224 目印と追跡
葵を転移させたということは、多分そこにコッカーの仲間が待ち伏せているんだろう。
だけど今の葵ならそう簡単にはやられない筈だ。
≪ディスペル≫持ちがいなければいいが。
コッカーと対面する前に、俺はいくつかのスキルを使用していた。
≪筋力上昇≫や≪速度上昇≫、≪器用上昇≫等の支援魔法。
≪守属性魔法≫の≪物理ダメージ軽減≫と≪魔法ダメージ軽減≫も掛けた。
しかし、かけておいて特に良かったと思ったのは、そのどれでもない。
≪目印≫のスキルだ。
これはノービスの時に取得したはいいものの、≪使用不能状態≫だった。
結局≪封印の右腕≫のレベル上げに使っただけで、実際に使ったことはない。
それを、みんなにかけておいた。
≪目印≫のスキル自体は、自分にしか見えない目印をつける効果しか持たない。
大事なのは、スキルのレベルを上げたことで取得が可能になったスキル。
俺は経験値に関する補正もとんでもないことになってるから、ノービスのスキルなんか数回使えばレベルMAXだからな。
新たに取得したスキルは≪追跡≫、≪マーキング≫、≪テレポート≫。
≪マーキング≫は、自分がいる位置に特殊な目印を残すことが出来る。
どこでもいいわけじゃなく、微妙に制限がある。
レベルが上がると、設置出来る数が増える。
≪テレポート≫は、≪マーキング≫で指定した位置に転移することが出来る。
これは一人用だから、自分しか移動できない。
それでもかなり便利なのは間違いない。
とはいえ、この二つはついでで今回は重要じゃない。
メインは≪追跡≫だ。
これは、≪目印≫の対象にした物や人がどこにあるか、マップで確認出来るようになるスキルだ。
葵の位置も、ばっちり確認出来る。
良かった、そんなに離れていない。
場所を確認出来ないと思って近場にしたんだろうか。
「ストーレの東側のマップだ。行こう!」
「はい!」
「おー!」
三人で葵のいるマップを目指して空を走る。
空には何も障害物が無い。
走りながら瞬間移動を繰り返せば、一瞬でストーレの上空だ。
そのまま通り過ぎて東のマップへと到着した。
「葵ちゃん!」
「助けに来たよ!」
「ナガマサ? タマも……!」
高度を落とすと、何人ものプレイヤーが見えた。
魔法の明かりがいくつも浮かんでいて分かりやすい。
何かを囲うように武器を構えている。
その中心にいるのは、葵だ。
隣に移動し、すかさずタマも着地した。
葵は≪ムッキーマッスル≫と背中合わせで立っている。
良かった、無事のようだ。
周りの連中に視線を向けると、少し下がってくれた。
すぐに攻撃してくる様子は無い。
「葵ちゃん、大丈夫ですか?」
「わ、わ、大丈夫……! ムッキーが助けてくれた」
まだ連続の瞬間移動に慣れていないミルキーが、ワンテンポ遅れて到着した。
葵の身体を触りながら無事を確かめている。
お守り代わりに握り締めて寝ていた≪オレンジ細マッチョ≫のコインが役に立ったんだろう。
葵の無事を確認出来てホッとした。
集団の先頭にいたコッカーが、微妙な顔をしている。
「ちょっと、来るの早すぎない? 余裕ぶっこいて会話してた僕が馬鹿みたいじゃないか」
「お陰で助かったよ」
お前が馬鹿でな。
とりあえず、葵に手を出した連中は許しておけない。
全員殲滅だ。
「それで、覚悟はいいか?」
「こりゃまずい、撤退だ!」
「「「ワープゲ――」」」
「タマ!」
「あいあい!」
逃がすつもりはない。
移動系スキルを発動しようとしたプレイヤーを目掛けてタマと二人で飛び出す。
見えてさえいれば、踏み出した一歩がそのまま蹴りになる。
一瞬で数人蹴っ飛ばしてやった。
≪ナガマサ流手加減術≫の効果で、HPは1より減らない。
その分全力で蹴ってるから痛みはすごい筈だ。
全員上手い具合に気絶してくれた。
立ち止まってみると、他の人達は動きを止めていた。
いや、コッカーだけは、苛立ったように頭を掻き毟っている。
「ああくそっ、全員かかれ! どうせ殺されやしない!」
「大人しくしてれば無駄に痛めつけたりはしませんよ。逃げたり向かってくるなら、話は別だけど」
「ちっ、臆病者共め」
コッカーが仲間を煽る。
しかし、中々動き出す奴はいない。
俺達と戦闘になったら勝ち目がないことは分かってるんだろう。
「ナガマサ、あのPKは私が倒したい」
「葵ちゃん? 何かあった?」
「ナガマサが来る前に、お父さんや、私の特訓をバカにされた。見返してやりたい……!」
「そうか」
葵の気持ちは分かる。
あれだけ頑張ってたんだ。
バカにされたら悔しいだろう。
危険かもしれないが、その危険は俺達が排除しておけばいいか。
「コッカーさん、葵よりもあの剣を使いこなせるって言ってましたよね?」
「言ったよ。でも今から貴方達にボコボコにされるんでしょ? それとも何? その子と一騎打ちでもさせてくれるの? もちろん勝ったら剣は僕のものとか」
「一騎討ちで勝てたら、見逃してあげてもいいですよ。剣は大事なものなのであげられませんけど」
「えー、ちょうだいよ」
こいつ……。
見逃すだけでも良い条件だと思うんだが。
葵が負けるとは思ってないが、勝手な約束をする訳にはいかない。
「いいよ」
「葵ちゃん?」
「いいの? あんな奴の言う事なんて聞かずに一方的に攻撃してもいいんだよ?」
葵のまさかの承諾に驚いた。
ミルキーは物騒な事を言い出した。
まだ一連の流れで混乱してるのかもしれない。
「私は負けないから」
「分かった。俺は葵ちゃんを信じるよ」
「タマもタマも!」
「ありがとう……!」
とはいえ、PK達を率いてる奴だ。
どんなスキルを持っているか分からないし、結構強くてもおかしくはない。
万が一葵が負けたら、あいつを殺してでも剣を奪い返そう。




