274 巣立ちと望み
パーティーは和やかに終了した。
ほとんどのお客さんは帰り、片付けも佳境に入ったところだ。
ウチの家族以外で残っているのはモグラ、タケダ、ゴロウだ。
今日はそんなに酔っていない。
ダウンせずに片付けを手伝ってくれるなんて初めてだ。
「今日はナガマサさん達のお祝いでもあるからね。偶にはオレ達も働かないと樹に吊るされちゃうよ」
「んだんだ」
「俺達はみんなナガマサさんにお世話になってるからな。筋肉労働なら任せといてくれ」
と、有難いことを言ってくれた。
それで皆で後片付けをしていた訳だ。
「お疲れ様でした」
「でしたー!」
そして、部屋もすっかり片付いた。
ここで宴会をしていたなんて全く分からない。
相棒バトルが発展して始まった、超狭範囲PvPの痕跡も綺麗サッパリだ。
優勝は……ミルキーが恐ろしく強くなっていたとだけ言っておく。
最後に労いの言葉をかけると、みんなも返してくれる。
これで本当の意味で今日のパーティーは終わりだ。
「ナガマサさん、お疲れのところごめんね。ちょっと時間いいかな?」
「なんですか?」
「葵がちょっと話があるんだってさ」
「葵ちゃんが?」
「ほら、自分で言うんでしょ」
「うう……」
モグラが背後に隠れている葵を前に出そうと促す。
しかし、背中にしがみついて出てこない。
半分しか見えないけど、すごいしかめっ面だ。
何か言いづらいことでもあるんだろうか。
気になる。
クレイジーの腰使いが全く気にならないぐらい心配だ。
「どうしたの? 何かあった?」
今日は葵の送別会をやった。
ほぼ名目だけのパーティーではあったけど、皆よろこんで来てくれた。
……いつの間にか俺とミルキー、ミゼルの結婚のお祝いも計画されていたのは予想外だったな。
もしかしたらそれを不満に?
でも葵もお祝いをしてくれた。
むしろ、言いだしっぺは葵の筈だ。
じゃあ何だ。
俺は一体何をしてしまったんだ?
「えっと……その」
葵がモグラの前に出る。
しかし、しかめっ面のまま俯いてしまっている。
チラッ。
チラッ。
葵の視線が周りに向けられて、再び足元に落ちた。
「あー、タケダさん、ゴロウちゃん、俺達はあっちで水でも飲んでようか」
「そうだな。剛力無双パンに余ったチーズでも乗せて焼くか」
「よっしゃあ食べるのは任せてくれ!」
「ミゼル様、私達はお部屋で明日の準備でもしましょうか」
「はい、そういたしましょう」
『タマよ、わらわの城に遊びに来ぬか? おろし金も一緒にのう』
「行くー!」
「キュルル!」
突然キッチンの方へ意気揚々と去って行ったモグラを皮きりに、皆どこかへ行ってしまった。
広いリビングに残されたのは俺と葵だけ。
繋がってるキッチンには男三人組がいるが、騒がしく調理に夢中だ。
こっちを気にしてる風は一切ない。
どうやら、皆気を遣ってくれたようだ。
葵は他の人に聞かれたくなかったんだな。
「それにしても葵ちゃん、立派になったね」
「え、あ……そう、かな」
「そうだよ。初めて来た時にはその剣も持てないくらいだったのに、PKも一騎打ちで倒すくらいになったんだから。かっこよかったし、プレゼントした装備もよく似合ってる」
「ありがとう。……でも、それはナガマサ達のお陰だから」
葵は強くなった。
ステータスや、戦闘力で言えば間違いなくそうだろう。
それに関しては俺達の影響がかなり大きかったのも、否定はしない。
だけど、葵は元々強かった。
戦闘力じゃなく、心がだ。
父親が死んで一人残されて、形見の剣はPK達が狙う可能性が高い。
そんな中で葵は、剣を手放さず、使いこなそうと努力していた。
俺にそんなことが出来るかと言われると、多分出来ない。
強くなってから。使いこなせるくらいレベルを上げてから。
そう考えてストレージに仕舞ってるだろう。
それだけ強い葵のことだ。
俺達のところに来ることが無くても、きっとあの剣を使いこなせる冒険者になっていた筈だ。
俺達はそれをほんのちょっと、先取りしただけだ。
「葵ちゃんが頑張ったからだよ」
「えへへ……」
葵は照れくさそうに笑った。
ここに来た当初よりも、色々な表情を見せてくれるようになった。
少しは俺にも馴染んでくれただろうか。
「……えっと、私は、今日でこの家から卒業するよね?」
葵は意を決したように口を開いた。
「……うん、そうなるね」
「私は、どこに行ったらいいと思う?」
それは、どこか窺うような台詞。
どこか、どこかってどこだろう。
モグラとは、少し話をした。
葵を預かる時の話では、モグラが葵を守れない間だけ、保護するという約束だった。
だけど、もう葵は俺も、モグラも保護する必要がないくらい立派になった。
だから葵が望むなら、モグラのところじゃなく、好きなように生きてもいい。
モグラからは、そんな言葉を聞いた。
多分、葵もモグラにそう言われたんだろう。
「どこがいいか、か。それは葵ちゃん次第だと思うよ。他の誰かにとっていいことよりも、葵ちゃんにとっていいことを選んで欲しい」
「私にとって……。私が選ぶ、ってこと?」
「そうだね。葵ちゃんが決めたことなら、皆応援してくれるよ。勿論、俺も応援する」
葵は頑張った。
父親の形見の剣も立派に使いこなせるようになった。
ここは第二の人生を送る場だ。
俺だけじゃない。
ミルキーだって、葵だって、好きに生きていい。
これに関しては俺の意見を聞いて決めるべきじゃない。
「ん、分かった。私、明日からもここに住みたい。ダメかな……!?」
辺りを見回してみる。
男共の騒ぐ背中しか見えない。
頼りに出来そうな人はいない。
せめてミルキーとミゼルには許可を取りたい。
でもいない。
もしかして、これを見越していなくなったんだろうか。
……ああ、葵に言ったことは俺もないがしろにするわけにいかない。
それが責任だ。
俺も、俺がいいと思う返事をしよう。
「勿論、大歓迎だよ」
「ありがとう……!」
葵の笑顔は、タマに見せるものと同じくらい、自然なものだった。




