258 緊縛少女と猿轡
「ナガマサさん、この子は?」
「んんー!」
ミルキーの冷たい視線がこっちへ向けられる。
ルインはテーブルの上で横たわったまま、目に涙を浮かべて何かを訴えようとしている。
必死だ。
猿轡のせいで言葉になっていない。
両手両足もきっちり縛られているから立つことも出来ない。
テーブルが大きくて良かった。
あんまり暴れると落ちて危ない。
「ええっと、さっきの話に出てたルインだよ」
「この子がですか?」
ミゼルが心配そうな目でルインを見ている。
完全に誘拐されて来た女の子みたいだもんな。
気持ちは分かる。
後で纏めて説明しよう。
「苦しそうにしているのですが、口は塞がないといけないのですか……?」
「うーん、取ってあげてもいいよ」
俺の言葉を聞いたミゼルが手を伸ばした。
ルインの顔の後ろに手を回して猿轡を取ってやる。
「苦しかったですか? もう大丈夫ですよ」
「殺さないで! お願い、助けて!」
「……ナガマサ様?」
ミゼルの視線が痛い。
疑ってるんじゃないけど、きちんと説明してくれと顔に書いてある気がする。
ミルキーはもう呆れたような顔をしている。
俺は二人に、顛末までを説明した。
ルインは倒した後、力を失っていた。
しかし、失っていたのは力だけじゃなかった。
記憶も全く無く、ルインという名前しか覚えていなかった。
パシオンが騎士に調べさせたところ、ルインの家に居た者は全員が殺されていた。
家の中も滅茶苦茶で、肉片が飛び散っていたそうだ。
お陰で、今ここにいるルインが≪魔の者≫に憑依されていただけの哀れな犠牲者なのか、ルインに化けて記憶を失った≪魔の者≫そのものなのかが判断出来なくなった。
それで、パシオンは俺に全てをぶん投げた。
「もしただの女なら良いが、万が一を考えると面倒見きれん。貴様なら例え≪魔の者≫だったとしても、何とでもなるだろう?」
だそうだ。
なるけども。
だけど余りにも雑過ぎる。
勿論、ルインを厳しく尋問した上で処刑しようという意見もあった。
むしろそうすべきだという声が多かったし、パシオンもそれは考えていたようだ。
だが、意外なことにおろし金がそれを止めた。
怯えるルインを守るように、武器を持つ騎士達の前に立った。
守護竜効果は絶大で、ルインを殺すという意見は一瞬で消滅した。
影響力が凄い。
それで、パシオンが俺に丸投げして、タマがキャッチした。
何故か人間カウントしてないせいでペット呼びだし、怯えて暴れるのを縛り上げてしまった。
守護竜パワーで処刑は免れたけど、警戒はされたままだったから解く訳にもいかず、そのままおろし金で運んできた。
どこかで一旦降りれば良かったんだろうけど、怯えられてるし早く家に着く方を優先した。
家に入る前に縄は解いた筈なんだけど、多分タマが再び縛り上げたな。
それが、ルインがテーブルの上で芋虫になっている理由だ。
「話は分かりましたけど、どうするんですか?」
「飼う!」
「それは却下」
「モジャー……」
ルインは、はっきりしないだけで見た目は普通の女の子だ。
ペットとして飼う発言はまずい。
モンスター要素のある石華ですらまずい気がするんだから、余計だ。
「ウチで預かるのもいいけど、すっかり怯えちゃってるからな」
「そうですね」
「ひ、ひぃっ……!」
俺がチラッとルインを見る。
ミルキーも見る。
ただそれだけで、ルインは身体を縮めてしまった。
そんなに怯えなくても良いのに。
「あの、ナガマサ様、ミルキー様」
「なに?」
「どうしました?」
「縄を解いてあげてはいけないのでしょうか?」
「「あっ」」
これはうっかりしてた。
縛られた状態でテーブルの上に放置されてたら、安心出来る筈がないよな。
ミルキーも気付かなかったようだ。
同じように間の抜けた声を上げていた。
うっかり夫婦だな。
なんて思っていたら、微妙な顔をされてしまった。
「もう、ナガマサさんのがうつったんですよ」
「何も言ってないのに」
「言わなくても分かります」
顔に出てしまったらしい。
気を付けよう。
ルインは、ミゼルによって解放された。
ミゼルにがっしり抱き着いたまま動かない。顔はミゼルのお腹の辺りに埋めてしまっている。
小刻みに震えているから、収まるまでしばらく掛かりそうだ。
やっぱりウチで預かるのは無理そうだな。
タマがルインの上からミゼルに抱き着いているせいで、ルインの身体に一層力がこもっている。
強張ってるの方が正しいか?
か細い悲鳴のようなものまで聞こえてきた。
タマを引き剥がしておく。
「どうしましょう?」
「うーん、かといってその辺りに放り出すのも不安だし……」
NPCとはいえ女の子。
何かあってからじゃ目覚めが悪い。
普通のゲームならともかく、ここは俺達が生きる世界だ。
言うなれば、同じ世界に住む仲間でもある。
見殺しにするのはちょっと抵抗を感じる。
……いいことを思いついた。
だけど、今すぐに出来ることでもない。
一先ずルインを保護する場所が必要だ。
――コンコン。
悩んでいると、ノックの音が響いた。
「おーい、ナガマサさんや、夜分遅くにすまんのう!」
俺を呼ぶこの年期の入った声は、昭二さんだ。
こんな時間に珍しいな。
一旦考えるのを中断して、ミルキーと二人で玄関に向かう。
扉を開けると、やはり昭二さんだった。
「こんばんは。どうしたんですか、こんな時間に」
「今狩りから帰って来たんじゃが、良い肉を手に入れてのう。新鮮な内にお裾分けに来たんじゃよ」
「おお、ありがとうございます」
「ありがとうございます。いつもすみません」
「いやいや、いいんじゃよ。儂らもナガマサさんらにゃ世話になっとるけんのう」
昭二は震える手で肉の塊を掲げた。
相変わらず人の好さそうな笑顔だ。
そうだ、丁度良いしちょっとお願いしてみようかな。
「昭二さん、ちょっと提案があるんですけどいいですか?」
「なんじゃ?」
「女の子いりませんか?」
「……は?」




