99.新たな可能性と新たな脅威
『メール』のスキルを確認した西野は、すぐさまそれを仲間にも伝えた。
全員に『メール』を送り、取得可能な状態にさせ、SPが1ポイント以上ある者は、即座にそれを取得するように指示する。
(結局、取得できたのは俺を含めて6人か……)
残りのメンバーはポイントが残っていなかったため、次回のレベルアップ時にという事になった。
次にメールの送信リストをチェックする。
(『リスト』は……あくまで取得してから出会った人物だけみたいだな……)
『メール』を取得―――いや、正確には取得可能になった状態から出会った人物がアドレス帳に表示されるのだろう。
もし逸れてしまった仲間にもメールを送れるならと考えたのだが、そこまで都合がいいスキルではないようだ。
リストに表示されるのは、最初に自身にメールを送った者、そして自分が『メール』が取得可能になった時から出会った人物のみ。
より詳しく言うならば、自分が直接目で見た相手、そして自分の半径5メートル以内に入った者がメールリストに表示されるようだ。
(ま、そりゃそうか)
西野としても、そこまで高望みはしていない。
出来れば儲けもの程度に思っただけだ。
(でも名前の分からない相手であっても、リストに名前は表示されるってのはいいな。交渉に使えそうだ)
相手の名前が分かるというのは、それだけで立派な交渉のカードになる。
偽名を使う相手はもちろん、初対面の相手にも自分達が情報で優位に立っていると印象付けられる。
だが、それはあくまで付加価値に過ぎない。
『メール』の一番のメリットは別にある。
(このスキルさえあれば、モンスターとの戦闘が今より遥かに楽になる)
現代において、通信技術は戦略の要であり切り札だ。
奇襲も待ち伏せも連携も、このスキルがあるか無いかでは、精度が段違いになる。
(ありがとな、六花。お前のおかげで、俺たちは一歩先に進める)
それから西野は、仲間と共に、『メール』を使った新たな戦術や陣形について話し合った。
逸れた際の連絡網も徹底する。
上手くいけば、他のグループよりも頭一つ抜き出た存在になれるだろう。
そうなれば今後も動きやすくなる。
(話し合いを終えたら、六花と合流だな)
西野は待ち合わせ場所や時間を指定し、六花にメールを送信した。
それから数分後―――。
「よし、じゃあそろそろ出発しよう」
身体も十分休めたし、保存のきく缶詰なども出来るだけリュックに詰めた。
もうここに用はない。
「西野さん、ホントにここを出るんっすか?まだ食料とか余ってるのに……」
柴田は名残惜しそうにしているが、西野は首を横に振る。
「仕方ないだろ。ここは拠点には向いてない」
立地もそうだが、この人数でやりくりするにはこのコンビニは狭すぎる。
きちんと拠点を据えて、それからもう一度ここへ食料を回収しに来た方がいい。
「それじゃあ六花と合流する。みんなは打ち合わせ通りに―――ん?」
その時、彼は不意に違和感を感じた。
それは足元からだ。
(……振動?)
カタカタと。
地面が揺れているのだ。
(地震?……いや、違う!)
その瞬間、西野は猛烈に嫌な予感がした。
「みんな、今すぐコンビニから出ろ!早く!」
「へ―――」
何を言われたのか分からず、彼らはその場で立ち止まってしまう。
その直後だった。
亀裂が走り、床の一部が音を立てて崩壊したのだ。
「なっ……!?」
突如として、床に大きな穴が空く。
暗く、深く、まるで地獄にでも通じているかのような穴が。
「なんだこりゃ……?」
偶然店の床が脆くなってた、なんてことはないだろう。
奥を覗いてみると、穴の奥で何かが光った。
何かが居る。
カチカチ、カサカサと、穴の奥から不気味な音が聴こえた。
「ヒッ……」
声を上げたのは誰だったか?
