218 素材受け渡しと反復横跳び
おろし金の背に乗って、空を行く。
俺の前にミルキーが座り、葵はミルキーが抱えるようにして一緒に座っている。
タマはハイテンションで空を高速飛行中だ。
おろし金の周囲をぐりんぐりん飛んでいる。
次はどんなスキルを取ろうかな。
スキルリストを眺めていると、≪ナガマサ流手加減術≫というユニークスキルが生えていた。
効果は手加減しようとさえ思えば相手のHPを1から減らせなくなる、というものだ。
迷わず取得した。
これがあれば気軽に攻撃できる。
ステータスや倍率がおかしなことになってるから、手加減が難しい。
相手によってはデコピンするだけで爆散しかねないからな。
タマ、ミルキー、葵と一緒にストーレの街へやって来た。
本日二回目だ。
葵を連れてくる予定は元々あった。
色々な素材を探しに行って純白猫に渡すのを優先するつもりだったけど、後に回しても特に支障もない。
一度様子を見に家に戻ったし、どうせならそのまま連れて行く方が早いと思った。
流石に新しい狩場を開拓するのは怖いから、有り合わせの素材を第一陣とする。
有りあわせとは言っても、どれも高級素材の筈だ。
畑で収穫したイカの皮。
タマのペットのおろし金に分けてもらった翼の一部。
……言葉にするとそれ程でもなさそうだが、品質もレア度も高い。
特におろし金の素材は、説明からしてもうやばい。
でもこれで作った装備なら葵も喜んでくれる筈だ。
「あれ、もう戻って来たんですか、早いですね」
「色々ありまして。葵ちゃんを連れてきましたよ」
「おー、会うのは二度目ですね。おはです!」
「おはよう」
「この人が≪魔導機械士≫専用装備を作ってる純白猫さん。どんなサブウエポンがいいか伝えたら、要望に応えてくれる筈だよ」
「まだ駆け出しですが、精一杯頑張りますよ!」
「分かった」
葵に純白猫を紹介する。
前に一度会っていたお蔭か、そこまで怯えてはないようだ。
探り探りながらも、葵はどんな武器がいいかを伝えていく。
そして、一つの素材を取り出した。
「これを使って欲しいの」
「これは……!! とんでもない代物が出てきましたね。これは、私には荷が重いのでは?」
それはタマが葵へ贈った素材だった。
詳しいデータは見ていないが、威圧感が凄まじい。
俺にまで分かるって相当ヤバいよな。
「だいじょーぶだいじょーぶ! すまいるいずぱわー!」
「私なら出来る気がしてきました!」
「それは良かった」
「それどころか凄いアイデアを思いつきましたよ! 葵さん、もし良ければその背中の剣を少しだけ、見せてもらえないでしょうか?」
「えー……」
タマの励ましで純白猫のテンションが上がった。
弱気も消えてしまっている。
流石タマ。
可愛いからな。
そんな純白猫の笑顔とは対照的に、葵はすごく嫌そうな顔をしている。
葵の剣は父親の形見でもある。
大事にしてるし、俺も見せてもらったことはない。
仮面を被った怪しい商人に見せるのに抵抗があってもおかしくはない。
「お願いします! 見せてもらえたらすごくいい武器が作れそうな気がするんです……!!」
「うー……」
必死に頼む純白猫。
葵は困ったようにうめき声をあげている。
即答しないってことは、悩んでるんだろう。
見せたくない。
良い装備を作って欲しい。
この二つが戦ってるわけで、絶対何がなんでも見せたくないとは思っていない。筈だ。
それならそれを後押しをするのが、純白猫を紹介した俺の責任だ。
「もし持ち逃げしようとしたら俺とタマが全力で追いかけて力づくでも取り返すから、見せてあげてくれないか? それに、持ったままでも良いですよね?」
「勿論、葵さんが持ったままで構いませんよ。……今さらっと恐ろしい事言いませんでした?」
「何のことでしょう?」
「モジャディモジャディモジャディモジャディ」
