1 5-5 15-0 ひなちゃんも女の子
この世界線に、フェリスはなかった!
桜木町を過ぎて、電車内には学生服の姿をした乗客の方が目立ってきました。
それも、女学生の方が多いと感じますね。
「それにしても、最近ちょくちょくと通学途中で顔を合わせる気がするね」
「えへへ、たまちゃんがこの磯子行きに乗っているのを知ったから、ひなたも出来るだけこれに乗ることにしたんだよ」
なるほどね。そういう訳でしたか。ひなちゃんってば、いじらしいではありませんか。
知らない人たちに囲まれて、無言で通学をするよりも、横浜~石川町間という短い距離の僅かな時間とはいえ、知っている人とお喋りをしながら通学ができる方が、精神衛生上でも良さそうな感じがしますしね!
「ひなちゃんはゴールデンウイークに県大会があったんでしょ? 結果はどうだったの?」
「たまちゃん、よくぞ聞いて下さいました! 初戦突破出来たんだよー!」
聞いて欲しそうな顔をしていたから、話を振ってみたんだけど、満面の笑みで答えが返ってきました。
くー、なにこのキラキラと輝いた瞳の可愛い小動物は!
いかん、鼻血が出そうになってしまったぞ。
「おおっ! それは良かったじゃん! おめでとう!」
「えへへ、ありがとう。でも、二回戦で負けちゃったんだけどね」
うん、まあ、それはドンマイ。
「でも、一回は勝てたんだから、ひなちゃんも着実に進化しているんだよ」
「亀のような歩みの気もするけどねー」
「それでも、進歩は進歩だと思うよ」
「まあねー」
8時03分、電車は定刻通りに石川町駅に到着しました。
私たちは最後尾の車両の、さらに一番端のドアから降りるのだから、必然的にホームを改札口へと歩く、人波の流れの最後尾を付いて行くことになります。
「そういえば、コメックスの夏物テニスウェアのカタログに、たまちゃんが載ってたね」
「ああ、アレもう出回っているのか」
たしか、ニュージーランドから帰国した後に撮影したんだっけ?
アパレル関係の撮影というのは、数ヶ月も前に撮影するのがデフォルトみたいなんですよね。
だから、撮影されている私にとってみれば、冬に夏物の服を着させられるのだから、季節感ぶち壊しでの撮影になるのだ。
水着の撮影なんかだったりしたら、真冬の浜辺での撮影になるのか?
一発で風邪をひきそうだな。
でも、それはありえないのか。
さすがに、冬に水着を撮影する場合は、ハワイやグアム、サイパンとか南の島で撮影するはずだもんね。
「たまちゃんがモデルって羨ましいよー」
「読者モデルに毛が生えた程度の気もするけどね」
女の子の大多数は、やはり一度はモデルとかをやってみたいと思っているのかな?
そう考えると、ひなちゃんもやっぱ女の子なんだなぁ。
私の場合は、コメックスとの契約に入っていたから、半分仕方なしにモデルをやっているだけだなんて言ったら、ひなちゃんに、「贅沢な悩みだ!」とかって、怒られそうだから、それは黙っておきましょう。
「でも、コメックスの公式なんだから凄いよ」
「日本でテニスをやっているジュニアの女子で、ちょっと有名だから起用されたんだと思うよ」
石川町駅の元町口を出て、左に曲がります。横浜女子商と共栄女子の子たちは、右へと向かいますので、ここでお別れになります。
山手女学院の生徒と一緒に歩いて行くのは、紅蘭女学院のみなさんです。
でも、紅蘭って、みなとみらい線の元町・中華街駅の方が近くないかい?
