1 3-3 15-15 ひなちゃん!
横浜と桜木町で半分以上の乗客が降りて、車内の混雑もだいぶ緩和されました。運が良ければ座れたりも…しなかった! 最後尾の一番端は座席がなかったよ!
まあ、あと二駅なのだから、べつに座れなくても構わないのだけどね。
電車内を見渡すと学生の姿の方が多くなった感じがしますね。山手女学院の制服を着た生徒もチラホラと目に付きます。今まで混雑していたから、人混みに紛れていて気が付きませんでした。
まあこれも、毎朝の光景なのですが。
8時03分、定刻通りに石川町駅に到着。
私は、23分しか電車に乗らないから、通勤通学ラッシュもまだ耐えれるけど、毎日一時間以上も乗っている人は、さぞかし大変なんだろうなぁとか思ってもみたりして。
「たまちゃんおはよー」
おんや? ひなちゃんも今日は私と一緒の電車だったのね。いつもは遅刻ギリギリで学校に到着するのに、珍しいこともあるもんだ。雪でも降るのかな?
「ひなたお嬢さま、ごきげんよう」
「たまちゃんは相変わらず、ごきげんよう好きだねー」
だって、私がふざけて、ごきげんよう言わないと誰も言わないやんけー。
ひなちゃんとは、米原ひなたといって、私と同級生の中学一年生でクラスも私と一緒なのだ。だから、クラスの中では良くおしゃべりをする仲だし、友達といってもいいのかな?
私はひなちゃんを勝手に友達認定をしているけど、もし違ったら泣くぞ。
それで、ひなちゃんの家は、二俣川が自宅の最寄り駅とか言ってましたね。山手女学院に通学する時は、相鉄に乗って横浜で乗り換えになります。
ところで、二俣川ってなに区? 旭区?
一度だけ、ひなちゃんの家にも遊びに行ったことがあるけど、なに区かまでは忘れてしまったよ。
ひなちゃんも私の家には、四、五回ほど顔を出したことがあります。
私の家を見て、ひなちゃんに、「ブルジョアめ!」とか言われてしまったけど、知らんがな。
敷地面積は広いけど、私の家は水没危険地帯なんだぞ。
「あはは、ひなちゃんおはよーちゃん♪」
「はい、おはよーちゃん」
ひなちゃんとは、もう既にお互いの家にも遊びに行ったことがあるのだから、これはもう友達といっても過言ではないよね!
もし違ったら、泣いてやるんだから。
「里田先輩もおはようございます」
「はい、おはようさん」
私と同じ制服の人の波の最後尾を付いて行き、元町口から駅を出ます。そこから徒歩6~7分で、山手女学院に到着します。毎朝、だいたい8時15分ぐらいですね。
ちなみに、石川町駅には、括弧で元町・中華街駅という副駅名があります。駅名に( )が付くなんて、大変珍しい気がしますね。博多でさえ、博多(福岡)とか付いてなかったはずですよね?
おそらくは、みなとみらい線の元町・中華街駅に対抗して、副駅名を付けたのでしょうね。もしかしたら、メインターゲットは外国人観光客なのかも知れません。
「ひなちゃんはちっこいから、通学が大変そうだね。相鉄って混むんでしょ?」
「ちっこい言うなし。それに、混雑はそうでもないよ」
ひなちゃんは、身長が140cmあるかないかのチビッ子なのだ。
でも、この一年近くの間に少しは伸びて、現在は、142か143cmぐらいには成長しているのかな? あまり変わらない気もするけど、それは言わないでおこう。
「あまり混まないの?」
「うん、新横浜を通って東横線に行くのが開通してからは、浜方面の混雑はマシになったって、お父さんが言ってた」
「へー、そうなんだぁ」
なるほど。東京の都心に向かうには、いままでは横浜駅で乗り換えをしていたけど、相鉄と東急の直通運転が始まってからは、人の流れが変わったということでしたか。
横浜線も新横浜で大勢降りるもんね。新幹線に乗り換える人よりも、東急に乗り換える人の方が多いのかも知れませんね。
「そういえば、たまちゃんって、近いうちに海外遠征に行くの?」
「うん、再来週からニュージーランドに行ってくるよん♪」
なんでこんな質問を、ひなちゃんが投げかけてくるかといいますと、彼女もテニスをしているのですよ。部活テニスの方だけどね。
それに、ひなちゃんは弱っちいのです。夏の新人戦でも、初戦敗退だったとか聞きましたね。
