、目的があるように真っ直ぐ移動するか、残念そうに出入り口に向かうかしている。
この村は正直、面白いものはほとんど無いと思う。
俺の武器を目当てに来たはいいものの、肝心の俺が対応しなかったら徒労感で一杯だろう。
それも仕方ない。
俺達はのんびり生活したいだけだから、武器が欲しければ市場に流した分で我慢して欲しい。
まあ、もう少し作ってタケダ達に売っておくか。
それで多少はこの騒ぎもマシになると思う。
村を軽く周った後は、畑の方にも行ってみた。
しかし、≪モジャ畑≫も大勢のプレイヤーで囲まれていた。
むしろこっちの方が人数が多いように見える。
「うわぁ、なんだこれ」
「きっと皆、ナガマサ様の畑に感動しているのですわ。ピンポン玉さんなんて、私も見たことなくて感動しましたもの」
「そうなのかなー」
プレイヤー達に近づいて様子を窺って見る。
なるほど、確かに畑を見て面白がっているようだ。
掲示板がどうとか、観光名所がどうとか聞こえてくる。
プレイヤー達の装備も、様々だ。
中には初心者装備の人達も何人かいる。
掲示板か何かで畑は畑で話題になって、見物客が押し寄せたんだろうとなんとなく察せられる。
目的が緩いから、こっちの方が人が多いのかもしれない。
「それじゃあ家に帰ろうか」
「はい、そういたしましょう」
実験も無事に成功したし、ついでにミゼルと散歩も出来た。
色々満足したし、家へと向かう。
我が家の前には相変わらず一般プレイヤー達が居たが、何やら様子がおかしい。
誰かが揉めているようだ。
「どうしたんだろう」
「喧嘩でしょうか? ナガマサ様、参りましょう」
「わっ、ちょ」
様子を窺う為に足を止めたが、興味を持ったらしいミゼルに引っ張られて再び歩き出す。
相変わらず、謎の力が働いていて抵抗出来ない。
一人で近づこうと思ったのに、王族の行動力が発揮される方が早かった。
「ここからならばっちり見えますわね」
「ほんとだ」
人垣の端の方から、揉めている数人の姿が確認出来た。
二人が我が家に背を向けて、一人の魔法使い風の少年に絡んでいるようだ。
その傍らにはコインが浮いていて、すぐ後ろには俺と同じ、βNPCの少女がいる。
巻き込まれるのを避ける為か、プレイヤー達は少し距離を取っている。
そのせいで、少年達の逃げ道を塞ぐような形になってしまっている。
あくまでもパッと見の話だけど。
「非常識なことしてるのは、お前らだろうが。さっさと解散しろ。こんな大勢で押しかけられたら迷惑だろうが」
「迷惑? 相手はNPCかβNPCだ。人間じゃない。迷惑になんか、なりゃしねぇよ」
「お前らは、NPCと話さなかったのか? βNPCとは? 会話をしてないのか?」
「はあ? したが、それが今何の関係があるんだよ」
少年が怒りを抑えるような声色で、二人の内ガタイの良い方に食って掛かった。
あれ、あの戦士っぽいの、さっきうちの扉を叩いてた人だ。
βNPCの少女に視線を向けたところを見るに、少年の知り合いのようだ。
まさか、一緒に行動してるのか?
少女は村で見たことがない。
だとすると、村の外から来た可能性が高い。
ストーレ辺りから一緒に行動してきたんだろうか。
そうかもしれないし、違うかもしれない。
気になるところだ。
「NPCも、βNPCだって、感情や表情は俺達と変わらない。ゲームだけど、ここは一つの世界なんだ。この世界の中では、NPC達は生きてる。ただの、人間なんだ」
「ゼノ……」
「ゼノさん……」
「――はっはっは! こいつおかしいぜ! NPCを人間だってよ!」
「頭いっちゃってんなー」
ゼノと呼ばれた少年、ゼノガルドは、一般プレイヤー達に笑われている。
彼はおかしなことを言ったんだろう。
俺も思わず、笑ってしまった。
まさか、こんなに嬉しい言葉を言ってくれる一般プレイヤーがいるなんて、思っていなかった。
モグラからのメッセージを確認してみる。
そこには、ミルキーが読んでくれたような内容と、他にもいくつか書いてあった。
簡単にまとめると、一般プレイヤー達は俺達βNPCのことはボーナスキャラ程度にしか思っていないから、フィールドで出会った時は気を付けろ、というものだった。
実際、モグラの知り合いが何人か狩られてしまったそうだ。
別に一般プレイヤーを恨むつもりはない。
そういう扱いだと、運営側に認識させられたんだろうからな。
でも、だからこそ、ゼノのような考えの人がいるとは思わなかった。
きっと彼は、あの少女を守る為に一緒に行動しているんだろう。
勝手な憶測でしかないが、そんな気がした。
そしてゼノは、一般プレイヤー達を退かす為に決闘しろと言い出した。
しかもどうやら、課金アイテムを賭けるらしい。
それに喰いついた一般プレイヤー達は、ゼノの後を追ってゾロゾロと去って行った。
あっという間に、我が家の前が静かになった。
「ミゼル、家に帰ったらすぐに出かけるね。ちょっとやることが出来た」
「あの勇敢な方に報いに行かれるのですね?」
「うん。嬉しい言葉も言って貰えたし、お返ししてこないと」
「お茶の支度をして待っていますね」
「ありがとう」
念の為、少し離れた位置から窓越しに瞬間移動して、帰宅した。
出迎えてくれたミルキーに簡単に事情を話し、タマにコインをもらって、すぐに出掛けた。
ゼノは広場に行くと言っていた。
タマが暴れるといけないから、一人で向かう。
彼を放っておくのは俺には出来ない。
意思を尊重してなるべくは見守るが、一回でも負けた時点で介入する。
そして今度は俺自身が武器を賭けて、全員を蹴散らす。
見ず知らずのゼノに任せっきりになんてしてはおけない。
俺が撒いた種だから、責任は取らなくちゃな。




