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219 渾身の一撃


 純白猫を見送った俺達は、すぐにストーレの街から我が家へと戻った。

 素材を集める必要がほとんど無くなったからだ。


 それと、葵が今日こそ≪オレンジ細マッチョ≫に一撃入れると宣言した。

 これは見守っておきたい。

 何日か狩りに行かなくても充分な蓄えがある。

 畑で採れた素材や、作ったポーションを売ればお金には困らないしな。


 少し早めの昼食を摂って、皆で畑へ向かった。

 石華とおろし金も一緒だ。

 家族総出で応援に臨む。

 きっとピンポン玉や大根も、畑の土の中から応援してくれている筈だ。


 畑に到着するやいなや、葵は大樹の方へ歩いて行った。

 巨大なイカの頭に嵌った大きな貝の半ばから生えた樹の下に、≪オレンジ細マッチョ≫は腕組みして待ち構えている。


 朝一度来てたらしいし、もしかしたらずっと待っていたのかもしれない。

 律儀な奴だ。

 あの細マッチョも、葵への稽古を楽しんでいるんだろうか。


 葵が剣を抜いて、構える。

 その動作に僅かな違和感もない。

 洗練された、美しい動作。

 数日前までまともに持てなかったのが嘘みたいだ。


「今日こそ……!」


 葵が斬りかかる。

 細マッチョが受ける。

 

 葵が蹴りを放つ。

 細マッチョが受け流す。


 葵の剣が細マッチョへ迫る。

 細マッチョが跳び退いて躱す。


 いつもならそろそろ細マッチョのカウンターが入るのに、今日は調子がすごく良いようだ。

 あ、いった。

 と思ったら葵は動じることなく防いでいた。

 よっし!


「葵ちゃん、今朝からこんな感じでしたよ。あと一歩で勝てそうなくらい強くなってます」

「頑張ってるなぁ。よし、そこだ、いけー!」

「ふふっ」

「あおいー! がんばれー!」

『騒々しいのう。気が散ったらどうするつもりなんじゃ?』


 応援していると、ミルキーは笑顔で葵と俺達を眺めている。

 タマは一緒になって応援している。

 分裂を怪しい奴の見張りに使ってなければ倍の応援力になっていたに違いない。


 石華は若干冷めたように言っている。

 葵のことを可愛がってくれているのは俺も知ってるんだぞ。

 何故か、俺の前ではそういうそぶりを見せないようにしてるけど。


 その視線がチラチラと葵の方を向いている。

 口ではそう言いつつも、戦闘の状況が気になるらしい。

 そういうことなら俺も葵の応援に集中しよう。


 攻撃を受け損なった葵の体勢が崩れる。

 あっ、危ない。

 

