1 4-5 30-30 サンタクロースなんとか
「そういえば、柏は惜しかったね」
「さすがは、世界ランキングで元トップ100位以内だった実力だと、最後に思い知らされたよ」
優梨愛ちゃんは、今週に千葉県の柏で開催している25K大会で、見事に予選を突破して本戦に進むことができたのです。
まあ、本戦では初戦でシード選手に逆転で負けてしまったのですけどね。
しかし、フルセットのタイブレークまで縺れさせるまで、シード選手を苦しめたのは大したものだと思います。
最後に勝敗を分けたのは、経験の差でしょうか?
でも、着実にステップアップしているようで、なによりだと思います。
これで優梨愛ちゃんは、横浜、西多摩(日の出)に続いての、ITFプロサーキットでの予選通過であります。甲府は予選落ちしたけど。
横浜の25Kで2P、西多摩の15Kで1P、そして今回の柏の25Kでも2Pを獲得したので、優梨愛ちゃんはプロサーキットの方でも、ランキングに載ることができました。
ポイントを得たとしても、二大会まではノーランキング扱いなのだ。
日の出は15K大会だからなのか、25K大会に比べて出場する選手の実力が一枚落ちたこともあって、優梨愛ちゃんはR16まで進出して、ちゃっかり1ポイントをげっちゅしていたのですよね。
……私がスペインへ遠征に行っている間に、ちゃっかりと。
だから、優梨愛ちゃんは、ITF/WTAのツアーランキングで、1152位タイというランキングに入ることができたのです。
つまり、優梨愛ちゃんは、暫定だけど世界で1152番目には、テニスが強いということであります。たぶん。
「マッチポイントを二回握ったんだよね?」
「それで勝てると思って油断したつもりはなかったんだけど、粘られてしまったよ」
「落ちぶれても、元世界ランキング100位以内の選手だったということだよ」
腐っても鯛というヤツなのでしょう。
「まあ、そういうことなんだろうなぁ。でも、勝って二回戦まで進んでいたら入学式とダブっていたんだよね」
今日は金曜日になります。優梨愛ちゃんは昨日の木曜日に、高等部の入学式がありました。
高等部も中等部も新二三年生は、今日が始業式になるので、私は今日からの登校になります。
ちなみに、山手女学院では、土曜日も午前中は授業があります。なんでかしら、土曜日だけ三時限授業なんだけどね。
でも、四時限目には、腹ペコ大魔神になってしまう私にとっては、土曜日が三時限授業で助かったよ。
「じゃあ、初戦で負けて良かったと?」
「うーん、微妙だなぁ」
「それじゃあ、R16と入学式では、どっちを選ぶ?」
「勝っていたとしても、たぶん、入学式を選んでいたかな?」
「え、そうなの?」
勝利に貪欲のはずである優梨愛ちゃんにしては、その発言は少し意外な感じがしますね。
「だって、高等部の入学式は一生に一度じゃない?」
「ああ、なるほどね」
一生に一度の出来事は、大切な思い出になるもんね。
人生の思い出は、お金には換えられない価値がある。プライスレスということですね!
私ならば、どちらを選ぶのかな?
私でも、テニスの試合よりも、重要な行事の場合は思い出として、参加する方を選ぶ気がしますね。
まあ、三学期の終業式は、スペインへ遠征に行っていて出席しなかったけどさ。
でも、それはそれということで。
それに比べて、プロサーキットの25K大会は毎週、世界中のそこかしこで開催されているのだ。
25K大会は年間、世界の何処かで百回以上、下手をしたら二百回近くは開催されているのだから、チャンスはいつでもあるということなのかも知れませんね。
25K大会以外にも、15Kから100Kまで数多くの大会が開催されているともいうのだけどね。
それで、優梨愛ちゃんが二回戦に勝ち上がっていたら、入学式に出るために試合を欠場する場合は、W.O、ウォークオーバー扱いになります。
このW.Oは、選手が怪我をしたとか体調不良や風邪を引いたとか急用が入ったとかで、次の試合に出場が出来なくなった場合に、結構頻繁に使われているのです。
トッププロになると、翌週の大きな大会に備えるために、今週の大会を勝ち上がっていたとしても、試合の前日に棄権する場合もあるくらいなのだ。
怪我や体調不良の場合は、勝ち上がる前の試合途中で、リタイアすることの方が多いとは思いますけど。
スペイン、ビリェナの大会での、私がそうでしたしね。
「だから、今日の夕方から大阪に行ってくるよ」
おい、話が脈絡なく飛んだな。
言語障害なのか? 会話障害なのか?
