208 専用装備とまだ見ぬ職人
畑が夕焼けに染まる。
微妙に生えてきている雑草みたいな結晶体や、巨大なイカの足が赤く輝いている。
もうすっかり夕方だ。
葵の修行は順調だ。
≪オレンジ細マッチョ≫が延々と付き合ってくれるお陰で、かなり技量が上がったと思う。
昨日に比べたら剣の扱いがかなり綺麗になっている。
素人の俺が見ても分かるくらい違う。
オレンジ細マッチョの指導は、ひたすら実戦あるのみだ。
葵の剣を防ぎ、捌き、いなし、受ける。
葵に隙があれば、すかさず打ち込む。
葵は細マッチョの攻撃を受けないようにしつつ、有効打を打ち込めるようにひたすら努力する。
理論派というよりは直感型っぽい葵には合ってるんじゃないだろうか。
実際上達してるしな。
ゲームの世界といえど、実際に体を動かすこの世界ではプレイヤースキルの依存度は高い。
いくらステータスが高くても、武器を振って当てるのはステータスではない。
武器を持つ腕であり、それを動かす脳であり、意思だ。
その意思は技術から紐付けられる以上、レベルとステータスを上げることだけが、強くなる方法ではない筈だ。
アホみたいなステータスの俺が言えることじゃないんだけどね。
ゲームである以上、これはこれで強いのは間違いない。
修行を終えて、我が家へ帰った。
帰宅した後は、各自が好きなタイミングでお風呂へ入る。
世界観を無視してお風呂が設置してあるのは、プレイヤーへの配慮だろう。
実際には汗もかかないし、汚れもしないけど、お風呂が好きな人は多いだろうからな。
俺も、一人で入れるお風呂は好きだ。
昔は全然楽しくなかったし、苦痛な時間だったけど、今は楽しいし気持ちいい。
出来るだけ毎日入ることにしている。
和気藹々とした夕食を済ませた後は、お出かけだ。
モグラとメッセージでやり取りをして、今夜会う約束をしたからだ。
明日PKの討伐に向かうモグラ達を見送る会だ。
モグラはそんなに大げさな話じゃないと言っていたが、どうしてもと頼み込んだ。
俺には出来ないことをするモグラを、ただ見てるだけなのは嫌だったからな。
それに、葵の育成の途中経過もしっかり伝えておきたい。
メッセージだけだとボリュームがすごいことになる。
「それじゃあいってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「タマがいるからだいじょーぶ!」
「お願いね。葵ちゃんは変な人に狙われやすいみたいだから」
「らじゃー! いってきまーす!」
「いってきます……!」
「いってらっしゃい」
おろし金の背に乗ってストーレの街へ。
暗いが、おろし金にとってはなんでもないようだ。
すぐに街の上空へと到達。
城の訓練場へと降り立った。
待ち合わせの時間には少し早い。
勿論わざとだ。
「これからいつもお世話になってる職人さんのところに行くけど、マッスル☆タケダさんって知ってる?」
「何度か会ったこと、あるよ」
「そっか、なら大丈夫かな」
≪マッスル☆タケダ≫はその名の通り筋肉ムキムキで厳ついからな。
葵が怯えるかもと思ったが、会ったことあるなら大丈夫か。
「こんばんは」
「こんばんまっする!」
「こんばんは……!」
「いらっしゃい、ってナガマサさん達か。こんばんマッスル! 葵ちゃんも、久しぶりだな。元気してたか?」
「うん……」
「そうかそうか、なら良し。んで、今日はどうしたんだ?」
「ちょっと面白い素材を手に入れたもので。これで何か武器を作ってもらえないかなと」
取り出すのは勿論あれだ。
筋肉の島で手に入れた素材。
≪筋肉の塊≫と≪筋肉の欠片≫の二つ。
そして畑にモリモリ生えてくる雑草のような結晶体、≪雑晶≫。
「お、おおお! これは、なんだこれは!? みなぎる熱いマッスルを感じるぞ!」
「筋肉まみれの島で拾いました」
「なんだその楽園は! そんな場所があったのか!」
俺たちにとっては地獄絵図だったよ。
「まっするいっぱいだった!」
「おおおおお!! 俺も行きたいぜ! 今度連れて行ってくれないか!」
タケダは≪筋肉の塊≫を持って大興奮だ。
テンションがやばい。
なんとか落ち着いたところを見計らって雑晶を見せる。
「こっちは、ふむ、石か?」
「そんな感じですね。いっぱい取れるので武器にならないかなと。硬そうですし」
「なるほど。こっちは凝縮された鋼のようなマッスルを感じる。相性は良さそうだ」
「ではお願いします」
「任せとけ。今日はこっちに泊まるのか? 朝までには仕上がるぞ。今すぐにでも作業にかかりたいくらいだからな」
「一旦家に帰りますけど、明日の朝取りに来ますよ」
葵の修行や畑仕事のことがあるし、今日は用事が済んだら家に帰る。
「分かった。楽しみにしてろよ」
「はい。あ、それともう一つ相談が」
「なんだ?」
タケダに耳を貸してほしいとジェスチャーで伝える。
ここからは葵には内緒だ。
「葵ちゃんの育成期間が終わったときに、何か装備をあげたいんですよ。役に立ちそうなのを作ってもらえませんか?」
「なるほどな。……あの子の職業なんだが、≪魔導機械士≫じゃないか?」
「はい。どうかしました?」
「あー、あの職業はいろいろ特殊でな。装備も専用のものの方がいい。だが、俺はそっちの技術は習得してなくてな。普通の装備で良ければいくらでも作ってやるが、どうする?」
「うーん」
これまでずっとタケダにお願いしていたから、不得手があるとは思わなかった。
俺やタマは職業的な縛りはなかったからだな、多分。
葵はあの剣にすごい拘ってるし、どうせなら活かせる装備がいい。
「せっかくだし、専用装備がいいですかね……」
「だろうな。そういうことなら、すまんが他をあたるしかない」
「いえいえ、気にしないでください。専門の職人さんを捜してみます」
「おう。数は少ないが、必ずいるからな。俺の方でも知ってる奴がいないか声をかけてみる」
≪魔導機械≫は特殊な技術が使われるとかで、それを作ることが出来る職業も限られるそうだ。
俺の職業である≪創造者≫のスキルの中にも無かった。
ということは、タマが葵にプレゼントしたあの謎の素材。
あれも、職人を見つけないと無駄になってしまう。
預かる期間はあと四日。
どうにかして捜すしかない。




