155話 当て馬は馬じゃなかった!
萌香ちゃん視点が続きます。
「全豪オープンでの環希は当て馬よ」
「当て馬ですか?」
「そうでなければ、自国選手向けの貴重なワイルドカード枠を、わざわざ譲ってくれる訳がないじゃないのよ」
「それもそうでしたね」
確か全豪オープンのワイルドカード枠8つの内、アメリカ、フランス、中国の枠が1づつあって、オーストラリアの枠が5つだったっけ?
アメリカとフランスの枠は、全米オープンと全仏オープンのワイルドカードと交換する枠で、中国枠はチャイナマネーなんだろうなぁ。全豪オープンのスポンサーが中国企業だしね。
あれ?
メインスポンサーは中国じゃなくて、韓国の自動車メーカーだったかな?
まあ、どっちでもいいや。
それで、残りの5つの枠は、基本的に自国オーストラリアの選手向けなんだから、たまきちゃんの場合は特例ということなんだろうね。
「もっとも、ワイルドカードの話は向こうから声を掛けて来てくれたんだけどね」
「たまきちゃんのジュニア無敗の実力は偉大だった」
「グランドスラムといえども、どうしても一回戦や二回戦は地味な対戦になりやすいから、主催者としては今話題の環希と有名なトップ選手とを初戦で対戦させて、お客を呼び込みたいのよ」
テニスにおける世界最高峰の大会であるグランドスラムといえども、超人気選手が出場する試合でもない限りは、一回戦や二回戦では空席が目立つからなぁ。
そう、それが仮にトップ10の選手のセンターコートでの試合であったとしてもね。
「なるほど、興行的な話題作りだから、たまきちゃんは当て馬ということでしたか」
「そういうことね」
つまり、当て馬とは、馬じゃなくて客寄せパンダでしたか。
その点、たまきちゃんの観客に魅せるプレーというのは、客を呼び込めるプレーと言えるだろう。
プレーに遊び心がある選手というのは、それだけで貴重な存在なのだから。
まあ、それだけ余裕あるプレーをしているとも言えるわけだけどね。
悪く言えば、舐めプ。
でも、舐めたプレーができるぐらい余裕があるとも言えるわけでして。
試合中にプレーで遊べるというのは、テニス強者だからこそできる匠の技と言えるのかも知れません。
正統派の人からすれば、プレー中に遊ぶのは邪道だと思うのでしょうけど、テニスって素人目線では単調になりがちな競技だから、わたしはプレーにアクセントがないと観客に飽きられると思いますね。
テニスの試合を見ている人に真剣勝負の良いプレーを見せれば観客が満足するというのは、幻想だと思います。
スポーツ観戦というのは娯楽であって、観客は刺激を求めているのだから。
つまり、真剣勝負の中にも笑いは必要なんですよ。
たまきちゃんに教えてもらったことだけど、アスリートはエンターテイナーでなければならないのです。
強いのは人気が出る要素だけど、強くても単調で面白味のない試合をする選手よりも、強くて面白い試合をする選手の方が、より人気が出るということですね。
プロアスリートにとって、ファンサービスというのは、欠かせない要素だと思います。
いまどき、無愛想な職人気質で真剣なプレーを見せただけで、ファンは付いてくるとか思っていたら、大間違いですよ。
だからこそ、たまきちゃんは実力があるのは当然として、ジュニア選手なのにも拘らず、これだけの人気が出たのでしょう。
ジュニア時代から、これだけ人気がある選手って過去に例がないはずです。
それも自国である日本国内はもとより、海外のファンの方が多いというデータを、麻生さんから教えてもらいましたし。
ああ、だからなのか。中東の石油王が、たまきちゃんのスポンサーに付いたり、全豪オープンのワイルドカードが貰えたというのは、日本人よりも海外のファンの方が多いということを知っていたからなんだろうなぁ。
潜在的な購買層というのは当然ながら、日本市場 < 世界市場なのだから。
もっとも、これは海外のファンが多い、たまきちゃんだからこそ成り立つ方程式ではあるのだけど。
それにしても、わたしも大概たまきちゃんに毒されているのを自覚する今日この頃であります。
「でも、WTAツアーと違ってグランドスラムでは、意図的なドローの組み方はしないはずじゃないですか?」
それは、優梨愛ちゃんの指摘したとおりだと思うけど、たまきちゃんとシード選手を確実に初戦で対戦させることって可能なのかな?
