1 3-3 40-30 お主も悪よのぉ
「ダブルスとはいえ、ファイナル進出とか凄いじゃん!」
メルボルンにいる優梨愛ちゃんと、電話でおしゃべりをしています。優梨愛ちゃんと萌香ちゃんのペアは、なんとビックリ! 全豪オープンジュニアのダブルスで、決勝まで勝ち進んでしまったのです!
南半球は夏だけど、雪が降りそうな珍事…いや、失礼、大変喜ばしい慶事でしたね!
ダブルスで勝ち進んでしまったからなのか? その分、シングルスは、いまいちパッとしない成績で終わってしまったのですがね。
シングルスは、優梨愛ちゃんがR32で敗退して、萌香ちゃんがR16で敗退してしまいました。
日本人の女子選手というのは、どうやらダブルスの方が適性が高い気がしますね。
もっとも、日本人がダブルスでの成績が良いのは、外国の選手があまり本気で、ダブルスに取り組んでいないだけなのかも知れませんけど。
それでも今回のシングルスは、自分のランキングよりは上位の成績を残しているので、善戦した部類には入るのでしょう。
しかしこれで、ダブルスのポイントが増えるのだから、ランキングも少し上がりそうですね。
上手くすれば優梨愛ちゃんも、全仏オープンジュニアでは、本戦にダイレクトインできる順位まで行けるかも知れません。
『準決勝はポーチが面白いように決まったから、上手く嵌まったという感じだね』
「決勝では、そうはいかないと?」
『相手も対策はしてくるだろうからねー』
まあ、相手も馬鹿じゃないんだし、それはある意味で当然だったか。決勝まで進出してくる相手が無策なわけがないわな。
『当然ながら環希も、決勝には進出したんでしょ?』
「もちろん! なんといっても私だから、当然の結果だよね!」
『あー、はいはい。その傲慢で天狗になった鼻を、誰かにへし折ってもらいたいわ』
「あはは、他力本願なの?」
それにしても、ジュニアで私の鼻をへし折れる選手って何人ぐらいいるのかな?
試合のダイジェスト映像をネットとかを見る限りでは、ランキングトップの四、五人ぐらいの選手は、手強そうな相手の気がしますね。
『あたしと対戦する前に、アンタが負けるかも知れないってことだよ』
「優梨愛ちゃんでは、私には勝てないから他人に頼るんだー」
『いや? だって実際問題、環希のランキングが低いし、出られる大会のグレードが違うから、しばらくは、あたしと対戦できないでしょ?』
「ランキングは低くても、私の方が強いもん」
痛い所を突いてきやがったな。でも、半年もしないうちに同じ大会に出られるようになるはずだよ?
シニアのツアーと違って、ジュニアサーキットはグレードが高い大会でも、ランキングが上位の選手の出場が少ない大会も結構多いのですよね。
そう、大阪で開催されるスーパージュニアとかが、良い例でしょう。グレードAの大会なのに、ランキング上位の選手の参加がスカスカだったので、本戦のダイレクトインが600位ぐらいまでとかいう有り様だったりしたのだから。
これって、G3大会か、良くてもG2大会の面子だよなぁ。そのうちスーパージュニアは、グレードの格下げを食らわないか心配になってくるぞ。
『でも、あたしの方がランキングは圧倒的に上なんですけど?』
「むむむ……」
『早く這い上がって来なさい、暫定で1000位以下の雑魚さん♪』
雑魚とは失礼な、雑魚とは! 私に一度も勝ったことがない優梨愛のクセして、生意気だぞ。
それに、1000位以下でもない。現時点の暫定で950位ぐらいなんだから!
