番外編 太陽の煌めき
少し長くなってしまいました
「ここは……?」
葵は、咄嗟に閉じていた目を開けた。
そこは草原で、いくつもの魔法の灯りに照らされていた。
葵は自分が複数のプレイヤーに囲まれていることに気付いた。
「へっへっへ、上手くやったみたいだな」
「まだやっちゃダメなのか?」
「まぁ待て、もう直にボスが来るだろうよ」
「やあみんな、待たせたね」
「ボス!」
「やりましたね! 流石ボス!」
「っ……!?」
プレイヤーを掻き分けて姿を見せたのは、コッカーだ。
PK集団を率いる、PKの一人。
難易度の高いPKに挑むことを信条としている。
彼は元々、葵に手を出す気は無かった。
葵の剣は配下の一人が目を付けていただけだ。
しかし、ナガマサの噂を聞いた。
腕の立つプレイヤーを一瞬で倒す程の腕前で、ワールドクエストに関与しているという噂もある。
そんなナガマサが守る葵を殺し、剣を奪う。
その難易度は計り知れないだろう。
コッカーが興味を持たない筈がなかった。
「この通り、上手くやったよ。何人か置いてきたけど、思ったよりチョロかったね」
「強い強い言われてても所詮初心者だってことですね!」
「だね。遠くのマーキングに飛ばしたしこの場所は知られてない。僕達の勝ちだ」
コッカーは周囲のPK達と和やかに話す。
その顔は晴れやかだ。
ナガマサの元から葵を連れ出したコッカーにとって、難易度の高いゲームをクリアした気分に等しい。
隙をついて葵はウインドウを開く。
ナガマサにメッセージで位置を知らせる為だ。
「おっと、変な事すると今すぐにでもHPを0にするよ」
「む……!」
しかし、コッカーに釘を刺されて動きを止める。
葵の周囲には二十人程のプレイヤーがいる。
すぐにでも攻撃出来るように、全員が武器を構えている。
葵は、ナガマサの下で修業し、強くなった。
だがこの世界で人と戦ったことはなかった。
恐怖が身体を、思考を、支配する。
ウインドウを閉じて、腕を下ろした。
「そうそう、それでいいんだよ」
「コッカーさん、もうやっちゃってもいいですか?」
「えー……もうちょっと話したいんだけど」
「ひゃっはー!」
大人しく従った葵を見て、コッカーは満足げに笑った。
しかし、大人しく出来ない者がいた。
配下のPKだ。
コッカーの話を無視して、三人のPKが各々の剣を持って輪から飛び出していく。
「しょうがないなぁ」
しかし、止めることはしない。
目標としていたのは葵を連れ去るところまで。
我先にと葵へ殺到した配下と違って、彼は葵自体に興味はないのだ。
ナガマサを出し抜いたことで機嫌が良いというのも、ある。
「死ねぇー!」
「はっはー!」
「っ……!?」
人を殺すことに快感を覚える者。
少女をいたぶることに喜びを思える者。
葵へ襲い掛かったのはそういう者達だ。
人の狂気を目の当たりにして、葵の身体はすくんでしまう。
鍛えた技も、心が折れてしまえば発揮出来ない。
必死に目を瞑ることで、迫る男達から目を背ける。
その態度が、男達を更に喜ばせる。
剣が、振り下ろされる。
――ドッ!!
「ぐふっ!?」
「なんだこいつは!?」
「え……?」
葵は、男の苦しむ声に思わず目を開いた。
目の前にいる筈の男達の姿は目に入らなかった。
そこにあったのは、オレンジ色の背中。
「はっは、手足の生えたみかんだぜ!」
「あいつはフルーツアイランドのモブじゃねぇか。 テイムしてたのか?」
「なんだそりゃ。つええのか?」
「見た目が鬱陶しいだけでそこまでだな。あいつらの敵じゃねぇよ」
「変態だがウチのメンバーだからな。おおキモいキモい」
葵を囲んでいるプレイヤー達は、突然現れた≪オレンジ細マッチョ≫に驚くが、大した脅威とは認識していなかった。
それは対面している三人のプレイヤーも同じだった。
不意打ちを食らった一人も含めて、すぐに戦闘態勢に戻る。
「ムッキー……!」
ムッキーマッスルと名付けられた≪オレンジ細マッチョ≫は、ナガマサの畑で採れた果物だ。
木に成って挑戦者を待っていたが、葵の修行を買って出た。
修行を終えた葵を気に入り、コインとなって葵を見守ることにしたのだ。
葵は、コインをお守りとして握り締めて寝ていた。
それを、今の今まで握ったままだった。
ムッキーは、葵を守る為に無理矢理コインから飛び出し、男達に立ちはだかった。
不意の正拳突きは、渾身の挨拶だった。
「ちっ、邪魔しやがって。死ねおらぁ!」
「≪バーストスラッシュ≫!!」
「≪ライジングアップ≫、≪エンチャントオーラ≫、≪紅蓮掌≫!!」