「コンピューターによるランダム抽選が本当にランダムなのであれば、そのとおりね」
「コーチは意図的な行為があるはずだと思っているのですね?」
わたしも過去のドローを見ていて思ったけど、多少なりとも意図的な行為をしているような気がするなぁ。
全米オープンの場合は、あからさまなドローの時もあるしね。
「そのプログラムの中身が公開されている訳ではないのだから、やりようはいくらでもあるわよ」
「それはまあ、確かにそうなのかも知れません」
ちなみに、WTAの大会の場合では、意図的な組み合わせを行ったりもしています。
意図的とはいっても、べつに悪いことではないんだよ?
興行的に盛り上げる意味においても、初戦の注目カードというのは必要なモノだと思いますしね。
「もっとも、それが悪いとまでは思わないけどね」
まどかコーチも同じ考えで安心しました。
もっとも、まどかコーチは普段から、「プロは客寄せパンダ演じられてナンボ」とか公言していますので、さもありなん。
「そうなんですか?」
「興行というのは観客を楽しませてナンボだわ」
さすがは、ダブルスの元女王であった庭野まどかといったところでしょうか? プロ意識が高いですね。
「だから、ノーシード選手はコンピューターによるランダム抽選とはいっても、私の予想だと環希は第1シードから第8シードまでのトップ選手か、過去にグランドスラムで優勝したことのある選手と対戦させられる可能性が高いと思うわ」
「うわ~、いくらなんでも、たまきちゃんでもそれはキツくないですか?」
これぞまさしく、当て馬の役割といった感じでしょうか?
でも、たまきちゃんはもう既にドバイで元トップ20の選手には勝っているのだから、もしかしたらジャイアントキリングやっちゃうのかも知れません。
男子のグランドスラム決勝常連のトップ選手に比べたら、女子の場合だとトップ選手と50位台や100位台の選手とのレベル差というのは、ランキングの差ほどそこまでの差はないように感じられますしね。
「シニア、プロのトップ選手を相手にして、ジュニアチャンピオンである環希がどこまでやれるかということですか?」
「そういうことね。ジュニアの女王とシニアの女王との新旧女王対決とか、興行的にも盛り上がる要素だわ」
観客席が埋まるのもそうだけど、視聴率的にも美味しい気がしますね。
そうか、放映権を買ったテレビ局からのオーダーというのもあるんだろうなぁ。
※※※※※※
『──長らくのご搭乗お疲れさまでした。当機はまもなく香港国際空港に着陸いたします。シートベルトを着用して、座席は──』
「ふぅ~、ようやく香港に到着ね」
「5時間は結構キツかったですね」
「あたしも疲れました……」
「それにしても、ダブルスの元女王であるこの私がLCCの狭いエコノミーとは、トホホな気分とはこのことだよ……」
まどかコーチも、そのエコノミーネタ引っ張りますね。
まあ、それだけ精神的ダメージを食らったということなのかな?
「LCCのビジネスクラスだったら、これからはワンチャンありますよ」
「エコノミーとの差額分は私が出すから、今回の香港行きでもソレにしておきなさいよ」
わたしも本当はLCCのビジネスクラスで行く予定にはしていたんだよ?
まあ、この便の機体は小型機だから、初めからビジネスクラスの設定はなかったけど、他社のLCCで中型機の便にはビジネスクラスがあったんだよね。
だがしかし!
「年末だったから、予約が一杯で席が取れなかったんですよねー」
「おぅふ……」
ちーん、ご愁傷様でした!
でも、まどかコーチから、エコノミークラスとビジネスクラスの差額分を負担してくれるという、言質は取りましたからね。
まあ、安定して稼げるようになれば、わたしが負担しても問題ないのですがね。
移動時の疲労というのは、かなり馬鹿にならない要素だと思いますので。
ようやく飛行機から脱出!
環希が出てこない…
萌香ちゃんドサ廻り編になりそうな悪寒が微レ存…?




