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23



 終わった。

 全員ねじ伏せた。

 どこから噂を聞きつけたのか、どんどん人数が増えて百人から先は数えていない。


 それでも、もう挑戦者はいないようだ。

 あれだけいた野次馬も、もう皆帰って行った。


 終わりかと思うと、全身から力が抜けた。

 仰向けにばったりと倒れ込む。


「つかれた……」

「流石のあたしも、疲れたわ」

「ゼノさん、ルインさん、お疲れ様!」


 体力的な疲労は無い筈だ。

 だけど、頭も重ければ身体も重い。

 流石にあれだけの人数と連戦はしんどかった。

 全勝出来たのは、ルインのお陰だ。


「二人とも」

「何?」

「どうしたの?」

「俺のわがままに付き合わせて悪かった。特にルイン、ありがとな。お前がいなかったら、途中から連敗してたよ」


 きっと間違いない。

 集中力が落ちてきて、何度か攻撃をもらいかけた。

 その度にルインがフォローしてくれて、全勝出来たんだ。


「ま、あたしがいなきゃダメってことね」

「そうだな」

「……あんまり素直だと調子狂うわね」


 ルインがぶつくさと文句を言っている。

 そんなこと言われたって、今回ばかりは素直でいいだろう。

 感謝してるんだからな。


 ……ああ、それにしても疲れた。

 空を見上げたまま、息を吐いた。


「戻るか」

「そうね、行きましょ」

「うん」


 俺の呟きに、二人とも快諾してくれた。

 ルインの表情は分からないが、二人とも笑顔だ、多分。

 きっと、俺と同じ心境なんだろう。


 身体の感覚を確かめながら、ゆっくりと起き上がる。

 うん、これならなんとか歩けそうだ。


 一歩踏み出そうとした時、俺達の前に一人の男がやって来た。

 は?

 五メートル程先に足を置いて立ち止ったのは見えたけど、今の今まで誰もいなかった筈だ。


「な」

「あ……」

「ああ!?」

「え?」


 一つは、思わず出てしまった俺の驚愕の声。

 一つは俺達の前に突然現れた男、ナガマサが呆然とするように開けた口から出た、謎の声。

 一つはルインが上げた、怯えるような声。

 一つは、シュシュの困惑の声。


 四つの声が、ほぼ同時に重なった。


 一番早く動いたのは、ナガマサだった。

 表情も、人の良さそうな笑顔になっている。

 さっきの顔はなんだったんだ?


「はじめまして、ゼノさん」

「はじめまして」

「あ、ああ、あんたは――」


 モジャモジャした髪の毛に、ひょろりと長い体系。

 装備は、革のジャケットの下に黒い鱗の革鎧。後は革手袋。

 ブーツや腕輪はキラキラと光っていて、高そうだ。


 革系が多く、そんなに強そうな装備ではない。

 けど多分、弱くはないだろう。

 さっきの登場は、俺にそう思わせるくらいのインパクトがあった。


「ルイン、ストップ」

「もがががもがー!」

「悪いけど、ちょっと大人しくしててくれ」


 失礼の無いように気を付けて対応しないと。

 ルインは突然騒ぎそうになったから、握り締めた左手ごとポケットに突っ込んだ。

 

