1 2-3 40a-40 庭野家の朝の日常
「環希、朝だよー! 起きなさーい!」
「うーん…… あと五分……」
ガバッ!
「ほら、さっさと起きる!」
「ひえっ! さ、さぶいぃ~」
まだ、夜も明けきらぬ冬の朝、6時15分起床。というか、ママに布団を捲られて叩き起こされた。
このオバサン、なんで朝からこんなにテンションが高いのでしょうかね?
年寄りは朝が早いとかいうヤツですかね?
「あん? なんか言った?」
「い、いえ、ナニモ……」
相変わらず、ママの第六感は冴えすぎだと思います。
半分寝ぼけまなこで、洗面所に直行。トイレを済まし顔を洗って、冷たい水で目が覚め頭が覚醒してくる。
鏡を見ると、ややつり目がちで勝気な猫系の顔が鏡に映し出されている。
私はムニムニと笑顔を作ってみた。
「今日の私も美少女だね。うん、たまきちゃんは可愛い」
この顔にも長年親しんでいるのだから、どうやら愛着が湧いてきたらしい。
自分の部屋に戻ったら、ベッドが「我こそが部屋の主なり」と自己主張しているのが見て取れた。
うん、八畳間にセミダブルなのだから、その主張もあながち間違いではないわな。
ベッドに潜り込んで、二度寝したい誘惑に駆られるのを克己心でグッと堪える。
パジャマからジャージに着替えて、軽くストレッチをこなす。
時が経つのは早いもので、私は心身ともに中学一年生に成長しました。
むにむに……
うん、こっちのムニムニも揉めるぐらいには、無事に育ってきているらしい。
まあ、ママとお婆ちゃんを見ていると、まな板とか洗濯板にはならないみたいだから、一安心というところでしょうか?
大きすぎるのも、テニスをする上では邪魔になる気がするから、ほどほどでいいのですがね。
過去には、切除というのか、あえて胸を小さくする手術をした、トップ選手もいたりするのですよ。
さすがに、私にはその度胸も執念もありませんので、ほどほどでお願いします。
そうこうしている間に、ラジオ体操の時間だ。
ジャージの上からウインドブレーカーを重ね着して、部屋を出て階段を降りる。
「今日は一段と寒いねー」
庭に出て体操をするために、自宅の玄関を開けると、外の冷たい空気が入り込んくる。
今の季節は冬である。一瞬、ぶるるって身体が震え、吐く息も白くなります。
ラジオが奏でる曲に合わせて、身体を動かしていく。
この体操って、なにげに理に適っている気がしますね。
まあ、当時の学者さんや運動学の権威やら、お偉いさんが知恵を絞って創った体操なんだから、当然といえば当然でしたか。
体操が終わったら、今度はランニングの時間であります。
「ハッハッハッ」
「環希ちゃんおはよう。今日も精が出るね」
「おはようございます!」
近所のお年寄りと挨拶を交わしながら、自宅の周囲、約1kmのコースを三週する。
最初の一周は、軽く身体を解しながら、5分という遅めのスピードで。二週目は4分30秒を目安に、ややスピードを上げる。ラスト一周は4分を目安に走り、最後の200mを全力で走って身体に負荷を掛ける。
いやー、ラストスパートはキツイですわ。
クールダウンをしてから家に戻って、少し熱めのシャワーをサッと浴びる。
シャワーから出ると、時刻は七時ちょうどぐらいになります。
ダボダボのロングTシャツに、合成ウールみたいなちゃんちゃんこを羽織って、朝食を食べます。
隣に住む、お爺ちゃんとお婆ちゃんも一緒に食卓を囲みます。というか、ママとお婆ちゃんが共同で朝御飯を作ってるんだよね。だから、家にいる時は、ほぼ毎日一緒に食べるのです。
「いただきまーす!」
「いただきます」
今日の朝食は、ご飯、納豆はじゃこ入り、ハムエッグの目玉は二つ、トマトにキュウリとブロッコリーにレタスのサラダは、胡麻ドレッシングでいただきます。あと、ほうれん草の胡麻和えもあります。
それに、サイドメニューとして、胡瓜の浅漬けともずくが加わります。もずくには、きざみ生姜を載せてポン酢しょうゆを掛けます。あと、昨夜のブリ大根の残りで、大根の煮物があります。一晩経って味が良く滲みて、美味しくなってる感じがしますね。
最後に味噌汁は合わせ味噌で、豆腐とわかめに玉ねぎの味噌汁。こんな感じの朝御飯になります。
どの家庭でも見られるごくありふれた、オーソドックスな朝食でしょうか?
