250 譲渡と来訪
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ただいまー!」
裏口から我が家に入ると、ミルキーが出迎えてくれた。
挨拶を返しながらリビングへ。
そこには葵と、何故か出汁巻玉子が座っていた。
「出汁巻だー!」
「あれ、本当だ」
「どうもっす」
「ダシー!」
「醤油で茹でてもみっそにっこみいいいいぃぃいいいいぃいいいいいいいい」
タマが出汁巻を見つけて大きな声をあげる。
出汁巻が軽く頭を下げるのと一緒に、甲高く少しくぐもった声が聞こえる。
そこにクレイジーな叫びまで加わって、混沌としている。
なんだこの状況。
「ナガマサに用事だって……!」
葵がそっと出汁巻の代わりに教えてくれた。
でもクレイジーフラワーの音量をそれなりに大きくしてる葵も、カオスの一因なんだよなあ。
大人しく見えても、やんちゃなのは確かなようだ。
俺に用事って何だろう。
……もしかして、ミゼルのことか?
「どうぞ」
「ありがとう」
とりあえず椅子に座ると、ミルキーがお茶の入ったグラスを置いてくれた。
隣に座ったタマの前にも置かれた。
ミルキーが隣に座った。
先に出汁巻の用件を済ませるか。
「用事って、どうしたんですか?」
「ミゼル様から伝言を預かったんで、伝えに来たんすよ」
やっぱりミゼルからだったか。
なんだか気まずい。
なんて返したらいいんだ。
ダメだ、相槌すら出てこない。
無言で固まる俺が続きを待ってるように見えたようだ。
特に気にした様子もなく、口を開いた。
「それじゃ伝えますね」
「あ、はい」
「ミゼル様は隣の家を出たので、是非ナガマサさんに受け取って欲しいとのことっす」
「ばああああむくぅぅぅぅへええ――」
「……ごめんなさい」
「葵ちゃん、ちょっと外に行ってましょう。畑で修行でもする?」
「うん」
「タマも行くー!」
ミゼルが家を出た?
情報をきちんと理解する前に、叫び声に邪魔された。
色んな衝撃が混ざってむしろ冷静になれた気がする。
咄嗟にミュートにしたらしい葵が謝った。
責めるつもりはない。
そんなに真面目な用件だと誰も思ってなかったからな。
出汁巻の玉子焼だって普通に喋ってたし。
三人とおろし金が玄関から出て行った。
「すみません、もうちょっと詳しく聞いていいですか?」
「いいっすけど、これ以上伝えることないっすよ。ミゼル様が家を出ることになってもう使わないから、プレゼントするとしか」
「えぇ……」
家を出る?
いや、そもそもミゼルは王女だ。
この村にいるのも、民の生活に触れることが目的だった筈。
要は仕事で来ている。
いつその仕事が終わって帰ることになっても、おかしくはない。
おかしくはないんだが、急に感じる。
昨日本人の口からそろそろ戻るとは聞いていた。
でも、昨日の今日とは言っていなかった。
もしかしなくても、原因は俺なんだろうな。
急いで出ていく程に傷つけてしまったようだ。
考えないように仕舞っていた後悔が、再び顔を出してくる。
なんてこった。
どう謝ったらいいんだ。
「ナガマサさん?」
「あ、すみません」
出汁巻の呼び掛けでハッと我に返る。
いけない。
目の前に人が居るのに考え込んでしまうなんて。
「大丈夫っすよ。というわけで、受け取ってくださいっす」
「そういう訳には……」
プレゼントと言われても、受け取れない。
傷つけてしまっただろうミゼルへの申し訳なさが余計に増してしまう。
それともこれは、俗に言う手切れ金代わりなんだろうか。
「これは王家の総意らしいっす。もし断れば、そこにパシオン様を住まわせるらしいっす」
「分かりました」
俺に逃げ道は残されていなかった。
すみませんミゼル様。
申し訳ないとは思ってるが、パシオンが隣に住むのは耐えられない。
正直合わせる顔も無いし。
俺ってやつは本当に身勝手だなぁ。
だからこそミゼルを傷付けてしまったんだな。
凹む。
「それじゃあ便利な機能を説明しとくっすね」
「え?」
出汁巻は、建物の増築に関して教えてくれた。
隣り合った二軒の家は、合体させて大きな一軒の家にすることが出来るそうだ。
態々立て直す必要はないらしい。
二軒も家があっても仕方ないと思ってはいた。
流石ゲーム。便利だ。
「それじゃあやってみてくださいっす」
「えーっと……あ、これか」
説明の前に、取引で家の権利は譲渡されている。
ホームの設定画面をいじると、あった。
ぽちっと押して、完了。
床や壁が光った。
収まると、リビングが広くなっていた。
丁度、隣の家のリビングを足したくらいの広さに見える。
家具が一切置いてないせいで余計に広く感じるな。
「無事終わったみたいっすね」
「広くなりましたね。これ、家具はどこに行ったんですか?」
「ホームのストレージの中に入ってるんじゃないすかね」
「本当だ、ちゃんとあります」
≪モジャの家≫だけじゃなく、隣の家に置いてあった家具も仕舞われている。
俺達の私室のものも全てありそうだ。
また配置しないといけない。
特に、広くなったリビングはきちんと考えないとスペースを活かせない気がする。
ミルキーに相談しながら置いていこう。
「それじゃ、オレはこれで失礼するっすね」
「わざわざすみません」
「これも仕事っすから。応援してるんで、がんばっす」
「ん? ありがとうございます?」
出汁巻は用件が済むとあっさりと帰っていった。
よく分からないが、応援された。
家は広くなったけど、持て余しそうだな。
ま、空き部屋は来客用に充てればいいか。
――コンコン。
ノックの音が一人しかいない家の中に響く。
お客さん?
誰だろうか。
ノックするってことは、ミルキー達ではない。
昭二さん……も違うか。
この村の人達はノックもするが、同時に名前も呼ぶことがほとんどだ。
じゃあ誰だ。
伊達正宗の時みたいに、面倒な相手じゃなければいいんだけど。
「はい、今開けます」
ドアを開けると、そこには満面の笑みを浮かべた王女様がいた。
満開の花のような笑顔だ。
「これからお世話になります。不束者ですが、よろしくお願いいたしますね」