穴から姿を現したのは、巨大な蟻だった。
人ほどの大きさもある巨大な蟻が、ワラワラと次から次に穴から這い出てくる。
「う……うああああああああああああああああああああああああああああっ!」
たまらず彼らは悲鳴を上げる。
「走れ!」
西野の言葉を皮切りに、彼らは堰を切ったかのように動き出す。
だが、逃げ遅れた男子生徒の一人が床に躓いた。
「あっ……」
「葛西!?」
西野が叫ぶ。
他の仲間も、彼の方を見た。
視線の先には、倒れた彼に群がろうとする無数の蟻達の姿が映った。
「う……ぁ……」
葛西と呼ばれた少年は、迫りくる蟻を見てこの世の終わりの様な表情を浮かべる。
そんな彼を救ったのは、彼の前を走っていた冴えないオッサン―――五所川原八郎だ。
彼は雑誌コーナーに立てかけていた己の武器『丸太』を手に取ると、蟻達へ向け思いっきり投げつけたのだ。
「ぬうおおおおおおりゃあああああああああああああああああ!」
「ッ―――おっさん!?」
丸太の勢いに押され、数匹の蟻が穴へと押し戻される。
その隙に五所川原は少年に駆け寄る。
「早く立つんだ!さあ!」
「あ、ああっ!」
差し出されたおっさんの手を握り、二人は外へ出る。
「全員無事か?」
「なんとか……」
「大丈夫っす」
「ふぅーふぅー……」
もう既に店内は、無数の蟻達で溢れかえっていた。
無数の赤い瞳が、外に出た西野達を捉える。
「あれ……モンスター、だよな?」
「当たり前だろ、あんなでけぇ蟻が居てたまるかよ……」
キラー・アント……いや、ジャイアント・アントというべきか?
名称なんてどうでもいい。
ともかく、今はこの危機を乗り切るのが優先だ。
「全員、耳を塞げ!」
一歩、前に出た西野が声を張り上げる。
その意味を理解し、彼らは即座に耳を塞いだ。
「―――『蟻共!その場を動くな』ッ!」
刹那、コンビニから身を乗り出そうとしていた数匹の蟻達が動きを止めた。
まるで西野の言葉が届いたかのように。
いや、事実その通りなのだ。
これが西野の持つスキル『命令』。
職業『指揮官』を選択した際に取得したスキル。
自分の声を聴いた相手をその通りに行動させる効果を持つ。
命令できる内容はスキルのレベルに依存し、対象と自身のレベル差があればあるほど、その成功率は高くなる。また『自害』や『同士討ち』など相手の意志に反する行為であればあるほど、その成功率は低くなる。
そしておおざっぱな命令であればあるほど、複数の対象へ『命令』を行う事が出来る。
「よし、今の内に逃げるぞ!」
「た、戦わないんですか?」
「無理に決まってるだろ。よく見ろ、動きを止めたのは、先頭に居た数匹だけだ」
正確には、たった三匹。
その後ろには、更に何十体もの蟻の姿が見える。
一度『命令』すれば、対象の効果が切れるまで、次の『命令』をすることは出来ない。
それに流石にあの数を相手にするのは、今の西野たちには無理だ。
(六花がいれば、話は違ったかもしれないけどな……)
攻撃の要である彼女がここに居れば、あの数であっても互角以上に戦えたかもしれない。
だが、この場に居ない人間の話をしても意味の無い事だ。
「仲間が動きを止めた事でこっちを警戒してくれたようだな」
幸運な事に蟻達は店内からこちらを睨みつけはするが、そこから踏み出そうとしてこない。
西野のスキルを警戒しているのだろう。
正直助かった。気にせず向かってこられたら、それこそ終わりだったかもしれない。
(逆を言えば、警戒できる程度の知能があるってことか……)
蟻は社会的な昆虫として有名だ。
もしその生態がモンスターにも適用されているのなら、非常に厄介な相手になる。
「止めていられるのも、あと十秒くらいが限界だろう。さっさと逃げるぞ」
「う、うっす!」
『命令』を受けた蟻達が動き出せば、奴らは即座に自分達に襲い掛かるだろう。
分の悪さを理解し、彼らは即座にその場を後にするのだった。




