ドン・スィンク・フィール
「気楽に生きてけよヒューマ~ン。あんたせっかくいい顔してんだからさぁ~~~」
「ちょ、近いっすレガリアさん……」
ボアと俺の間に、すっかり出来上がった魔法少女さんが割り込んできた。
「こいつ絡み酒だから」
「言うのおせーですよボアさん。もっと早く言ってください」
「で?」
あぐっ!? 首ボキッていった……。
「疲れたんかおめー。夢と希望の魔法少女がおめーの魂救ってやんぞ」
「あの、死にそうなんで、いいっス……」
「あ゛ーーーーー?」
「レガリア。タップしてるタップ。やめたれ」
「うっせボア! 邪魔すんじゃねーって!」
「レガリア~。こっちこいよ。おじちゃんさみしーぞ?」
「うっせセクハラじじい! すっこんでろ!」
中指を立ててけん制する魔法少女。もう、勘弁して……。
仕方なしに席をずらしたボアの好意に目も向けず、どっかと座ったレガリアはそのままカクテルを回し回し楽しんでいく。年不相応の横顔は、大人びて見えて綺麗に見えた。
「……私だってさ。いろいろ責任とか感じるときあるよ。救えなかった人がいたりするし。家族に内緒で飛び回ってるし……」
「レガリアさん……」
そうか。魔法少女も、大変なんだな。
「でも押しがいるこの世界から去るとか無理だし? まじアリエンティーって感じだし」
「一体いくつなんだおめーはぐぁ!!?」
どうやったのか、ジドが頭からテーブルに突っ伏した。
知りたくなかったのですぐに顔を戻す。気にした様子もなく、レガリアさんはカクテルを回していた。
「生きなよ青年。あんたにも一つや二つくらい生き甲斐ってもんがあるでしょ?」
「生き甲斐……」
「ほらぁ~。またそーやって考えようとする! バーカ! 『ドン・スィンク・フィール』って言葉があるんでしょ? 何も考えずに月を穿てよ少年」
「だからおめーはどこのいつ生まれなんだってバォア!!?」
こんどはバオが吹き飛んだ。本当にどーやってるんだこの魔……法少女さん。
「酒が上手い。あの子が好き。あれがやりたい。これがしたい。なんか一つくらいあんでしょーよ。感情があるんだから。当たり前みたいなことでいいからさ。本当に。そんなところまで誰かの目が気になるなんて野暮ったいもいいとこよ」
「俺は……」
俺は……なにがしたかったんだっけ? 何が好きなんだっけ。当たり前すぎて、でもそれが埋もれてしまう原因なような気がして、遠ざけていたのか、それとも、気づかなかっただけなのか……。
「自分に素直。素直になりなよ。あんたが魔法少女の私に惚れてるってのはわかってるから。うん」
「いやそんなこと全然……」
「あ?」
「あーーーーーー酒旨いなぁーーー」
文脈がガチ飛びしてて思わず素直が出そうになった。ヤバい。俺がアレを喰らったら死ぬ。
「こいつ酔うと見境ねーからなぁ。気をつけろよタクト」
「ほいほい付いてくと砲撃の練習台にさせられるぞ」
やっべぇ。やっべぇ人だレガリアさん。
その後も入れ替わり立ち代わり、いろんな人が俺の隣に来てくれた。
一昔前のハードボイルドな死神や、小人のような妖精。えらくびしっと決めたスーツ姿のサラリーマンもいた気がするし、見た目からして得体の知れないなにかドロドロしたヤツもいた。
いろんな人と話をする。いろんな人から話を聞く。それが全然関係ない話でも、身の上に関わるような話でも、俺は酔いに任せて口を動かした。
中でも好きなことの話を聞いてくれた時。正直みんなピンとくることはないはずで、退屈なはずなんだけど、俺が一番楽しく話せたのは、自分の好きなことについて熱く語った時だった。