「環希、箸で小鉢を引き寄せるのは止めなさい」
「それは、お爺ちゃんも感心しないな」
「じゃあ、ママ、きゅうりの漬物とって」
「器用なんだか横着なんだか、まったく」
キュウリに胡瓜とダブルですね。我が家は、きゅうり好きの家系みたいです。私もキュウリは大好きですしね。ほぼ毎日、サラダか漬物でキュウリは出てきますので、食卓に胡瓜が上がらない日はほぼありません。
先祖は河童だったとしても不思議ではない気がするわ。
胡瓜の浅漬けも好きなんですけど、漬物でいったら、べったら漬けも好きですね。
あ、胡麻もダブルだったか。胡麻好きの祖先は誰なんだろ?
「お婆ちゃん、おかわり!」
「たまちゃん、普通でいいの?」
「大盛りでお願い!」
「たまちゃんは、朝からよく食べるわね~」
ご飯は朝から、やや大きめのお茶碗で二膳食べます。アスリートは身体が資本だからね!
といいますか、朝から運動して自然とお腹が減るのですよ。
「育ち盛りだからね」
「育ったら子供っぽさも治って欲しいわね」
「ママ、子供は社会を映す鏡なんだよ」
「はいはい、相変わらず口だけは達者なんだから」
基本的に、我が家の朝は和食が多いですね。休日には少し遅めの、アメリカン・ブレックファーストを食べたりもしますが。
それでも、朝は和食を食べたくなるのは、やっぱり日本人のDNAなのでしょうか?
「そういえば、今日ってテストなんでしょ?」
「うん、だから学校は半ドンだよ」
「半ドンって、環希は随分と古い言葉を知っているんだなぁ」
「お父さん、環希はちょっとアレだから特殊なのよ」
また、ママにアレ呼ばわりされたし。まあ、私が特殊なのは認めるけどさ。
「でも、三学期が始まって直ぐにテストだなんて珍しいわね」
「冬休みに宿題以外にも、ちゃんと復習をしていたか? それの確認でしょ」
一種の抜き打ちテストみたいなモノでしょうか? でも、事前にテストがあると予告しているから、これでは抜き打ちにはならないのか。まあ、どうでもいいや。
公立と違って、名門私立だから、こんなこともあるのでしょう。
「環希は大丈夫なの?」
「まあ、最低でも90点は取れるんじゃないかな?」
「環希は賢い孫娘で、お爺ちゃんも鼻が高いよ」
「賢いの前に小が付きそうだわ」
むぅ、ママは相変わらず口が減らないですね。
「たまちゃんお昼はどうするの? お家で食べるの?」
「うーん、家に帰ってくるのは一時を過ぎるし、お腹も減るから、駅の近くで軽くつまんでこようかな?」
朝をガッツリと食べる理由の一つには、学校のお昼の時間が遅いというのもあるのですよね。
四時限目が終わるのが、十二時半過ぎだから、お昼ご飯はその後になります。
一時間も前から空腹を覚え始めて、四時限目が終わる頃には、飢餓状態に陥っているのだ。
今日はテストで短縮だからといって、十二時を回ることには変わりはないから、余計に辛いのですよ。
「それだったら、お爺ちゃんがお小遣いをあげよう」
「ありがとー! お爺ちゃん大好き! プロになったら、一杯稼いでお爺ちゃん孝行してあげるから、長生きしてね!」
「環希がグランドスラムで優勝するまでは、お爺ちゃんは死なないよ」
「お父さん、そうやって環希を甘やかさないでちょうだい!」
でも、ママさんや。孫は目に入れても痛くないんやで。
「この浅漬け、ほどよく漬かっていて美味しいね」
「一夜漬けにしては、美味しいでしょ」
以前に比べて、味に深みが出ているような気がしますね。浅漬けの素を変えたのかな? それとも、お婆ちゃんが一手間を加えたのかも知れませんね。
それで、私は好き嫌いはほとんどありませんので、大抵の食べ物は美味しく頂けるのですけど、一つか二つだけ苦手な食べ物があります。
そう、セロリ! てめーだけはダメだ!
セロリは、この世の食べ物とは思えない不味さだ。
セロリのスティックならば、まだ食べたい人は食べればいいと思うよ。
それは、私も「うわ! セロリ食べてるよ……」とかは思いますけど、まだ許容できる範囲ですし、食べるのは個人の自由だしね。
しかし、セロリをスライスして、サラダに混ぜるのだけはやめて欲しい。
個々人で好き嫌いが激しくて、クセが強すぎるセロリを、あえてサラダに混ぜる人間には、殺意さえ覚える。嫌がらせか何かでしょうかね?
私の手元に拳銃でもあれば、思わず撃ち殺してしまいそうになりそうだよ。
それほどまでに、セロリという植物は、人間の食べるモノとは、ほど遠い食物の気がしますね。
「ごちそうさまでした!」
「はい、おそまつさまでした」
朝食を食べ終えたら、時刻は7時20分を過ぎたところです。
さあ、ちゃっちゃと歯を磨いて着替えをして、学校に行く準備をしなくちゃ!
どうやら、短い曲なら一曲ぐらい、ピアノを弾く時間はありそうですね。
ようやくお爺ちゃん初登場w
これからも出番があるのかは未定…