ひなちゃんの身長が低すぎるから、それは仕方がないことなのだとも言えるのかも知れないけど。
ひなちゃんがこれから成長するとしても、身長は150前半ぐらいまでしか、伸びそうにない気がしますしね。それでは、さすがに世界で戦うには厳しすぎる。
テニスというスポーツは、ある程度以上の身長がないと、トップレベルで活躍をするのが難しいスポーツなのだ。
だから、テニスが弱いし勝てないけど、努力し続けてテニスを続けているひなちゃんは、尊敬に値すると思います。
普通は、自分が弱くて試合に勝てなかったら、面白くも楽しくもないから、そのスポーツは諦めて、別の道に行く人が大半だと思いますので。だから、ひなちゃんは余程テニスが好きなんだろうなぁ。
恵まれた身長と環境で育った私には、ひなちゃんは眩しすぎる存在なんだよ。
私も見習わなければならない面があると思うから、ひなちゃんが好きだし尊敬もしているのです。
勝つばかりがテニスではない。
強いばかりがテニスではない。
負けたら当然悔しいけど、テニスは楽しんだ者の勝ちだ。
ひなちゃんから、そう教えてもらったような気がしますね。
しかし、現実は非常であって、努力したからといって必ずしも、その努力が報われるとは限らないのだ。
だが、成功したテニス選手というのは、皆、すべからく努力をしているのは確かなのである。
「ニュージーランドかぁ。いいなぁ」
「でも、遊びに行くわけではないんだよ」
「それは分かっているけど、羨ましいよぉ」
実力はともかく、お互いにテニスをしているテニス繋がりの縁もあってなのか、ひなちゃんとは仲が良いと思います。
まあ、全国レベルで活躍して、国内の公式戦は無敗で無敵の私に対する羨望、憧れも、半分は混じっているような感じもしますが。
私がプロになって、稼げるようになったら、ひなちゃんをスタッフの一員として雇おうかと、皮算用を弾いていたりもするのですよね。
しかしそれには、ちゃんとした英語を、ひなちゃんにも喋れるようになってもらわなければなりません。
最低でもTOEICで、800点以上は欲しいですね。
高等部に進級して進学コースに入ったら、山女だったら高校三年生までには、クリア可能な点数でしたね。
山手女学院は、英語には特に力を入れて教えているのですから。
「庭野お代官さまー、お土産よろしくお願いいたしますだぁ」
「ひなちゃんが、良い子でお留守番をしていたら、買ってきてあげる」
といいますか、ニュージーランドのお土産で有名なのって、何があるのでしょうか?
マオリ族の伝統工芸品? それとも、羊のセーター?
うーん、わからん。
「ひなたは、いつも良い子だよ!」
なに、この可愛い生き物は?
ウルウルと瞳を潤ませて上目遣いで見上げてくるだなんて。
チビッ子だから余計に迫力がありますよね? ひなちゃんってば恐ろしい子!
良い子というよりも、これは小動物系の可愛さがありますね!
思わずお持ち帰りしたくなる可愛さだよ。しかし、ここは悟られてはダメだ。
クールに軽くあしらった振りをしよう。
「はいはい、ひなちゃんはいい子いい子」
「むぅ、心がこもってないよー」
クールは失敗してしまった。
「それじゃあ、環希。あたしはここで」
おっと、いかん。ひなちゃんにかまけて、優梨愛ちゃんを放置していたよ。
「優梨愛お嬢さま、いってらっしゃいませ!」
「たまちゃん、それってメイドになってるよ?」
「うん、メイドだな」
「そ、そうだったかも……」
どうやら私には、お嬢さまとメイドの使い分けが出来てなかったようでした。
「庶民が無理して、お嬢さまごっこをするからだよ」
だって、お嬢さまごっこ楽しいんだもん。
「たまちゃん家は豪邸ですけどねー」
「テニスコートがあるから、敷地が広いだけだよ」
私の家それ自体は、少し大きい程度だと思いますよ?
まあ、お風呂は、ママの趣味でかなり大きめに作ってありますけど。
「じゃあ、また放課後にね」
「優梨愛ちゃんもテスト頑張ってねー」
「き、気が重いぜ……」
「あはは、テニスのようには行かないみたいだね」
これが、ごくありふれた私の日常の一コマ。
相鉄東急直通線が開通している近未来。




