173 マフィンとお詫び
「これからパーティーをするんですが、パシオンさんも良かったらどうですか?」
「パーティー? ミゼルの婚約の祝いか?」
「違います」
パシオンをバッサリと切り捨てる。
もうその話は今はいい。
パシオンに最近の出来事を話す。
≪三日月≫に絡まれて、決闘になった。
そして勝利したのでバーベキューでお祝いをする。
「なるほどな。せっかくの誘いだ、参加してやろう」
「どうも」
「では私も何か手伝うとしよう」
「パシオンさんはお客さんなので座ってていいですよ。俺もこれを食べたら準備を再開しますけど」
「ん? なんだそれは。炭か?」
テーブルの上に放置してあった、ミルキーお手製のマフィンへと手を伸ばす。
パシオンの乱入でお預けになっていた。
しかし、パシオンに声を掛けられて動きを止める。
言葉を返す前にミルキーが反応した。
「炭じゃありません」
「しかしこれはどう見ても」
「炭じゃありません」
「う、うむ」
ミルキーから発せられたのは、否定の言葉とプレッシャー。
最初は反論しようとしたパシオンも思わず口を噤んでしまった。
前も言い負かしてた気がする。
ミルキーって、案外押しが強いようだ。
「ではなんだと言うのだ」
「……マフィンです」
しかし、続く問いかけにミルキーの勢いが弱まった。
視線を逸らして声も小さい。
パシオンがマフィンを手に取った。
一口齧る。
ザリッ――。
パシオンの眉間に皺が寄った。
「やはり炭ではないか!」
「炭じゃありません! 魔法を使ったらちょっと焼けすぎて、真っ黒になっただけです!」
「それを炭というのだ!」
パシオンが突然騒ぎ出した。
ミルキーも負けじと声を張り上げる。
お互い気兼ねせずに言いたいことを言い合えるって、良いことだと思う。
「お兄様、女性が作ったものをそのように言うのは失礼ではありませんか?」
「しかしだな」
「それに、そのマフィンは私もお手伝いしたんですよ」
「何!?」
突然のカミングアウトにパシオンが固まった。
さっきから固まり過ぎじゃないか?
ここに来てから何回目だ。
一度目を閉じて何かを考え始めた。
数秒後、突然目を全開にした。
それは、何かを決意した男の眼だった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
パシオンは手に持っていたマフィンに勢いよく齧り付いた。
二度、三度、マフィンは小さくなっていく。
「――うっ!」
最後の欠片を口に捻じ込んだ。
しばらく咀嚼し、テーブルの上に突っ伏した。
喉にでも詰まらせたのかもしれない。
水をコップに注いでパシオンの前に置いておく。
タマが手を合わせて拝んでいた。
まだ死んでないぞ。
パシオンがいると騒がしいな。
俺もマフィンを食べてみる。
「あっ」
バリバリザリザリする。
マフィンってこういう感じなのか。
初めて食べたけど、変わった味だ。
イッメージと違うけど新鮮で面白い。
「その、大丈夫ですか?」
「え、美味しいよ。また作ってほしいな」
「はい、頑張ります!」
お願いしてみると、ミルキーは笑顔で了承してくれた。
おやつを作ってもらえるなんて幸せだ。
タマが最後の一個に手を伸ばした。
手に持ったまま、不思議そうに俺の方を見ている。
さっき食べてなかったか?
タマの方を見ながらマフィンを齧る。
うん、癖になる触感。
こんな料理食べたことない。
「どうした、食べないのか? 美味しいぞ」
「うーん? おいしいモジャ?」
「うん。いらないなら俺が食べるから置いといてくれ」
「タマが食べる! ――う」
マフィンを口に放り込んだタマの姿が消えた。
窓越しに外に瞬間移動したようだ。
そんなに急いでどこへ行くのか。
「よし、それじゃあ準備再開だ。何をしたらいい?」
「では買い出しをお願いします」
「分かった」
今回は、パーティーに参加するみんなが材料を持ち寄ってくれる。
だけど何を持ってくるか、一部は不明だ。
だからある程度はこっちで用意しておくようだ。
ミルキーに頼まれたのはお肉と野菜。
後はバーベキューだから薪か炭。
炭と言った時に、何故かパシオンが嫌そうな顔をしていた。
「それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
「私も城へ戻って何か持ってくるとしよう。ノーチェ、出せ」
「はっ」
パシオンはノーチェと共に別行動だ。
食材を提供してくれるらしい。
俺達が初めてこの村へ来たのと同じ魔法で城へ戻って行った。
「あ」
「あれ、どうしたんですか?」
家を出ると、伊達正宗と†紅の牙†が立っていた。
どうやら用事があって家の前まで来たが、気まずくてノック出来なかったらしい。
気持ちは分かる。
俺も少し気まずい。
「ほら、話があるんだろう」
「分かってる……! さっきは、すまなかった」
†紅の牙†に促されて伊達が一歩前に出た。
そして、頭を下げた。
普通にびっくりした。
もっと目の敵にされてるものだと思ってた。
面喰らっていると、ぽつぽつと話してくれた。
†紅の牙†に負けた後、懇々と説教をされたそうだ。
それで、反省したんだとか。
伊達が謝ったことも驚いたけど、†紅の牙†がまともになってることにも驚いた。
前は伊達側だったのに。
いつの間にそんな感じになったんだ。
「俺達は最強だからと、偉そうにし過ぎた。全てを変えるわけじゃないが、節度を持って高みを目指すことにする」
「はい、応援しています」
伊達のギルド≪三日月≫は、未開拓のマップを攻略し続けている。
得た情報は他のプレイヤーに積極的に流している。
地形や、生息するモンスターの行動パターンや弱点部位、属性等、初心者にはとても有難いものだ。
俺は好きに楽しく暮らしてるだけだ。
だけど、伊達は人の役に立っている。
迷惑を被らなければその生き様を俺は尊敬する。
是非これからも頑張ってほしい。
「お詫びと言ってはなんだが、何か知りたい情報はないか? 欲しい素材や、経験値効率の良い場所、何でも良い。知っていることなら教えるぞ」
「そうだなぁ……畑に植えられそうなものが欲しいんだけど、何かない?」
「畑か、そうだな……」
伊達は考え込んでいる。
考えるってことは、畑に植えられそうなものにいくつか心当たりがあるようだ。
さすがトッププレイヤー。
「果物なんかはどうだ?」
「いいですね。是非教えてください」
港町から沖へ出た先にある島の情報をくれた。
そこでは、果物が沢山ドロップするらしい。
それを植えることが出来れば畑の一部が果樹園に出来る。
楽しみだ。
よし、落ち着いたら港町へ向かおう。
しかし、伊達は気になる台詞を付け足した。
「その島に出現するモンスターはもれなくキモい。心の準備だけはしっかりしておけ」