「っ!」


 おお、咄嗟にしゃがんで躱した。

 そしてそのまま片足で立ち上がる勢いで跳ぶ。

 渾身のハイキックを避けられた細マッチョは隙だらけだ。


「そっ――」

『そこじゃー!』

「――おわぁっ!?」


 びっくりして変な声が出た。

 つい熱くなった石華が叫ぶように応援したようだ。

 フラグの回収が早すぎる。


 葵の方へ視線を戻すと、二人の距離は離れていた。

 葵は片手を地面に付いて、着地直後に見える。


 細マッチョの方は咄嗟に跳び退いたかのような、後退の余韻が地面に残っている。

 そのオレンジのような身体の表面には、縦に奔る傷が出来ていた。

 石華の声に驚いている内に見逃したっぽい。


 そして再び接近しての攻防が始まった。


「え、今何がどうなったの?」

「葵ちゃん凄かったですよ。見てなかったんですか?」

「見逃してしまった……」

「タマが後で見せてあげるね!」

「ありがとう、タマ」

「へっへへー」


 タマが後で再現してくれるとのことなので、今は葵の戦いに集中だ。

 もう突然の大声にも驚かないぞ。

 葵の頑張りと成長を、この目に焼き付けるんだ。


 ちなみに、後でタマが見せてくれた葵の動きは凄かった。

 崩れかけた体勢を利用したほぼ水平の状態で、回転しながら下から上へ切り上げる動き。

 こんなのが咄嗟に出来るなんて、葵の成長がすごい。

 スキルの効果で色々加速してなかったら俺には出来る気しない。


 葵の奮戦は続く。

 ≪オレンジ細マッチョ≫の攻撃もほとんど有効打になっていないのか、あまりHPは減っていない。

 もはや寸止めなんか一切無しの真剣勝負なのに、すごい。


 この修行、葵と細マッチョはお互いにスキルを使用していない。

 葵は、ユニークスキルの影響で使えるスキルは少ないが、それでも使った方が強い。

 剣を使いこなす為の修行だから勝つまでは封印する、と言っていたから拘りなんだろう。


 細マッチョの方は謎だ。

 稽古を付けてもらってるとはいえ、ピンポン玉の樹に成った果物(筋肉)の内の一つだ。

 扱い的にはモンスターだから、スキルを使って来てもおかしくはないんだけどな。

 相談した覚えもないらしい。

 もしかして、スキルを自ら縛った葵に合わせてくれてるんだろうか。


 そうこうしてる内に、再び二人の距離が空いた。

 仕切り直しの雰囲気ではない。


 葵は両手で持った剣を、切っ先が後ろへ向くように寝かせて構える。

 細マッチョは左手を引いて身を沈める。

 緊迫した空気からは、ここで決めるという固い意志を感じる。


「そこっ――!」

「シッ――!」


 走り出したのはほぼ同じタイミング。

 速度は、細マッチョの方がやや早い。

 踏込と同時に突き出された拳は、葵が剣を振るよりも早く葵の身体を打ち抜く――筈だった。


「っ!?」


 顔の無い細マッチョの、驚く顔が見えた。

 左ストレートは外れた。

 いや、()()()()


 葵は固く握った左の拳だけを先行させることで、細マッチョの拳を横から思い切り叩いたようだ。

 これによって細マッチョの拳は逸らされた。

 それで終わりじゃない。


 細マッチョの身体が流れる。

 その隙を、葵が片手で握った剣が襲う。

 両手持ちと見せかけての片手持ち。


 両手に比べたら威力は落ちるだろう。

 だが、以前のようなブレは全くない。

 片手だろうと、その剣は充分な威力を以て細マッチョへ叩きつけられた。

 

「やった……!」

「やった!」

「やったー!」

「初めてまともに攻撃が当たりましたよ!」


 文句なしのクリーンヒット。

 ミルキー曰く、初めてのクリーンヒット。

 喜ばない訳がない。


 オレンジ細マッチョは脇腹の辺りを大きく切り裂かれ、膝を付いている。

 葵は油断なく剣を構えているが、もう限界に見える。

 それなりの時間戦ってたからな。

 一撃を入れたことで集中力が途切れてもおかしくない。


 細マッチョが立ち上がる。

 しっかりとした足取りだ。

 しかし、HPは残っているようには見えない。

 戦闘を続行する意思も見受けられない。


「大丈夫?」


 フルフル。


「……修行、合格?」


 コクコク。


 葵の質問に、細マッチョは身体を左右に振ったり縦に揺らしたりで答えている。

 首がないからな。

 喋れないみたいだし豪快に身体ごと顔を振るしか返事をする手段がないようだ。


 オレンジ細マッチョのHPは既に0になっている。

 どういう理屈か、少しだけ会話をする余地があったようだ。

 ゲーム的に言えばイベント演出なんだろうけど、気にするのは野暮だな。


「修行に付き合ってくれてありがとう。お陰で、強くなれた……と、思う」


 オレンジ細マッチョは拳を突出し、親指を立てた。

 最後までいい男だ。

 オレンジ細マッチョの身体が消えていく。

 完全に見えなくなった時、ポトリと、何かが畑の土の上に落ちた。



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