「シッ――!!」
ムッキーマッスルは戦った。
震える葵を守る為に。
必死に戦った。
しかし、三人のPK達とて伊達にPKを趣味にしていない。
一人一人がムッキーよりも強い。
三人相手では、防戦一方になるのが当然だった。
「ム、ムッキー」
ムッキーは諦めない。
出来るだけ攻撃を受け流し、いなし、躱す。
隙があれば、すかさず打撃を打ち込む。
三人相手に、決して退かなかった。
「よっしゃ、もう一息だぜ」
「手こずらせやがって」
「待っててね葵ちゃーんふへへへへへ!」
「うぅ……!」
ムッキーのHPがどんどんと削られていく。
その光景を前にしても葵は動けなかった。
どうしても、恐怖を振り払う事が出来なかった。
戦うムッキーを前にしても、ただ祈ることしか出来なかった。
「そらぁ!! ≪瞬衝脚≫!!」
「ッ――!」
ムッキーが大きく吹き飛ばされた。
無様に転がって、葵の前で倒れ伏した。
「ひっ……!?」
「ちっ、残っちまったか」
「トドメといこうぜ」
「ふへへへへへへ」
ムッキーにトドメを刺さんと、獲物を前にした男達が歩み寄る。
葵は、逃げることも、戦うことも出来ない。
ただ、目を背けることしか出来ない。
『前を見ろ、葵――』
「ムッキー……!?」
『目を背けてはいけない。前を見なければ、進むことは出来ない――!!』
「こいつ、まだやろうってのか」
「へへっ、ドットしか残ってねぇ癖によくやるぜ!」
ムッキは立ち上がった。
両脚はしっかりと地面を踏みしめ、その両腕は空を制する。
「もう、もう止めてムッキー……!!」
『私は、諦めない。強い意志があれば、筋肉は必ず応えてくれる。葵も、それを理解している筈だ』
「私には、無理だよ……」
『葵なら出来る。私が認めたのだから』
「死ねぇ!!」
『見ていてくれ、私の戦いを。そして立て、その足で! その腕で……未来を掴み取れ!』
瞬間、ムッキーの身体が光を放つ。
「なんだ!?」
「いいからやっちまうぞ! ≪ファントムスラッシュ≫!!」
――ギャリィン!!
「何ぃ!?」
ムッキーの腕が、剣を受け止めた。
正確には、腕を覆う、オレンジ色の輝きが剣戟を弾き返した。
「ムッキー……?」
『私の進化は、筋肉道への歩みは、決して止まらない――!』
「ぐふっ!?」
「ぐっ!!」
ムッキーは瞬く間に三人を弾き飛ばした。
四肢は、少しだけ太さを増している。
大きく変わったのは、オレンジのようだったその身体だ。
その姿は、まるで宝石のように輝いている。
オレンジ色の輝きは、オレンジサファイアと呼ばれる宝石のものだ。
宝石言葉は、陽の光。
勇気と挑戦の石である。
「ムッキー、私も、戦う――!!」
『ああ、共に戦おう。そして葵は、私が守る!!』
葵の身体から震えは、恐怖は、すっかり消えていた。
父親から受け継いだ剣を抜き、ムッキーと入れ替わるように凛と立つ。
ムッキーは、そんな葵の背中を守るように、背中を合わせて拳を構える。
「こいつ、やりやがったな!」
「ぶち殺してやる!」
「待った。少し話をさせてもらうよ」
「そりゃあないぜコッカーさん! あのみかん野郎をぶっ潰して」
「いいから下がれ。それとも死ぬ?」
「す、すみません! おい行くぞ!」
「ああ、葵ちゃんんんんん」
三人のPKを下がらせたコッカーが前に出る。
テイムモンスターが進化したところで、この人数を前にしてどうにかなるものじゃない。
ナガマサ達の助けも来ない。
それならばと、コッカーは少し話がしたくなった。
勿論、葵をからかって最高に惨めに殺す為だ。
「ははっ、面白いショーをありがとう。でも、この状況で勝てる訳ないだろ。さっきまで怖くて怯えてたくせに」
「うるさい。私は、負けない……!」
「父親が持ってた強い武器を持ってるからって、強くなったつもり? 無理無理。君の父親も、強い武器を手に入れて調子に乗ってたから死んだんだ」
「お前……!」
コッカーの挑発を受けて、葵の手に力がこもる。
思わず笑みが浮かんでしまう。
もっと煽ってやろうと、口を開きかけたところで、それはやって来た。
「葵ちゃん!」
「助けに来たよ!」
「ナガマサ? タマも……!」
チートとしか呼べないようなユニークスキルと、その効果で意味の分からない数値のステータスを持つ、ナガマサ。
そしてその相棒である、タマ。
「葵ちゃん、大丈夫ですか?」
「わ、わ、大丈夫……! ムッキーが助けてくれた」
そして、ミルキー。
三人は間違いなく、ゲーム内で最強の数値を持つ三人だ。
この瞬間、コッカーは己の敗北とゲームオーバーを悟った。




