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「あいったー……」


 なんだなんだ。

 なんかよく分からないけど転ばされたぞ。


 とりあえず、地面に転がっている無様な体勢から復帰しないといけない。

 マイルドな痛みを感じつつ、膝と手をついて起き上がる。


 うっわ、なんかよく分からない内にHPがそこそこ減ってる。

 流石Vit1、貧弱だ。


「っご、ごめんなさい!」

「お?」


 突然の謝罪に振り返ると、女の子がいた。

 野暮ったい服に、軽装の鎧。

 ポシェットやポーチ、大きなバッグを装備している。


 明らかに、始めたばかりの初心者ではなさそうだ。

 いやでも、まだそんなに時間は経ってないよな。

 というかこの人誰だ。


「その子があんたを撥ね飛ばしたのよ」

「ああ、なるほど。っていうか、もっと早く教えてくれよな」

「あたしだって直前になって気付いたのよ。コインの視野の狭さ舐めないでよね」


 ルインが、謎の女の子の正体を教えてくれた。

 なるほど。

 なんか荷物多そうだし、これにぶつかられたら俺にはひとたまりもない。

 っていうかコインの視野って狭いのか。

 初耳だなそれは。


「わわっ、ゼノさんの相棒、喋るんだね」

「ん? おう」


 女の子の視線が、ふわふわ浮かぶルインに釘付けになっている。

 名前は、青いアイコンと共に頭上に表示されている。

 ≪シュシュ≫か。

 女の子が髪とかにつけてるあれ?


「ルインよ、よろしく」

「うわー、すごい! 私はシュシュ、よろしくね。この子が私の相棒、パックンだよ」


 シュシュは、ルインの自己紹介を聞いてテンションを上げていた。

 名乗った後にくるっと背中を向けて、大きなバッグを見せる。

 どうやらそのバッグがパックンらしい。

 

「あー、私のパックンもお喋り出来るようにしちゃおっかなー」

「……なあ、俺を撥ね飛ばすくらい走ってたんだから、何か急いでたんじゃないのか?」

「あっ」


 とりあえず初心者用ポーションを飲んで減ったHPを回復させる。

 スポーツドリンクみたいな味だ。

 それから、思わずツッコんでみると、案の定何かを思い出したような声がシュシュの口から零れ落ちた。


「そうだった! 早く逃げないと!」

「逃げる? 逃げるって一体何から――」

「見つけた! βNPC!」

「ひっ!?」


 シュシュが突然慌て始めた。

 事情を聞こうと思ったら、誰かの声に遮られた。

 流石オンラインゲーム、乱入が半端ない。


 シュシュは声にびっくりして、俺の後ろに隠れた。


 βNPCか、なるほど。

 そういえばそんなのがあったな。

 すっかり忘れてた。


「βNPC? 何それ」

「後で説明してやるから、上にでも逃げててくれ」

「その方が良さそうね」


 ルインが能天気な質問を投げてくる。

 が、現れた男は既に武器を抜いていて、いつ攻撃を仕掛けて来てもおかしくない。

 目を逸らさずにルインに返すと、大人しく同意してくれた。


 相手は俺と同じような初心者装備で、武器も初心者用ナイフっぽい。

 多分宙に浮いてれば攻撃を受けることはないだろう。

 多分。


「なぁあんた、この子は俺が先に見つけたんだ。余所へ行ってくれないか?」

「はあ? ならさっさとやればいいだろ。このゲームはPK上等。特にβNPCはボーナスキャラだ。そいつを仕留めるのに順番も何もねぇよ!」


 ごもっとも。

 目の前の男の名前は≪ディルバイン≫。

 頭の上に、()()()()()()と共に表示されている。


「それなら、俺ごとやるか?」

「どっちが先に仕留めるか競争、ってんならそんなことしないぜ?」

「それはないな」

「それじゃあ、二人まとめてだ」


 ディルバインが腰を落として、ナイフの先端を向けてくる。


 予想はしてたが、交渉は決裂だ。

 そりゃそうだ。

 元々βNPCを狙ってたんなら、PK(プレイヤーキル)にそこまで抵抗も無いだろう。

 βNPCは攻撃してもペナルティは無いから、システム的な話ではなく、心情的な話だ。


 そもそも、どうして俺はシュシュを守ろうとしてるんだ。

 NPCである彼女を守る義理なんて、どこにもないのに。

 少し話しただけで情が沸いたんだろうか。


 考えてみたってよく分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼女の笑顔がとても人間らしいと、そう思った。

 今分かるのは、それだけだ。


「そらっ」

「くっ……!」


 迫るナイフをナイフで受けようとするが、失敗した。

 腕に付きこまれて痛みとダメージが奔る。


「この!」

「おっと」


 お返しとばかりにナイフを振るうが、サッと退かれて空を切る。

 くそ、こいつ何か手馴れてないか!?


「なんだお前、見た目通りの初心者だな。そんなんじゃ、他のVRゲーでもPVしまくってたオレには勝てねぇぞ?」

「やってみなきゃ、分からないだろ」


 まだまだこれからだとばかりに、強気に発言してみせる。


 こんなのは、ただの強がりだ。

 これはゲーム。

 腕前と数値の差は、気合いや根性で簡単に引っくり返せるものじゃない。

 

 明らかに対人戦に慣れてる上に、恐らくステータスも近距離型。

 対する俺は、対人戦なんかろくにやったこともない上に、ステータスも俺自身も魔法特化型だ。

 ナイフでの斬り合いで勝てる要素は、全く無い。


「それじゃあ、しっかり分からせてやるよ!」

「くっ――!」


 再びディルバインが突っ込んでくる。

 動きに無駄が無いし、純粋に速い。

 Agiに結構振ってやがるなこいつ!


 それでも、諦めない。

 なんとかして、魔法特化型の俺でもこいつに勝つ方法を――そうか!


 もしかしたら、可能性は、あるかもしれない。

 なら俺は、俺自身の可能性に賭ける!



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