71.襲撃
生徒会室を離れて、再び校舎内を歩く。
あの会長はヤバいな。 色んな意味で。
だって、あの会長が話していた時、『危機感知』が反応したのだ。
モンスターでも、戦闘中でもない、ただの盗み聞きに『危機感知』が反応する。
それはつまり、何らかの『スキル』が発動されてたって事だ。
壁を挟んで、俺にも影響があったという事は、多分『声』。
不思議な感覚に陥りそうな声音だったし、聴いた対象に何らかの影響を与えるスキルなのかもしれない。
それは例えば、『魅了』や『洗脳』の様な。
『交渉術』ってスキルがあるんだし、そういうスキルもあってもおかしくない。
現に、西野君の態度は、途中から明らかに変わっていた。
彼女のスキルの影響を受けたのだろう。
『危機感知』が発動しても、俺自身に影響がなかったって事は、任意の相手にのみ発動する能力だったからか、もしくは距離が離れれば効果が薄くなるのか……。
どちらにしても、運が良かった。
もし、声を聴いた人間すべてに等しく影響するスキルだったら、俺やイチノセさんは今頃―――。
そう考えると、背筋が寒くなるな。
モンスターが相手じゃない、単なる情報収集だからと気を抜いていたのかもしれない。
自分達の存在が認識されてないからと高を括っていたからかもしれない。
「……くそ、馬鹿か、俺は。油断し過ぎだ……」
どんなスキルや職業があるか分からない以上、用心しすぎるに越したことはないのに、なんて迂闊なんだ。
「あの、クドウさん、どうしたんですか?先ほどから怖い顔をして……?」
イチノセさんにそう言われて、我に返る。
「あ、すいません、少々自分の間抜け具合に呆れかえってしまいまして……」
「……はい?」
首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべるイチノセさん。
そうか、俺と違って、イチノセさんには『聞き耳』スキルが無いから、中で何を話してたのか分からないんだよな。
俺は、イチノセさんに生徒会室での会話内容と、生徒会長の持つスキルの可能性について伝えた。
「……成程、それは確かに厄介ですね」
俺の話を一通り聞いた後、イチノセさんは頷いてそう言った。
ちなみに今、俺達が居るのは、生徒会室から離れた階段の隅だ。
人気のない場所の方が、会話するには良い。たとえ、スキルで認識されていないとしても。
「その生徒会長、多分五十嵐さんって人だと思いますよ。私が一年だった頃には、もう生徒会に入ってましたし……その、なにかと、有名な子でしたから」
「へえ、そうなんですか……て、え?」
ちょいと待て。
今何か聞き流せない情報があった気が……。
「……一年生だった頃?」
「あっ……」
イチノセさんも、自分で言った後で気づいたようだ。
「えっと、はい……私、一応今年で高3になります……通ってれば、ですけど。中退しましたし、去年……」
マジかよ。
今更ながら知った事実。
道理でお肌がスベスベしてると思った。
「へぇー、そうだったんですか」
俺が適当に頷くと、イチノセさんは自嘲気味に笑った。
「ですです。えっと、その……別に笑ってもいいですよ?自分でもその、分かってますし、高校中退で引き籠りって……典型的なアレだなーっていうのは……は、はは」
「へ?いや、別に笑いませんよ?」
「え……?」
ちょくちょく自虐が入るイチノセさんだが、これははっきり伝えておいた方がいいだろう。
「俺は別に学歴でイチノセさんを仲間にしたわけじゃないですよ?たとえ中卒だろうが、引き籠りだろうが、そんなのは関係ない些細な事です。大事なのは、イチノセさんが自らの危険を顧みず、俺やモモを助けてくれたって事。それだけです」
あの時、イチノセさんの援護射撃が無かったら、俺は間違いなくハイ・オークに殺されていた。
いや、それ以前に、彼女が情報をくれなければ、もっと前に詰んでいた可能性だってある。
「だから、俺は思ったんですよ。この人なら、信頼できる。仲間にしたいって。な、モモ」
「わんっ」
影から出てきたモモも、そうだよーと頷く。
そのまま、イチノセさんの膝の上に乗っかり、体を擦り付ける。
むぅ、最近、モモのヤツ、イチノセさんにばかり懐いている気が……。
羨ま悔しい。
「……」
一方で、イチノセさんは、ぽかんとした様子だ。
あれ?俺、そんなにおかしな事言ったかな?