あー、でも、根岸線の磯子やなんとか台の方から通学してくる子は、必然的にJRになるのか。
「たまちゃんは日本のジュニアで、ナンバーワンの選手だからね」
「ランキング的には、日本人ジュニア女子でも私の上に四人いるけどね」
「里田先輩もそのうちの一人だったね。そういえば、たまちゃんよりは少ないけど、里田先輩も何枚かカタログに載ってたなぁ」
優梨愛ちゃんも可愛いから、絵になるよね。
でも、私たちのモデルというのは、ファッション誌のモデルではなくて、あくまでもテニス関連のモデルなんだよね。
テニス少女の中では可愛くても、本職のモデルさんの綺麗どころの子と比べられてしまったら、さすがに見劣りしてしまうもんね。
「ひなちゃんも可愛いから、モデルになれる気がするけどなぁ」
「ひなたはチンチクリンで小さいから無理だよ」
その小さいのが良いという層も、一定以上の数でいるはずなんだけどね。
それにしても、石川町駅で下車する学生は女の子ばかりですね。山女に紅蘭と、横浜女子商に共栄女子と、全部私立の女子中高一貫校ばかりだったよ。
これだけ女子中高生の比率が高いと、逆に痴漢も恐れをなして痴漢が出来ないのかも知れませんね。もっとも、これは根岸線に限っての話にはなると思うけど。
ちなみに、山女以外は全部ミッション系の女学校になります。
きっと幕末から明治の初めに掛けて、この辺りが外国人の居留地だった影響なんでしょうね。山手地区は教会とかもやたらと多いですしね。
てくてくとリセンヌ小路を東へと歩いて行きます。リセンヌ小路なんて、小洒落た名前を付けてますけど、名前の由来は知りませんし、ただの路地です。
でも、駅を出たらいきなり、やっと車が一台通れるか通れないかの、細い路地というのもある意味で凄い気がする。
もう一本向こうの堀川沿いの筋、元町の商店街に続いてる道は、同じく狭い路地ではあるんだけど、ちゃんと歩道もあって本当に小洒落ているんですけどね。
しかし、そっちの筋は遠回りになるから、朝はリセンヌ小路を歩くのです。帰りは、その時の気分によって、駅までの道のりを変えたりもするのですが。
「でも、ジュニアアイドルとかって、ひなちゃんには似合うと思うよ」
「たまちゃん…… 言ってはならないことを言いましたね?」
なんだろう? ひなちゃんの瞳からハイライトが消えたような、不穏な気配が漂ってきたのですけど?
「き、禁句だったの…かな?」
「今度ソレを言ったら、友達やめるからね!」
「いえすまむ! 肝に銘じます!」
なんか、ひなちゃんのトラウマにでも触ってしまったみたいでしたね。
ひなちゃんに絶交なんてされたくはないですから、この話は封印してしまいましょう。
元町五丁目東の交差点で信号に引っ掛かってしまいました。左に顔を向けると、堀川の上を高架で通っている首都高速の神奈川狩場線が見えます。
石川町駅って駅の下を堀川が通っていて、上を高速道路が通っているんですよね。川と高速にサンドイッチされてるだなんて、なんか不思議な感じがする駅だと思いました。
堀川なのに石川…… 堀川なのにお城なんて何処にもなかった!
まあ、明治の頃には運河として使われていたのかも知れません。
元町五丁目東の交差点を渡ったら、直ぐに右の路地に入ります。リセンヌ小路よりも更に狭くて細い住宅街の路地ですね。
道なりに左に曲がって一本目の曲がり角を右に曲がって…… 初めてこの路地を歩いた時には、行き止まりになるかと思ったよ。
「この階段を、あと五年近くは登らなければならないのかぁ」
「あはは、でも、これもテニスの練習だと思ったらいいんだよ」
まさか、こんな所に階段があるだなんて思いもしなかったからなぁ。
この百段階段を、通称、山女坂を途中まで登ったら、山手女学院の裏口に辿り着くことができます。
「そっか、ポジティブに捉えればいいのか」
「そうそう、その意気だよ」
「さすがにテニスの女王である、たまちゃんの言うことは一般人とは一味違うね」
テニスの女王だなんてよせやい、照れるじゃないか。
「そうかな? あまり自覚はないかなぁ」
紅蘭の生徒たちは、さらに丘の頂上を目指して、ひいこらひいこらと階段を登って行きます。毎日ご苦労様です。
百段階段とは言っても、本当は百数十段あるみたいですけど、私たち山女の生徒は丘の頂上まで普段は登りませんので、紅蘭の子にでも聞いてみて下さい。
でも、この階段を毎日登っていたら、結構足腰は鍛えられそうな気がしますね。
それと、階段を登り切ってから、300メートルほど南にちょこちょこっと行けば、日本のテニス発祥の地である山手公園に辿り着きます。
まあ、私も山手公園には、数えるほどしか行ったことはないのですがね!
だいぶ前の感想に百段階段の話が書いてありましたので、ネタとして使ってみましたw
feteさん、ありがとうございました。m(_ _)m




