82話 クロイの緊急会議
商人ギルドガルシア支部、最上階の密談室。消音魔法が展開され、外の音は一切届かない。
長机の奥、ギルド長クロイが、取り寄せた書類を机にトンと置いた。
「サトウ様が魔力変換型収益循環術式ポイント・コンバートシステムという特許を申請された」
3人のギルド長仲間アレッタ、ブラス、ヴァルガスは同時に息を呑む。
犬の獣人女性アレッタが目を丸くした。
「クロイ、これ本気?実用化できるの?この術式は、、、人の活動を価値に変える、夢物語みたいな代物でしょ?」
クロイは口元に笑みを浮かべる。いつもの穏やかさではなく、商人としての野心を隠そうともしない。
「夢物語で構わん。だが夢を現実に変えた者だけが富と市場を支配するんだ」
豚の獣人男性ブラスが身を乗り出す。
「回収方法は?魔力は登録者の魔石に転写され、本部の魔石に転送、そこまでは書類にあるが、問題はどうやって市場を形成するかだ」
クロイは魔石に手を当て、水晶板を展開した。そこには街の経済圏図が立体投影されていく。
「従来の収益モデルは金を払って商品を得る。だが今回の術式は逆だ。身体活動をすれば金を得る。労働市場とも娯楽市場とも違う。これは、、、」
狼の獣人男性ヴァルガスが続けた。
「生存活動そのものが価値を生む市場か」
一瞬、空気が震えた。
アレッタは両手を組み、考えるように瞳を伏せる。
「でも、詐欺や不正は? 他人に運動を代行させたり、偽装魔法を使えば破綻するわ」
クロイは首を振った。
「術式は魔力反応を常時照合する。本人の意思による健康的活動しか認められない。代理運動、拷問、強制労働、全部無効化される。だからこそ市場として健全に成立する」
ヴァルガスが口角を吊り上げる。
「つまり、利用者が生きれば生きるほど稼ぐ。死なせないほうが儲かる市場か。変な話だが、面白いな」
クロイは頷き、さらに続けた。
「そして最も重要なのはこの術式は商会本部に魔力結晶を集中させるという点だ。ユーザーはポイントを受け取る。だが背後では、我々が巨大な魔力備蓄を確保できる」
ブラスの眼が鋭く輝いた。
「魔力結晶の蓄積さえできれば、錬金領域・防衛兵器・転送陣・何にでも使える。市場を握った者は、魔力インフラすら独占できる」
3人の喉が同時に鳴った。
アレッタがほほ笑み、指先で机を叩いた。
「でも、これは搾取じゃない。運動させて稼がせる。人々が健康になって、街の治安も良くなる。善良の皮をかぶった悪徳計画じゃなくて、悪徳の皮をかぶった善良計画ね」
クロイも笑う。
「その通り。結果として民は豊かになり、我々は莫大に儲かる。理想的な資本主義だ」
その時、ブラスが手を挙げた。
「問題は導入の最初の一手だ。まずは誰に使わせる?」
クロイは即答する。
「冒険者だ」
室内の空気がまた変わる。
クロイは続ける。
「冒険者は運動量が多く、魔力量も高い。稼ぎが早く、口コミの拡散速度は市民の十倍。彼らがこの術式で稼げると知れば、次に街の労働者、商人、子供まで波及する」
ヴァルガスは笑いながら机を叩いた。
「つまり、冒険者を広告塔に使うのか。金を払って宣伝させるんじゃない、金を渡す代わりに勝手に宣伝してくれる仕組み。悪くない」
アレッタが静かに息を吐いた。
「クロイ。本気で、大陸規模の市場を狙ってるのね」
クロイの瞳が、戦士のように鋭く光る。
「狙うのはこの街だけじゃない。全ての街だ。生きた者すべてが活動する限り得をする経済圏。その中心にガルシアの商人ギルドを置く」
四人は立ち上がり、杯を掲げる。
ブラスが呟くように言う。
「儲けるために善良であり続ける。善良である限り儲かり続ける、か。こんな商売、初めてだ」
アレッタは微笑む。
「欲深い私たちにしかできない、最高の福祉ね」
ヴァルガスが乾いた笑いを漏らす。
「やれやれ、、、世界を変える金儲けなんて、ワクワクするじゃねぇか」
そしてクロイが締めくくる。
「搾取なき収益。欲望と善意が矛盾せず共存する市場を、俺たちが作る。ガルシアから始まるこの新しい経済は、世界の形を必ず変える。約束しよう」
杯が触れ合い、澄んだ音が響く。
こうして新しい世界の歯車がまた一つ静かに回り始めた。
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