結構、良い事言ったと思うんだけど。
すると、イチノセさんはぽつりと、
「……今のはずるい」
「へ?」
ぷいっと顔を逸らされる。
「何でもないです。それよりも、これからどうするんですか?」
「あ、ああ、そうですね」
そうだった。
つい話が脱線してしまった。
「とりあえず、一旦ここを離れようかと思います」
出来ればもう少し情報を集めたいと言うのが本音だが、あの会長のスキルを考えれば、長居はしない方がいいだろう。
『耐性スキル』でもあれば、話は別だが。
「いいんですか?」
「ええ、それに―――」
階段の隅から、様子を窺う。
忙しそうに動き回る学生たちが目に入る。
「……下手にかき回すのも、あまり得策とは思えませんし……」
この学校が予想以上に統制がとれてるのは、間違いなくあの会長や生徒会のメンバーの働きによるものだろう。
『スキル』による意識操作、もしくは感情操作がなされているのなら、この混乱の少なさも納得出来る。
ずいぶんと性格に二面性がありそうな人だったが、少なくともこうやって避難民や生徒をまとめているのは事実だ。
無駄な混乱は避けるべきだろう。
西野君たちがどうなるかは少し不安ではあるが、モンスターの討伐経験があり、スキルを持つ彼らは貴重な戦力の筈だ。流石に使い潰されるような扱いはされないだろう。
それに、今回はここのトップがそういうスキルを持っていると分かっただけでも収穫だ。
良い教訓になったしな。人間相手にも油断しないって意味で。
俺達は俺達で、物資を補給しながら、地道にレベルを上げて、タイミングを見てまた情報収集に来ればいい。
別にここに固執する必要はないんだし、別の避難所で情報を集めたっていい。
そうやって相手や場所を見極めてから、コミュニティに参加するかしないかを決めればいい。それに顔を合わせずとも、『メール』を使えば、こちらの正体を明かさずにコンタクトを取る事だって出来るんだし。
慎重すぎる位で丁度いいのだ。少なくとも、今のこの世界では。
「とりあえず今後は、予定通り、レベルを上げながら、物資の補給へ向かいましょう」
ここへ来る前に、イチノセさんが言ってた農協の倉庫や、卸売市場。
そっちに向かってもいい。大量の物資を手に入れるチャンスだ。
となれば、次にレベルが上がった時には、アイテムボックスの拡張機能の方をあげようかな。あ、それと出来れば移動はバイクを使いたいな。どうにか目立たずに使う方法はないものか。
そんな感じにこれからの予定を考え、立ち上がろうとした―――その瞬間だった。
『敵意感知』と『危機感知』が発動した。
「ッ……これは?」
『嫌な感じ』がする。
これはモンスターの気配だ。
それもかなり強い。だんだんと近づいている。
場所は、校門の方か。
「うー……」
モモも感じ取ったのだろう。
既に警戒態勢に入っている。
「モンスターだ!モンスターが現れたぞー!」
聞こえてくる叫び声。
校内に動揺が走る気配。
バタバタと階段を下りる音。
彼らも異変に気付いたらしい。
「特徴は!数は何匹だ!?」
「デケーオオカミみてーなモンスターが一匹だ!でも強すぎる!それに変な能力も持ってるし、早く応援を!」
「分かった!」
デカいオオカミ?変な能力?
「まさか……」
俺はイチノセさんの方を見る。
彼女も、目を逸らしながらこくりと頷いた。
「モモ」
「わんっ」
モモも素早く『影』に潜む。
イチノセさんを背負い、俺達は校門の方へと向かった。
「絶対に侵入させるな!」「ここで食い止めるんだ!」「おーい、応援が来たぞ!」「相手は一匹だ!」「おい、油断すんな!」「みんなで仕留めるんだ!」
校舎の隅から様子を窺う。
校門付近には多数の生徒が集まり、すでに戦闘が始まっていた。
「ガルルルル……」
彼らが戦っているモンスターは、予想通りと言うべきか、俺達もよく知るモンスターだった。
黒い体毛に覆われたオオカミの様な姿。
赤い瞳は爛々と輝き、その足元からは全てを飲み込む『闇』が広がっている。
間違いない。
アレは、俺達と戦ったダーク・ウルフだ。
まさか、こんなに早く再会することになるなんてな。
でも……なんで、こんなところに居るんだ?