「私の背後で何かが超高速で反復横跳びしてるんですが」
「怪しい素振りをしたら飛び掛かるぞ、っていう意味だと思います」
「プレッシャーやばくないですか!?」
「……ふふっ」
俺達のやり取りを見て、葵が笑った。
ミルキーは若干呆れた顔で、静かに俺達を見守ってくれている。
「分かった。持ったままでいいなら、見せてあげる」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
葵が剣を抜いて、地面と水平に倒したまま純白猫に差し出した。
あの葵が、剣を片手で持っている。
そんな普通の光景で、何か感慨深いものを感じてしまう。
純白猫が慎重に剣に手を伸ばす。
「大事なものだから、そうっとね」
「モジャディモジャディモジャディモジャディ」
「肝に命じておきます……! っていうかもう瞬間移動にしか見えないんですが!?」
葵の言葉に呼応するように、タマと純白猫との距離が縮まった。
酷い圧力を見た。
ちなみに、タマの挙動には瞬間移動が活用されている。
葵の為に張り切っているようだ。
「ありがとうございました。これで夢とロマンを詰め込んだ最高のサブウエポンが出来ると思います! 私の腕が足りれば!」
「頑張って……!」
「頑張ります!」
「モジャります!」
純白猫はやる気十分だ。
期待に満ちた葵の言葉に怯むことなく答えている。
手と手を取り合って、良い雰囲気だ。
片方は笑顔の仮面を被っていて、同じく笑顔の仮面を被ったタマがいつの間にか混じっているから怪しい儀式に見えなくもないけど。
「それじゃあ俺は少し打ち合わせがあるから、葵ちゃんはタマと近くの露店見てていいよ」
「はーい!」
「分かった……!」
「あっち見てみよー!」
「うん……!」
タマが葵の手を引いて駆け出して行った。
葵もぎこちないながらも笑顔を見せている。
あー、なんだか気分が良くなるな。
「取り急ぎの素材を持ってきたので、これで制作を開始してもらえますか?」
「早すぎません? 確認させてもらっていいですか?」
「どうぞ」
取引ウインドウに素材を突っ込んでいく。
≪古代異界大樹烏賊の皮≫、≪滅魔金蛇の神剣棘≫と≪滅魔金蛇の魔剣棘≫。
ついでに≪古代異界大樹烏賊の吸盤≫も投げ込んでおこう。
せっかくだから余ってた≪宝石の心臓≫も一緒にドーン。
「一先ずこれくらいで足りますか?」
「一先ずっていうかこれだけで足りそうですけどね。っていうか素材のレア度がどれも高すぎて練習台にするのが勿体ないんですが……」
「どんどん使ってもらっていいですよ」
「貧乏性なので無理です!」
「気にしなくてもいいんですけど」
おろし金の素材以外は時間さえあれば収穫出来るからな。
それで腕が上がるなら、どんどん消費してもらって構わない。
でも純白猫にとってはそうもいかないらしかった。
「それではお金を渡すので練習用の素材はそこから買ってください。足りなかったら後から請求してくださいね」
「おお、ありがとございます!」
悩んでいる間に、ミルキーが純白猫へお金を渡していた。
「いいの?」
「葵ちゃんへのプレゼントなんですから、私にも協力させてくださいって言ったじゃないですか」
「あはは、つい一人で進めちゃってた。ありがとう」
「どういたしまして」
ミルキーが微笑む。
この世界に来て本当に良かった。
「私は練習用の材料を揃えたら、ひたすら装備の作成に入りますね。何かあればメッセージを下さい」
「分かりました。お願いします」
「お願いします」
「任せてください。さいっっっこーにカッコイイ装備を作って見せますよ! それでは!」
しゅた! っと片手を上げた後、純白猫は走り去って行った。
笑顔の仮面がいつもよりも凛々しく見えた。
多分気のせいだろう。