「全仏までには追い付いてやるんだから!」
『それまでの短い間だけでも、環希よりも上位者という優越感に浸りたいんだよ』
なるほど。優梨愛ちゃんは、私にいずれ追い抜かれるから、自分のランキングは暫定だと割り切っているのですね。
そう考えると、謙虚でいじらしくも思えてきちゃいますね。
「し、仕方ないなー。しばらくの間は、優梨愛さまって呼んであげるよ」
『いや、それは気持ち悪いからマジでやめて』
「じゃあ、優梨愛お嬢さまで」
『いや、それも勘弁して欲しいかな?』
おんや? こっちのトーンは若干弱くなりましたね? ということは、優梨愛ちゃんは案外、お嬢さまと呼ばれるのは嫌じゃないということですね。
女の子はみんな一度は、お嬢さまに憧れる気がしますし、優梨愛ちゃんが憧れていたとしても、べつに不思議なことではないですよね。
「あはは、じゃあそろそろ切るよ。優梨愛ちゃんもダブルスの決勝を頑張ってね!」
うん。日本に帰ったら、またお嬢さまごっこで優梨愛ちゃんと遊ぼう。
『厳しいとは思うけど、ベストは尽くすよ。あ、萌香さんが代わりたいだって』
※※※※※※
「たまきちゃんやっほー! 萌香お姉ちゃんだよー!
もしもし? ……あれ? おーい! もしもーし!
……切れてるじゃん!」
「もしかして萌香さんって、環希に嫌われてます?」
「そ、そんなー! わたし明日にでもニュージーランドに行って、たまきちゃんに問いただしてくる! いや、今から空港に行って夜遅くの便にでも乗る!」
「うそうそ、冗談ですよ!」
「……冗談? 本当に?」
「それに、今からウェリントンに飛ぶ飛行機なんてありませんよ」
「じゃあ、明日の朝一番の便で飛ぶ!」
「明日は決勝があるのだから、萌香さんにニュージーランドにでも行かれたら、ペアを組んでいるあたしが困りますので勘弁して下さい! ウォークオーバーは嫌ですよ」
「そういえば、明日は決勝があったんだっけ」
「環希は人の話を聞かないから、勝手に会話が終わったと判断して、切ったみたいですね」
「確かにあの子は、人の話を聞き流す悪いクセがあるよねー」
「そのくせラインやメールとかは、あまり使いたがらないですし」
「でも、たまきちゃんって、動画やツイッターは好きだよね?」
「動画のアップは、コーチや麻生さんがやってますし、あの子の場合は、つぶやくのも死語のなうを付けて、一方的につぶやくだけですよ」
「そういえばそうかも知れない。どこそこの駅や空港に到着したやら、食べ物の写真アップしたりばかりだったかも。つまり、一方通行に発信するのは好きということだね」
「きっと、返信をしないでいいから楽なんでしょうね」
「たまきちゃんは、自分の領域を侵されるのが嫌なのかな?」
「なんか前に、サンクチュアリとか言ってましたよ……」
「聖域? 難儀な性格だー」
「だから、環希は友達が少ないんです」
「ラインやメールに返信しないと、友達付き合い悪い人って認定されちゃうもんねー」
「その件に関しては、本人はあまり気にしてないみたいですけど、そのくせ意外と寂しがりやなんですよねぇ」
「ますます難儀な性格だー」
「だから、環希は友達が、かなり少ないんですよ」
「わたし達だけでも、友達でいてあげないと、たまきちゃんの友達がいなくなっちゃうよ!」
「まあ、ここまでくれば、半分以上は腐れ縁みたいなモノですし、付き合いは続くのでしょうね」
「それに、コーチが庭野さんだしね」
「あたし達にも、メリットは充分ありますよね」
「越後屋、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、お代官さまこそ」
※※※※※※
やってきました、ウェリントンG4大会、決勝!
決勝を戦う相手は…… 日本人でした。此処ってニュージーランドだよね?
それに、あの対戦相手の人って、私の記憶が確かなら、昨年の全日本ジュニアで私が負かした相手の一人だよなぁ。
ニュージーランドに来てまで、全日本ジュニアの再戦とかないわー。
私はもっと金髪のお姉ちゃんと、キャッキャウフフと戯れたかったんだよぉぉ!
異国情緒もクソもありゃしない!
でもまあ、G4大会で日本人ジュニア選手の出場が全体の三割を占める大会では、決勝の相手が日本人ということもありえるのでしょう。
それにもう既に、決勝までの五試合のうち、二試合は日本人が対戦相手だったし、いまさら感は拭えなかったよ。
でも、ニュージーランドでの大会なのに、地元のニュージーランド人との対戦が、たったの一試合だけだったなんて、異国情緒もクソもありゃしない!
こうなったら、この行き場のないやるせなさを、対戦相手にぶつけるしかない!




