88話 閑話4 ライオネル 前編
アストリア王国の辺境、サイラス領の首都トリスでは毎年のことのように領民から憲兵の募集をしていた。
オレはサイラス領の小さな村で生まれ育ち、今はこのトリスで憲兵の訓練生として、訓練所に毎日通っている。
ここの訓練所は2年制で卒業すると正規の憲兵として領主様に仕えることになる。
オレは今年で2年目だ。
そして今年も春になり、一年前のオレたちのように新米たちが入ってくるのだ。
だが今年はちょっと特殊な年でここの領主の息子がこの訓練所へやってくる。もちろん訓練を受けるためだ。
いやぁ絶対関わっちゃいけないだろ。
何か怒りに触れたら打首になったりしないだろうか。考えただけでも面倒くせぇな。
今日の朝礼ではその領主の息子の挨拶があった。
「はじめまして、私はレオニードです!ここで皆と訓練することになりました!ご指導のほどよろしくお願いします!」
パチパチパチパチ。
訓練生達はしっかりと拍手をする。
「ではレオニードはそこの戦闘訓練では首席のライオネルにわからない事があったら聞きなさい」
教官が余計な事を言いいやがった。
そして、レオニードがこちらに笑顔で走ってくる。
「ライオネル先輩!若輩者ですがよろしくお願いします!」
「え、お、おう、よろしくな。」
オレに初めての後輩ができたのだった。
それからレオニードはオレの事をよく思ってくれたのか訓練が終わった後の自主練にも毎日のようについてくるようになった。
「先輩って身体能力かなり高いですよね、特別な訓練とかしてるんですか?」
「まぁ特別かはわからないが、昔から森で狩りをしてたからそれでかもな、普通のやつよりは動けると思うぜ。あとは喧嘩を昔いつもしてたくらいか。」
「あの、ぜひ模擬戦お願いしてもいいですか!?」
「お!やるか?手加減しねぇぞ?」
「もちろんです!ではお願いします!」
レオニードとオレは訓練所にある模擬戦用の木剣に持ち替えてお互い向き合う。
「お前から来ていいぞ!」
「ではっ!」
レオニードはすぐに踏み込み上から剣を振るうがオレは容易に剣を弾く、そして、その攻防は何回も繰り返されるが最後にはオレがレオニードの木剣を弾き試合は終了する。
「お前まだまだだ、話になんねぇな」
「くそッ、、、あの!先輩、明日もお願いできませんか!?」
「んーまぁ、、、少しならいいぜ」
レオニードは悔しがってはいるがなぜか少し笑っていた。
翌日にまた模擬戦をし、翌々日もする。
そして、休みの日にはレオニードと酒を交わすまでの仲になっていったのだ。
「お前さ、なんで領主の息子がこんなところで訓練なんかすることになったんだ?」
オレは酒を飲みながら疑問をぶつけた。
「私は一般兵がどのように訓練しているかや領民の事をもっと知りたかったのでこの様なことをしているのです!好奇心です!」
「はぁ、物好きなヤツもいたもんだ」
「でも、先輩みたいな強い方に出会えたことが私にとってはとても貴重な出会いです!城にも強い方は沢山いますが、ここまで手も足もでない強者はなかなかいないですよ!」
「褒めてもなんもでねぇぞ、オレは貧乏だ」
「先輩、ここは私が奢りますよ、もちろん!」
「おい、なんか、たかってるやつみてぇじゃねぇかよ」
いつの間にか領主様の息子にそんな冗談を言える関係にまで発展してしまったのであった。
〜〜〜〜〜
後輩ができて最初の新年のこと。
領主城で新年のパーティがあるとのことで、オレはレオニードにどうしてもとせがまれ参加することになった。
だが、そのパーティでオレは領主様の息子レオニードへの毒殺未遂の疑いで捕縛された。
「おい、貴様ッ!いい加減白状したらどうだ?」
オレは両手両足の自由を奪われた状態でこの目の前のクソダヌキに何度も罵声を浴びせられる。
そこにレオニードがやってくる。
「あぁ、レオニード坊ちゃん、お体は大丈夫でしょうか?」
クソダヌキがレオニードにすり寄る。
「ああ、何とか無事だったよ。」
「だから下賤の者を城に上げてはならぬとあれほど申したのに。レオニード坊ちゃんは詰めが甘いですよ!」
「すまないワルーノ卿。ライオネル先輩、何であんな事をしたんですか?」
レオニードは悲しそうな顔でこちらを見る。
「オレはやってない。絶対に。」
「では、あなた意外に誰がやったと言うのですか?」
クソダヌキはニヤニヤしながらオレに問いかけてきた。
「知るわけねぇだろぉが。」
「先輩、残念です。」
レオニードの目は光を失っていた。
それから数日の間、牢屋にぶち込まれ、ろくな食べ物も与えられなかった。
餓死する寸前まで放置されたある日。
