117 誤解と覚悟
(祝)ブックマーク3000件突破!
本日一回目の更新です
「シエルさん、すみません」
「なんでしょう?」
「プロポーズでネックレスを贈るのは、貴族の間だけの慣習なんでしょうか?」
「この国ではほとんどの地域がそうだったと思いますが……。そういえばナガマサさんもネックレスを贈られたんですよね?」
プロポーズを申し込む時には相手の髪の色と同じか、近い色の石をあしらったネックレスを贈る。
その風習が貴族の間だけに伝わるものだったら、謝り倒せば許してもらえたかもしれない。
だけど、誰でも知ってるレベルの常識のようだ。
これは知らなかったじゃ済まないかもしれない……。
「あ、あははははは、このお肉美味しいですね」
「あ、はい、それは西の草原で採れたグラスシープのお肉で、身体を覆う草の緑色が深い程――」
メッセージが届いた。
ただでさえ珍しいのにこんなタイミングで何の用だろう。
シエルの振った話題を誤魔化して、お肉を食べながら開いてみる。
味があまりしない。
差出人はモグラだった。
『そういえば、この世界では相手の髪の色と同じ色の石を使ったネックレスをプレゼントするのはプロポーズになるんだってさ。ゴロウちゃんにネックレスの作成頼んでたのを思い出したから気になって。
黄色か金髪の女の子だと、勘違いされちゃうかもしれないから気を付けてね。』
なんてタイミングだ。どこかで見てないか?
これがもうちょっと早ければ間に合ったかもしれないが、完全に自業自得だ。教えてくれただけ有難い話だな。
後で返信しよう。今はそっと閉じておく。
食事を終えて、俺達はホワイト家の屋敷を出た。
シエルは何かを察してくれたのか、以後ネックレスの話題に触れることは無かった。
有難い。
ミルキーには事情を話さないといけないが、心の準備をしてからだ。あのまま不意討ちのような形で事情を説明しても、うまく伝えられる自信が無い。
しばらく露店を眺めて、中央の噴水までやってきたところで切り出すことにした。
変な誤解を生まないように、しっかりはっきりを心がけるんだ。
「ミルキー、実はちょっと相談したいことが」
「どうしました突然?」
「さっきシエルが、この国のプロポーズのこと話してたよね」
「はい。素敵なお話でしたね」
「俺がミゼル王女に、お誕生日のプレゼントを贈ろうと思ってるって話を昨日したよね」
「え? はい」
ふぅ、準備は整った。
ミルキーは突然の話題の転換で不思議そうな顔をしてるが気にしない。
がっつり繋がってるからな。
「それで黄色い石を使ったネックレスを、今朝渡してきたんだ」
「え……?」
「……」
「それって、ミゼル王女にプロポーズをしたということですか?」
「――形としてはそうなってしまう、みたい」
事実を口にする。
ミルキーが戸惑ったように問いかけてきた。これも肯定するしかない。
俺は知らなかったけど、事実だけを見ればプロポーズをした以外にない。困ったことに。
黙って見ていると、段々ミルキーが悲しそうな顔になって――あれ、どうしたんだろう。
なんでそんな泣きそうな顔に――!?
「そ、それは、やっぱり私みたいな打算的な女よりも、ミゼル様みたいな可愛らしい子の方が良いということですか……!?」
「えっ」
「えっ」
「ちょ、ちょっと待って」
「しゅらばらばんばん?」
「タマもちょっと大人しくしてて」
「はーい!」
何か勘違いさせてしまっている気がする。
風習のことを知らずに、無自覚でプロポーズしちゃったって伝えただけの筈なのに。
……俺はさっき何て言った?
自分の発言を思い返してみる。
今朝ミゼルに黄色い石のネックレスを渡してきたんだ。プロポーズかって? そうなるね。
……堂々と二股掛けてるチャラ男みたいに聞こえる!?
違う、そうじゃない!
悲しそうな目で見つめるミルキーに謝り倒して、なんとか誤解を解いた。
自分のコミュニケーション能力の低さが悲しい。なんというか言葉って難しい。
「他の女の子に興味が移ったから私を捨てる、というお話かと思いました……」
「そんなことしないから!」
「それなら良かったです。短時間で強くなりすぎて逆に不安になっちゃったので、今更放り出されても困りますから」
「あはは、ミルキーがいいなら責任は持つよ」
「ナガマサさんほど安泰な人は他にいないと思うので、お世話になります」
俺とミルキーは交際している。多分。
結婚の方が近いんだろうか。
俺といれば安心だということらしいが、俺はそれでも構わないと思った。
正義感が強くて良い子だし、美人だ。
アルシエにも言ったけど、理由がどうあれ自分のことを気に入ってくれてるならそれでいい。
で、ミルキーがいるにも関わらず、ミゼルにプロポーズをしてしまったらしいのが問題だ。
今朝の反応を見る限り特に返事をされたわけでもないし、そんなに意識してないような気もするが……そういえばパシオンがネックレスに反応してたな。
ネックレスを持ったまま走り出したり、怒鳴ったりしてたのはそういうことか。
じゃあなんでメイドさんはパシオンを止めたんだ? 謎だ。
ミゼルがその風習のことを知ってるかどうかは、分からないな。
「まったくもう、って気持ちはありますけど私は構いませんよ。私自身ナガマサさんの側に居れば将来安泰、っていう打算的な部分もありますから。あとこの世界にそういう法律も多分ないと思いますし、楽しければいいんじゃないですか?」
「うーん……」
そう言ってくれるのは有難いけど、うーん。
やっぱり素直に謝ろう。今回はパシオンくらいしか知らない筈だし、誤解だったと分かればむしろ喜ぶはずだ。
ミルキーの時みたいに返事をもらった訳でもないし、ミゼルに恥をかかせることにはならないだろう。
「ミルキー、これからミゼルに謝って来ようと思うんだけど良いかな?」
「分かりました、いってらっしゃい」
「ありがとう。終わったら連絡するから、悪いけど時間潰して待ってて」
「分かりました。適当なお店にでも入ってお茶してますね」
タマと共に城へ向かった。
プロポーズになるとは知らなかったと、そう伝えて謝るだけだ。
そんなに難しい話じゃない。多分。