そうだ。俺は、聞いて欲しかったんだ。俺が何を好いていて、どう見ているのかを。
きっとどうでもいい話なんだ。でも耳を傾けてくれる。すごく心地が良かった。
そして話した分、誰かの話もスッと耳に入ってきた。
いろんな立場がある。いろんな経験がある。その人自身の言葉を聞くと、なんだかすごく嬉しくなる。
「だからさ。お前は一人じゃないんだとさ」
そういうジドは、今までと違って少ししんみりして見えた。
俯けた顔が、そう感じさせたのかもしれない。
「すっげ―悩んだんだ。あの時の俺は、にっちもさっちもいかない状況の中で、自分が勝手に創り上げた役割が、自分の生きる意味なんだって勝手に思い込んでたんだ」
「それで、どうしたの?」
「それが本当に俺の役割なのか。無責任なのかどうか、一晩中考えたさ。無い頭絞ってな。責任ってなんだ? 立場ってなんだ? 寄せられる期待を裏切るとどうなるのか? 信頼は何を持ってくるのか? ……結局俺は、明確に答えを出すことができなかった」
ボアと俺、そしてアンジュさん以外、みんなはもう静まり返っている。レガリアさんは突っ伏して寝ているし、死神達はどこかへ帰ってしまった。ジドの向こうに移動したボアさんだけが、瞳をうっすらと開けて話を聞いている。
「苦しかった。何も持たない俺がどうやったら生きていけるのか。生きてどうするのか。先があるのか……。それでも死を目前にしたとき、俺の中では葛藤と悲鳴がわんわんと飛びかってきたんだ。死ぬのか。生きていれば、もし生きてさえいれば何かがあるんじゃないのか。暗闇の中で右手に持った刃を月明かりに光らせた時、俺の目は確かに現実と対話した気がした。この刃物を胸に突き刺せば、死が迎えに来る。しかし、……笑っちまうかもしれないが、痛いだろうなって思っちまったんだよな」
ひひひ、と卑屈そうに笑う横顔に、俺は何も言えなかった。
「現実に対する空想だけが俺の生き甲斐だった。言っちまえば理想だけがいつも優しくて、俺の傍にいてくれた。確かに何もしてくれねぇ。思い描いただけで寒さは凌げねぇし、金だって湧いてこねぇ。でもな……。必要なんだよな、やっぱり、そういう拠り所ってやつがさ」
一拍置いて、続く。酒は、だいぶ減っていた。
「生きづれぇんだ。本当に。全てお前次第。全て自分次第。究極な話、親だって他人だ。痛みを代わることも出来ねぇ。そしてそれは同時に、お前も誰かの代わりになれねぇ証拠になっている」
小さな瞳が、輝く。何かを見つめる熱い瞳が、真顔のジドに浮かんでいる。
「この命、どう使う? 俺は酒を楽しむことに決めた。そこのボアは、戦士として生き、そして家族を守ることにした。レガリアは、まあ、あんな感じだな。お前はどうする。これは俺が言ってるんじゃないぜ。なんなら、答えなくてもいい問いかけなんだ。だがまぁ、考えてみる価値ってのはあるかもしれねぇな」
言うとジドは、そのまま口を閉じてしまった。
沈黙が、酒場に訪れる。喧噪が遠のいて、俺自身の言葉が俺に返ってくる時間。
生きる。もし生きて、それで、どうする。
身体は、いつも一つだ。俺の手の甲に浮かぶ、傷跡を見てそう思う。
時間。生きる時間。悩んでも笑っても変わらない時間。そして何を目指しても、目指さなくても変わらない時間。
笑っていたい。心から、そう思う。
有意義と無意義の狭間を決めるのは、いつだって俺の心だった。
それなら、周りが価値のないと考えるものに価値を見出すことだってできるし、周りが価値のあるものにいらないとNOを突きつけることもまた、できるはずだ。
できるはずだ。できるはずなんだ!
「俺は……!」
言って顔を上げると、真っ白い景色が俺を包んだ。




