74.匂いを追って
逃げたダーク・ウルフを追って市街地を移動する。
追跡はモモの鼻が頼りだ。『索敵』はある程度、距離が近くなってからじゃないと効果がないしな。
それに今は距離が離れていても感じる事が出来たあの『嫌な感じ』もしない。
ダーク・ウルフが単独だからか、それとも弱っているからか、ある程度脅威の水準を超えないと、あの感覚は働かないようだ。
逆に言えば、今ならばあのダーク・ウルフを仕留められる可能性は高いという事。
鼻をひくつかせながら追跡するモモの後ろに俺たちが続く。
イチノセさんはおんぶした状態だ。
ホントはバイクを使いたいけど、市街地じゃ道路のあちこちに障害物が転がってるため、まともに走れない。
もっと『騎乗』のレベルが上がればいけるんだろうけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。
ともかく今は走って追うしかない。
すると、『索敵』に反応があった。
モンスターの気配だ。
もう追いついたのか?
いや……違うな。
これは別のモンスターの気配だ。
視線を向けると、対向車線上の少し離れたところにゴブリンが居た。
三匹か……。こちらに気付いた様子も無く呑気に道路を歩いている。
経験値の足しにしたいが、今は他の奴らに時間をかけてもいられないか……。
無視して、そのまま進む。
しばらくすると、開けた公園に出た。
遮蔽物が少なく、周囲の景色が良く見える。
「わんっ」
モモが足を止める。
どうやら、ここで『匂い』は途切れているらしい。
キョロキョロと周囲を見回す。
ダーク・ウルフの姿はない。
『索敵』にも反応が無い。
「……居ませんね」
「ええ……」
もう一度注意深く、辺りを見るが、ダーク・ウルフの姿はない。
「くぅーん……?」
モモも鼻をひくつかせるが、首を傾げるばかり。
どういう事だ……?
急に匂いや気配が途切れるなんて……?
何らかのスキルか?
いや、待てよ……、前にもこんな事があったな。
そうだ。アレは確か、ダーク・ウルフに初めて出会った時だ。
アイツは『闇』に潜んで、こちらの様子を窺っていた。
あの時も、直前まで何の気配もしなかった。
モモが『影』に潜んで、気配を断つ事が出来るように、アイツも同じことが出来るのかもしれない。
だとしたら厄介だな……。
こっちからの攻撃手段が無い上、完全に向こうの出待ちになってしまう。
……どうするか?
ダーク・ウルフの追跡は一旦諦めて、当初の予定通り市場や農協の倉庫を目指すべきか?
そんな感じに、俺が今後の予定を考えていた時だった。
「ッ!―――わん!わんわん!」
「お、どうしたんだ、モモ?」
公園をしきりに走り回って、匂いを追っていたモモが、急に俺達の方へ戻ってきた。
ずいぶんと慌てた様子だ。
一体どうしたのだろうか?
「わんっ!わんわん!わーん!」
「えっ?なんだって?それは本当か、モモ?」
「わん」
モモは頷く。
マジか……でも、それってどういう事だ?
「クドウさん、どうしたんですか?……というか、なんでモモちゃんの言ってる事が分かるんですか?」
「えっ、分かるでしょう、普通」
俺とモモは以心伝心だ。
モモの言ってる事なんて、分かるに決まってる。
いや、真面目な話をすれば、もしかしたらモモにはこちらに自分の考えを伝える様なスキルを持っているのかもしれないけど。
ともかく、俺にはモモの言ってる事が何となくだが、理解出来るのだ。
「……普通って何でしたっけ?」
イチノセさんは物凄く腑に落ちない感じの顔だ。
でも、それはとりあえず置いておおこう。
「えーっと……それで、モモちゃんは何って言ってるんですか?」
「微かですがダーク・ウルフの匂いがしたって言ってます」
「ッ!……本当ですか?」
「ええ、ただ気になる事があるんです。モモが言うには、その匂いには別の『人間』や複数の『モンスター』の匂いが混じっているらしいと……」
「えっ?」
より正確に言うならば、その『人間』にモンスターやダーク・ウルフの匂いが付着しているような感じだと言う。
凄いな、モモの嗅覚。そんな事まで分かるなんて。
「そして、その匂いはこの公園の先にと続いている様なんです」
「え、でも、それって……」
俺の言葉にイチノセさんも考え込んでしまう。
そう、そうなるとおかしな点が出て来る。
なぜ、その人物にダーク・ウルフや他のモンスターの匂いが付着しているのかという事だ。
「他のモンスターの匂いは、ゴブリンやオーク、それに出会った事のないモンスターのものまであるとモモは言っています」
「わん」
その言葉に、イチノセさんはますます表情を険しくした。
「え、でも私達がここに来た時には、モンスターは居ませんでしたよね?じゃあ、もしかして、その人がダーク・ウルフや他のモンスターを倒したって事じゃないんですか?」
「確かに、それならダーク・ウルフの気配や匂いがここで途切れてる事も納得できますが……」
ダーク・ウルフは弱っていたし、レベルが高く強力なスキルを持っている者ならば、あるいは倒す事も出来るかもしれない。
「……それなら、戦闘の跡がある筈ですよね?」
「あっ……」
イチノセさんも気付いたらしい。
そう、この公園には戦闘の跡が一切ないのだ。
その人物が、ここにいたモンスターやダーク・ウルフを倒して、その匂いが付着したというのなら、この公園はもっと滅茶苦茶になっていてもおかしくない。
「じゃあ、モンスターたちに気付かれずに、どこかに隠れていたとか?」
「そしてモンスターたちが去った後に、その人物も逃げ出したと?それなら、モンスターたちの匂いの方角がバラバラの筈です」
モモが言うには、人間やモンスターの匂いした方向は全て同じ方向だとの事。
じゃあそのモンスターたちはどこへ消えた?
どうして俺の『索敵』に反応しない?
ここで突然途絶えたダーク・ウルフの匂い。
匂いだけを残して消えた複数のモンスター。
そして、その匂いを纏った謎の人物。
それが何を意味するのか。
頭の中には、最悪の予想が渦巻いていた。
「……モモ、その人間やモンスターの匂いは追跡できるか?」
「わんっ」
モモは力強く頷く。
出来れば杞憂であってほしい。考えすぎだと。
でも、もしそうならば、厄介な事になる。
確かめておいて損はない筈だ。
「行きましょう」
俺の考えを伝えると、イチノセさんも頷いた。
モモは匂いを辿り、再び走り出す。
俺達もその後に続く。
公園を抜け、道路を走り、匂いの先へと向かった。
―――そして、数分後。
俺達はその場所にたどり着いた。
いや、正確には『戻ってきた』と言うべきか。
だって、そこは先ほどまで俺達が居た場所なのだから。
「ここって……?」
イチノセさんが驚きの声を上げる。
俺も同じ気持ちだった。
「……どういう事でしょうね、これは……」
匂いの先にあった場所。
それは―――学校だった。




