115話 背番号288!
オーシャンブルーのピンストライプを纏ったユニフォームの背中には、背番号288の数字が。
おそらく、私の苗字が庭野だから、288と無理やりこじつけて語呂合わせしたのでしょうね。
最後の8に、こじつけ感が滲み出ている感じがします。おそらく野を野球の"や"と読ませて、8なんだろうなぁ。
そうです、今日は横浜スタジアムにやって来ました!
ベイスターズの応援? なんですかそれ?
ベイスターズなんて知りませんし、存在すらしませんよ?
ハマスタをホームグラウンドにしている球団の名前は、横浜ドルフィンズといいます。
ド ル フィ ン ズ!
それで、なにをしに横浜スタジアムに来たのかというと、始球式に呼ばれたのですよ。
私も一躍プチ時の人になったみたいで、有頂天な気分になりそうです。
それにしても、おかしいですね。
私は野球の始球式に呼ばれたはずなのに、なぜかテニスのラケットを持参しているのですよ。
まあ、始球式でテニスのサーブを、ピッチャーの投球代わりにするからなのですがね。
しかし、ちゃんとした始球式をしなくて野球界としては、それでいいのか?
まあ、ドルフィンズ球団が許可を出したのだから、大丈夫なんでしょうけど。
それにしても、ピッチャーマウンドから周囲を見渡してみますと、野球場って大きくて凄いです。
観客も三万人以上は入ってそうな感じがしますね。
テニスではセンターコートでも、一万五千人ぐらいの観客が最大ですので、その倍以上のお客さんの数になります。
まあその分、テニスのスタジアムはコートと観客席との距離が近いのですがね。
『今日、始球式のピッチャーを務めますのは、テニスのジュニアフレンチオープンチャンピオンでもある、山手女学院中等部二年生の庭野環希さんです!』
大勢の観客の温かい拍手に、私は手を振って笑顔で応えました。
気分だけは、アイドルやタレントの気分を味わっています。
「庭野さん、お願いします」
「はーい、わかりました」
それでは、観客の度肝を抜いてあげましょうかね!
ピッチャーマウンドは傾斜がついているので、ルーティーンでやるようにボールをポンポンすることはできません。
仕方がないので、私はそのまま左手でボールに回転を加えてから上空へと放り投げて、軽くジャンプしながらラケットを振りぬいた。
ズドン!
黄色のテニスボールが、18.44メートルの距離を目にも留まらぬ速さで駆け抜け、キャッチャーミットに快音を響かせ収まった。
時間にしたら、だいたい0.4秒ぐらいでしょうか? 詳しくは知らん。
バッターは呆気にとられてしまって、バットを振ることを忘れてしまっていたようでした。
サーブを打ち終わって、バックスクリーンの電光掲示板を振り返ってみた。
そこには、163kmの文字が浮かんでいた。101マイルですね。
一瞬しーんとスタジアムが静まり返る。
しかし次の瞬間には、地鳴りのような大歓声が響いてきた。
マウンドの方がホームベースよりも高いし、アンダースピンが掛かっているから、打者からすれば手元でボールが浮き上がってくるように見えたでしょうね。
でもこのサーブは絶対にフォルトにしかなりませんので、このままではテニスの試合では使えないのが残念ですね。
※※※※※※
「おまえ、真面目にやったとして今の打てたか?」
「一球で仕留めるのは無理っスね……」
「俺も屋内ブルペンであの子のサーブを、最初に何球か受けてたから捕れたようなもんだ」
「しかし、160kmオーバーとか、テニスのサーブって子供でもあんなに速いとか凄いっすね」
「男のプロなら、230kmとか出るらしいぞ?」
「それ、絶対に打てないっス」
「まあ、今のは余興だ。次、本番だぞ」
「うっす」
※※※※※※
それでなぜか、マウンドの脇にグローブが置いてあるんですよ。
このグローブは、なんなのでしょうね?
まあ、私がドルフィンズからプレゼントされたグローブなんですけどね!
そう、テニスの余興はここまでにして、これからが本番であります。
アンパイアが右手を挙げて、始球式第二弾の開始を告げる。
私はラケットとグローブを交換すると、右手にグローブを嵌めて、ピッチャープレートの一塁側を左足で踏みつけた。
それから、一度大きく息を吸い込んで深呼吸をして息を整える。
両腕はへその辺りで組んでます。息を吐きだしてから、大きく振り、振りかぶらない。
ノーワインドアップってヤツですな。
そして、身体を丸めるような恰好をしながら、左下から腕を伸ばしてキャッチャーミット目掛けてボールを、まだボールは手放さない。
リリースポイントはワンテンポ遅らせた、この瞬間です。
私の左指先から離れたボールは、左打席に立つバッターの背中を目掛けて、大きく山なりで放物線を描いた。
左投手の下手投げ。サウスポーのアンダースロー。
サブマリン投法とも言うのかな?
この日のために、ちゃんと練習したんだよ!
たった半日しか練習してないけど、練習は練習です。
しかし、私の付け焼き刃で投げたボールは、確実にバッターに当たるであろう、あらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
始球式でデッドボールだなんて、恥ずかしいですし笑えない冗談だよ。
デッドボールだと誰もが、そう思ったでしょ?
ちっちっち、あまーい。
バッター直撃のコースから、そこからボールは斜めに軌道を変えて、キャッチャーのミットにスポッと収まったのである。
ボールを避けようとして体勢を崩していたバッターは、慌てて振り遅れのスイングをした。
投げ終わって、バックスクリーンの電光掲示板を振り返ってみる。
そこには、65kmの文字が浮かんでいた。
サブマリンから繰り出された超スローカーブでした。
どやっ!
ほぼ満員のスタンドからは、割れんばかりの大歓声が響き渡ってきました。
うん、この歓声は癖になるね。
※※※※※※
「おまえ、真面目にやって今の打てたか?」
「遅すぎて無理っスね…… あの球は初見では、打撃の神様でも打てないと思いますよ」
「だろうなぁ。あのフォームから、あの遅いスローカーブは反則だぞ」
「ワンポイントならプロでも通用しそうな感じがしますよ」
「女子中学生のプロ野球選手とか、笑えない冗談だな」
「テニスの天才は野球でも天才だということっすよ」
「ピアノでも天才だぞ。俺、環希ちゃんにサインもらっちゃったもんねー」
「先輩はプロ野球選手としてのプライドって無いんスか?」
「うるせー、異業種だからいいんだよ」
なろうって実在のプロ野球やJリーグの球団はダメなんだっけ?
なんかみんな架空の球団名とか使っているよね?