優梨愛ちゃんが言う大阪とは、ITFプロサーキットの25K大会のことです。
優梨愛ちゃん語検定一級の資格保持者である私が翻訳するところによりますと、
『入学式があったから、あえて柏では一回戦で負けてあげたけど、その分、大阪でポイントを稼ぐよ!』
こうなるのであります。
これで、ほぼ合っているでしょう。
「高等部に入学して早々に欠席するだなんて、優梨愛ちゃんは不良娘だね」
「不良娘とか言うなし」
テニスの大会、特にプロサーキットの大会の場合では、日曜日に決勝戦が行われることが多いのです。全体の八割は日曜日がファイナルだと言っても過言ではありません。
大抵の場合では、火曜or水曜R32 → 木曜R16 → 金曜QF → 土曜SF → 日曜Fといった感じで、大会のスケジュールは進行しているのです。
土曜日や金曜日が決勝の大会もありますけど、プロサーキットでは、それは少数派ですね。
ジュニアサーキットの場合では、もう少しばらけますけど、それでもやはり、土曜日か日曜日に決勝が行われることが多いのです。
「大阪に行って、それから中一週でコートダジュールかぁ」
「全仏オープンジュニアまで、残り二ヶ月を切ったから順調に仕上げないとね」
順調に仕上げるには、ちょっと過密日程のような気もしますけどね。
でも、経験こそが財産の年代なのだから、試合数をこなすことは、優梨愛ちゃんの糧になるはずではあるけど。
それに、四週連続での大会は回避されたのだから、多少は余裕を持ってミラノのGA大会と、全仏オープンジュニアに挑めると思います。
「私は予定が狂っちゃったから、五月の半ば頃にオーストリアで復帰の予定だよ」
それまでには、私も身体を元に戻さなくてはいけません。
でも、四月中には、手術前よりもプラスアルファの身体に仕上げてみせますとも!
「インターナショナルスプリングボウルだっけ?」
「うん、それだよ。ウィーンの近郊で開催されるG2大会のヤツ」
「フィレンツェとピサの斜塔の中間くらいにある、サンタクロースなんとかって街でやるG1には出ないの?」
その大会は、優梨愛ちゃん達がコートダジュールに出る代わりにキャンセルにした大会でしたね。
ちょうど、ミラノのGA大会の前週に開催されるG1大会のことです。
「サンタクローチェスッラルノだね。その大会には出ないよ」
「そうそれ、それには出ないんだ」
「ウィーンの翌週には、ブダペストのG2に出る予定にしているから、サンタクローチェからだと、交通の便がどうしても不便になるしね」
サンタクローチェスッラルノからだと、ピサかフィレンツェに一旦出て、そこから鉄道や飛行機を乗り継いでブダペストに入ることになるから、移動だけで一日仕事となってしまい面倒なのである。
それに比べて、ウィーンからだとブダペストまでは、鉄道で三時間も掛からないで行けちゃうのですよ。
翌週の大会の開催地も考慮して、今週の大会の場所を選ぶのもサーキットを回る上では、とても大切なことなのです。
連続して出場する場合は、特にですね。
「それじゃあ、ミラノのイタリアインターナショナルジュニア選手権も出ないってことなの?」
「それには、優梨愛ちゃんと萌香ちゃんが出場するから、私はドサ廻りなんだよ」
ウィーンのG2大会とサンタクローチェのG1大会が同じ週に開催されて、翌週には、ブダペストのG2大会とミラノのGA大会が同じ週に開催されるのです。
「GA大会なのに、出ないのはもったいない気がするけどなぁ」
「ママが決めたことだから」
もったいなくても、私に決定権はなかったのでした。
ママが、「環希はウィーンとブダペストね」とか言って、勝手に決めてしまったんだよぉぉ!
ジュニアグランドスラム以外では、私と優梨愛ちゃん達二人の試合を、とことんバッティングしないようにするつもりみたいですね。
「環希も母親である庭野コーチには逆らえないってことか」
「我が家の大蔵大臣には逆らえません」
「あたしも遠征費を出してもらっているから、コーチには逆らえなかったよ」
そうだよね。世の中、財布を握っている人が一番強いんだよ。たぶんだけど。
「でも、私が出場しないことによって、優梨愛ちゃんにも優勝するチャンスが増えるんだから、喜ばなきゃ」
「まあ、それはそうなんだけどさぁ。なんか環希に逃げられたようで釈然としない」
「文句ならママに言ってくださいませ」
「さすがにそれは無理かな?」
「あはは、私も無理だから諦めよう」
「それにしても、サンタクローチェスッラルノなんて舌噛みそうな名前だわ。サンタクロースとは違うの?」
優梨愛ちゃん、サンタクローチェは、聖なる十字架でっせ。
「サンタクロースはイタリア語では、バッボナターレって言うらしいよ」
「へぇ~、環希って物知りなんだね」
まあ、これでも前世を含めたら、四十年以上生きていますからね。
多少は博識にもなるのです。
しかし、知識としては記憶にあるけど、最近それ以外の前世のことを忘れそうになるのですよ。
記憶の上書きというのか、脳の記憶分野の容量が不足してきたのかな?
それが良いことなのか悪いことなのか、いまいち判断が付きません。
でも、たぶん、今世を女性として生きる上では、良いことなのでしょうね。