オレは犯罪奴隷として売られることになった。
何なんだ、これは。どう間違ったらこんな事になるんだ。畜生。
オレが売られた先は闘技場の奴隷、この世で一番死ぬ確率が高い奴隷として有名だ。
だが、オレは戦闘行為が一番の特技であり、誇れるものだった。
この闘技場で相手を来る日も来る日も殺しまくった。
今日は剣で殺す。
今日は斧で殺す。
今日は槍で殺す。
今日は拳で殺す。
そうして8年の月日が経ったある日、戦争が始まったのである。
オレらにこの戦争の情報は一切来ない。
犯罪奴隷として、戦場に解き放たれて囮や歩兵として酷使される日々が始まった。
だか、オレはこれはこれで楽しかった。どんな状況でも勝ちにこだわり、この困難も乗り越えた。
そして、奴隷から解き放たれた。
偶然、オレの属していた隊が全滅し、オレの奴隷契約をしていたやつも殺され、オレは解放された。
その隙に戦場から逃亡し、戦争で敗れた者の装備や備品、金を奪って生計を立てた。
その行為を近くて見ていた奴らがオレの真似をして、仲間となり、だんだん規模が大きくなっていく。
そうして、いつの間にかオレは戦場を荒らす盗賊団の団長として名を馳せる様になってきたのだった。
〜〜〜〜〜
オレらのアジトはアストリア王国、辺境サイラス領と隣国の国境にある山の中腹の洞窟にあるんだが、そのアジトの中にある日、突然さらに巨大な穴が出現したのだ。
オレはすぐにその穴の調査をする事にしたのだがそこには見たこともないモンスターが溢れていた。
ハッハッハァ、戦闘する楽しみが増えて最高だぜぇ。
オレは毎日毎日穴に潜りモンスターを殺し続けた。
すると不思議な事にオレの身体が何かおかしい。
筋力や動体視力、体の動かし方がどんどん強くなっている気がする。
力が漲る。あぁこの感覚、オレがオレじゃなくなっていく感じ、、、最高だぜぇ。
オレが戦闘に明け暮れている頃、アストリア王国と隣国の隣国ハリス聖王国との間に戦争が勃発した。
両国は度々戦争を起こしており、国境付近ではいつも小競り合いが続いていた。
辺境サイラス領。宿命のように国境に接していたがゆえに、戦争勃発とともに真っ先に戦闘が始まった地域だ。
そして、悲劇は訪れる。
サイラス領を背負って立った領主が、最初の戦で討ち死にしたのだ。
兵たちの間には動揺が走り、領民は不安に沈んで誰もが滅亡の影を覚悟していた。
だが、その絶望を断ち切ったのは、一人の若き男だった。
サイラス・フォン・レオニード。
亡き領主の息子にして、若くして新たな領主の座を継いだ青年。その腕には、ただの貴族の若者とは思えぬ並外れた気迫と覇気が宿っていた。
彼は、ダンジョンで手に入れたスキルであろう剣技を使い数多の敵を薙ぎ払って行った。
超越者が現れたと、この戦争で名を世界に轟かせた絶対的な斬撃の天才となった。
彼はそれを磨き上げ、戦場で振るい続けた。
やがて兵たちは畏敬と恐怖を込めて、彼をこう呼ぶようになる。
剣鬼。
ハリス聖王国の軍勢は三万。
対するサイラス軍は、わずか三百。
誰が見ても勝敗は火を見るより明らかだった。
だがその圧倒的な戦力差を覆したのは、数ではなく一人の剣技だった。
レオニードが最前線に立ち、敵陣へと突撃した。
ただ一太刀で盾兵の陣形が割れ、ただ一閃で騎兵の突撃が崩れ、ただ一撃で敵将の首が飛ぶ。
その日、戦場の中心にいた三万の兵はこう記録した。
あれは人ではなかった。
化け物がいた。
剣を持った鬼が、戦場を喰らった。
そして、劣勢は覆り、サイラス領は滅亡を免れた。
だが、その勝利を喜んでいる裏ではあの盗賊団が戦後の街や村で敵味方関係なく荒らしていた。
オレらはサイラス領に逃げ遅れた聖王国の残党の身包みを剥いでは金目のものを奪っていった。
そこに馬に乗った騎士達が現れた。
後ろにも数十名の隊員を引き連れやってくる。
「おい!貴様ら!そこで何をしている!ここは戦場だ!貴様らのような賊がいていい場所ではないッ!」
オレはズラかろうと思い走り出そうとした瞬間、最後チラッと男を確認した時、その風貌に心当たりがあった。
「ハッハッハッハッハ、お前どこかで見た顔だなぁ、もしかしてレオニードかぁ?老けたなぁ」
「貴様ッ!誰だ!名を名乗れッ!」
「おうおう、忘れちまったか、まぁしょうがねぇよな。」
オレは名前を言わずに拳に金属製のナックルを付けるとレオニードに向かって駆けて行く。
噂の剣鬼様と戦えるなんて面白れぇじゃねぇか。
「じゃっ、仕置きといくぜぇぇ」
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