「さっきは俺達の為に戦ってくれて、ありがとうございました。ゼノさんの言葉、とても嬉しかったです」

「あ、はあ」


 今のところナガマサの言動に迫力を感じない。

 むしろ穏やかな感じだ。

 でも、真意がイマイチ読み取れない。

 俺の言葉って、どれだろう。


「NPCは――」

「うん?」

「いえ、なんでもないです。本当にありがとうございました。心の底から嬉しかったです」


 ナガマサは頭を深々と下げた。


 今、何かを言おうとして止めたように見えた。

 一体どの言葉だったんだ。

 それに、つい最近こんな表情を見た気がする。

 ああ、考える事が多すぎて頭がパンクする。


「ゼノさんは、何か俺達に用事があったんじゃないんですか? 俺に出来る事なら、出来るだけ協力しますよ」

「あー、それじゃあ、この子の方からお願いさせてください」

「分かりました」

「あの、はじめまして、私、シュシュ」

「はじめまして。どうしたの?」


 後ろで待機していたシュシュが前に出る。

 そして挨拶を済ませた後、説明を始めた。

 俺達の、シュシュの目的を。

 道具屋のおじさんに話したのとほぼ同じ内容だ。


「なるほど。それなら俺が作ったものだね。ゼノさんへのお礼にポーションと、後は素材もあげるよ。どうぞ」

「やった! ありがとう!」

「これはお礼だから、シュシュちゃんに譲ったゼノさんに言ってあげて」

「ゼノさん、ありがとう!」

「うおう、どういたしまして?」


 突然飛び火して驚いた。

 少し慌てたが、ちゃんと返せたと思う。


 これで、クエスト完了だ。

 しかも完璧な完了だ。

 報酬も大きいに違いない。

 シュシュがお腹いっぱい食べれるだろう。


「ありがとうございました。それじゃあ俺達はこれで――うわ!?」


 油断した瞬間に、左手がズボンから飛び出した。

 しまった!

 握りこんでいたルインが脱出したらしい。


 勢いよく飛び上がったルインは、そのままナガマサの方へ急降下していく。

 あいつマジか、突然、何があったんだ!?


「あんた、あたしのコイン、持ってるわよね!?」

「コイン? ゼノさん、この喋るコインはゼノさんの相棒ですか?」


 ルインはナガマサに体当たりを慣行することなく、少し手前で静止していた。

 ああびっくりした。


 びっくりしすぎてすぐには喋られない。

 ナガマサの問いに、首肯を返す。


「お名前は?」

「ルインよ!」

「ルイン、ルイン……ルイン?」

「ちょっと、まさか忘れたなんて言わないわよね!」

「ルイン……え、まさか。ごめんゼノさん、ちょっと相棒をお借りしてもいいですか?」

「いいですよ」

「すみません」


 ナガマサは俺に許可を取ると、ルインと共に少し離れた場所に移動した。

 何やら話し合っているようだ。

 俺の知らない、知られたくない何かがあるんだろうか。


 二人は数分したら戻って来た。


「急にすみませんでした」

「いえ、話は終わりました?」

「はい」

「ええ、バッチリよ」


 ナガマサは基本的に腰が低いようだ。

 結構昔に、一時期だけ一緒にゲームをしていた友達の兄弟が確かこんな感じだった。


 対照的に、ルインは偉そうでドヤッってる感じの声色だ。

 さっきまで暗かったかと思えば元気になってるし、よく分からない。


「モジャモジャ注意報はつれー! モジャー!」

「うわー、大変だー」


 突然女の子が現れた。

 またか。

 一体どこから現れるんだ。

 ナガマサはいきなり髪の毛をわさわさされているのに、全く動じていない。


 女の子は水色の長い髪を側頭部で縛ったような髪型で、現実では有り得ないような色と量だ。

 長さは肩くらいだから、多分解けば背中くらいか。

 

 眼のクリクリした小学生か中学生くらいの――顔?


「この子は俺の相棒のタマです」

「私タマ! よろしくねー!」

「ルインよ」

「シュシュだよ、よろしくね、タマちゃん」

「よろしくー!」


 え、いや、なんで?

 でもまさか有り得ない、でも、あれ、そこにいるのは――いや、有り得ない。

 そんなことは絶対に――けど、あの顔は、記憶に残るあの顔は――。


「ゼノさん?」

「――はっ!?」

「どうしました?」

「いや、大丈夫、なんでもない、です」


 声を掛けられて正気に戻った。

 そんなことは有り得ない。

 きっと気のせいか、偶然だ。


「この二枚は、ルインさんと約束したお礼です。受け取ってください」

「え、でもお礼はさっき」

「それはそれです。俺は、ゼノさんにお礼がしたいので」

「……そうですか、分かりました」


 ナガマサからのお礼が、俺のストレージに捻じ込まれた。

 チラッと見た感じ、コインを二枚くれたようだ。


 これは正直ありがたい。

 詳しい効果は、後でゆっくり確認しよう。

 くれた人の目の前でお礼の詳細を見るのは失礼だからな。 


「それじゃあ俺達は帰りますね。本当にありがとうございました。お気をつけて」

「ばいばーい!」

「はい、それじゃあ……」

「ばいばーい」


 ナガマサは相棒を連れて、普通に歩いて帰って行った。

 別れの挨拶をしながらも俺は、姿が見えなくなるまで、タマと呼ばれた少女から目が離せないでいた。



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